第7話 7/18(土)

七月十八日(土)


 目の前には自室の天井。私はパジャマ姿でベッドに横たわっていた。

「夢か…」

 力なく呟く。時計を見ると、もう午前10時に近い時間帯だった。

 って。

 いやいやいやいや。

 まずいでしょ!寝てちゃ!

 急いでスマホを開くと、いつの間にか、私と塚本先生と丹羽さんのチャットグループが出来ていた。

「今起きました!」「夢を見ました」「飛行機が墜落しました」「高校に墜落しました」

 メッセージを連投する。すぐに、既読マークが一つ付く。

「大丈夫。その未来は七月二十二日のものだ」

 ビールのアイコンは丹羽さんだった。

 私の心配を見透かした様に。

 私が見た夢を見透した様に。

 探偵は私を安心させようとしたのだろう。そして、その目論見は大成功だと言えた。

「幸田夢叶ちゃんは、日記の続きを書いてくれ」「塚本は、ムツゴロウ先生のことを調べて欲しい」「午後3時、いつもの場所で会おう」

 丹羽さんから送られてきた3件のメッセージを見て、

「了解しました」

 と返信してスマホを閉じ、下階に降りた。

 っていうか、丹羽さんは女子高生並みにスマホを打つのが早いな。とか思いながら。


「おはよー」

「おはよ」

 ソファーでテレビを見ていた母が挨拶を返す。

「お父さんは?」

「休日出勤」

「ふぅん……いただきまーす」

 私は、テーブルの上に置いてあるパンを口に入れる。さっさと食べ終えてしまって、

「ごちそーさまでしたー」

 部屋に帰る。パジャマから例の部屋着の赤い袖なしパーカーに着替えて、机に向かう。大学ノートを引っ張り出して、

「さて」

 始めますかっと。「予言通り、私は鞄を持ってカウンセリング室へ向かった」と、文字を連ね始めた。


 お母さんが部屋の戸をノックした時、私は「倫理教師だからしょうがないさ」という塚本先生の台詞を書いたところだった。時計はもうすぐ一番上で重なろうとしていた。

「はぁい?」

 私が返事すると、お母さんは扉を開けた。

「あら、勉強してるの?珍しい」

「まぁね」

 本当はしてないけど。

「受験生としての自覚の塊なので」

「ふぅん!で、お昼、何食べたい?」

「あー……ソーメンとか」

 それだけ聞くとお母さんは「わかりましたよー」と言って一階に降りて行った。娘が勉強していると思ったからなのか、少し機嫌が良かった。


 私が「どうやら、俺の推理は間違っていなかったようだ」という丹羽さんの台詞まで書いた頃、下から、

「ソーメン茹で終わったよー」

 お母さんの声が聞こえた。

「はーい」

 一旦ノートを閉じて下に降りて行く。

 ソーメンを啜っていると、スマホから、メッセージをキャッチした音が鳴った。見ると、

「2時半頃、お前の家に迎えに行く」

 塚本先生からだった。私は、

「ありがとうございます」

 と返信する。そして、お母さんに、

「今日も夕飯食べてくる」

 と言う。

「そ」

 と、素っ気なく返したお母さんは、少しだけ寂しそうだった。


 食べ終わった私は、また机に向かう。二時半までには書き上げなくちゃいけない。直近のことになればなる程、執筆スピードが上がっていくので、丁度「素っ気なく返したお母さんは、少しだけ寂しそうだった」と書いたタイミングで玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

 お母さんが出る。私は急いで鞄にスマホとノートと筆記用具を詰め込んで部屋を出た。部屋着だけど、まぁ問題ないか。

「すいません、お待たせしました」

 玄関に着くと、

「私は決して怪しい者ではありません!」

 お母さん相手に必死で弁明する塚本先生の姿があった。私も慌ててしまった。

「お母さん!その人、高校の先生!」


 先生の車に乗った私は第一声、

「先生がそんな怪しい空気出してるからですよ」

 非難した。いや、先生はいつも通りのクールビズスタイルなんだけど。

「いやぁ、面目ない。助かった」

「いえいえ!本当ですよ!て言うか先生は学校から来たんですか?」

「ああ、ムツゴロウ先生について調べに行ってたからな」

「あ、そっか」

 ありがとうございます、と頭を下げる。


 枯れ椿に着くと、やっぱり丹羽さんが先に居た。黒い甚平姿で、旅をしているお侍さんみたいだった。

「いやー、昼間から飲むビールは最高だな!」

 昼間から飲んでいた。

「丹羽さん、いつも先に居ますよね」

「うん、俺ここに住んでるから」

 住み着いてるらしかった。

「丹羽はここのオーナーなんだぞ」

「え!?」

 なるほど、道理で。探偵で稼げなくても問題ないし、むしろご飯代こそが直接的な収入ってこった。

「幸田ユメカちゃん。早速見せてくれや」

「あ、はい」

 私はノートを丹羽さんの前に置き、ついでに赤ペンと青ペンも用意してあげた。探偵してる時の丹羽さんの顔は真剣そのものだ。

 しばらく私の日記を読み込んで、顔を上げた。

「こりゃ……下手打ったら、何百人が死ぬ災害になるぞ」

「ですよね……」

 私は丹羽さんに、

「ところで」

 気になっていたことを聞いてみる。

「何でこれが七月二十二日の夢だって分かるんですか?」

「昨日も言った様に、この話の中に、飛行機にまつわる伏線は3箇所しか無い。勿論、君が意識していない間に脳が勝手に情報を取得している可能性はあるし、ずっと前に見聞きしたことが今夢に反映されてるのかも知れない。でも」

 丹羽さんは私にスマホの画面を見せる。日本列島に線が描いてあった。

「国内線の飛行ルートだ。君の学校の真上を通るなら、羽田と新千歳を結ぶルートでほぼ間違いない。これは、賞金女王が乗る飛行機の飛行ルートと合致する。この飛行機が羽田を経つのは、君達の夏休み初日の午前十一時だ。この日記から伺える幸田ユメカの人間性から導き出せる君の生活スタイルとも合致するだろう」

「……これだけたくさんのことを、私のメッセージが来てから考えたんですか?」

「いいや」

 丹羽さんは首を横に振った。

「実を言えば、今日君が見る夢は事前に予測していた。だから情報を集めていた。まさか飛行機が墜落するとは思わなかったけどね」

 この夢も、予測ができた?

「だけれども、この夢の話を聞いて一つの仮説が立てられた」

「どんな仮説ですか?」

「それを話すのは、塚本が持ってきてくれた情報を聞いてからだ」

「おう」

 塚本先生がビジネスバッグから書類を取り出す。

「鱫五郎タカシ。高い志と書いて高志だ。六月三十日産まれの二十九歳。O型。幼少期より空手に打ち込み、黒帯四段の腕前。高校時代にはやはり空手部に所属し、インターハイにも出場。最高成績は、個人組手四強」

 全国ベストふぉー!?めっちゃ強いじゃん。

「その後、高校生に部活で空手を教えることを志し、高校教師免許を取得。二十四歳から高校教師として働き始め、現在五年目」

 そう言えば、空手部の顧問だもんね。

「その一方で、二十七歳の頃に実家の工場が経営破綻し、多額の借金を抱えることとなった」

「原因は?」

「鱫五郎工場はネジなどの細かい部品を製造する町工場。大手の自動車企業との大口の取引が決まって銀行から五千万の融資を受けて機械を一新。直後に、自動車企業の代表が会社の資金を着服していたことが発覚し、親企業は経営不振に陥る」

 あった気がする!そんな事件。

「結果として新規の取引は全て白紙に戻され、鱫五郎工場には宝の持ち腐れとしか言い様のない新品の機械と、五千万の借金が残った」

 あちゃあ。

「何とか借金を返そうと闇金融に金を借りた。多重債務ってヤツだな。その相手が、金木組だ」

 カズミの家だ。

「その後、利子のせいで借金は膨らみに膨らみ、二年で倍近くになったという訳だ。ムツゴロウ先生自身も、何とか両親の借金を返そうと身を粉にして働いてはいるが、一向に返せる気配はなく、このままだと首を吊るしかない状況だと言える。以上、我が校のデータベースより」

 え!?学校のデータベースにそんなことまで載ってんの!?怖っ!絶対、教師にだけはならんとこ。

「ついでに金木一実の情報も取ってきたが、いるか?」

「ぜひ聞きたいです先生」

 私が。

「一月九日産まれの十七歳。A型。金木組の組長の一人息子として産まれる。その為、家では二代目としての期待を一身に背負って育ってきたが、借金に苦しむ人達を見ているうちに、もっと真っ当な金融を行うべきだと考え、銀行員を志して勉強中」

「彼氏くん、良い子じゃねえの」

「へへっ、でしょ〜」

「趣味は貯金。特技はレタリングアート。好きな食べ物はたこ焼き」

 メモメモ。

「好きなタイプは河合衣子(カワイ イコ)」

 ……河合衣子……ねえ。丹羽さんがスマホの画面を見せてくる。うーん……私、似てるかなぁ?髪型はショートで黒髪で、似てる気がするけど、肌は間違いなく私より白い。真っ白だ。目も私よりパッチリしてて大きい。ザ・芸能人!って感じの顔つきだ。

「以上、我が校のデータベースより」

 怖っ!そんなに載ってるのかよ!絶対、高校生にはならんとこ。もう手遅れだけど。

「ちなみに、河合衣子は冗談だ。そんなのデータベースに載ってる訳がないだろ」

「あー!からかったんですか!からかったんですね!そういう人だったんですね!はんっ!」

「え、ごめんて。そんな拗ねんなよ」

「ちなみに幸田ユメカちゃんのタイプは?」

「池面太郎(イケ メンタロウ)」

「ああ……」「ふぅん」

 カズミの顔を知っている塚本先生の「ちょっと似てるかも」の「ああ……」と、カズミの顔を知らない丹羽さんの「そんな感じなんだ」の「ふぅん」が重なった。いや、もしかしたら丹羽さんは池君の顔の方もピンときてなかったかもしれない。今大注目のイケメン実力派俳優ですよ。ちょっと長めの艶々した黒い猫っ毛で、真っ白できめの細かい肌をした、ちょっと背の低い、低くも高くもなくて聞いていて心地の良い声の俳優さんです。線の細い感じのね。ちょっとカズミに似てるんです。

「ま、じゃあ、データベースに入力しておくよ。幸田ユメカの好みのタイプは池面太郎って」

「あ、ちょ、コラ!メモすんな!」

「まぁ、それは置いておいてだよ」

 話を遮ったのは丹羽さんだった。

「おそらくムツゴロウ先生は賞金女王が乗る飛行機に乗るだろう。そこで何をしようとしているのか、俺の推理は」

 思わず唾を飲み込む。

「ハイジャックだ」

「……ハイジャック」

 どういうことか上手く理解できなくて、ただオウムみたいに繰り返す。

「賞金女王を上空に拉致して身代金を要求するつもりなのさ」

「ムツゴロウ先生が、ですか……?」

「無論、ムツゴロウ先生自身が考えた計画じゃないだろう。金木組の入れ知恵だ。入れ知恵と言うか悪知恵と言うか。金木組は一実くんを仲介人としてムツゴロウ先生に接触し、借金を返す為の犯罪計画を持ちかけたんだ。飛行機のチケットを渡してね」

 ……そんな。

「じゃあ、何で墜落したんだろう?」

 そう呟いたのは、塚本先生だった。

「それは、俺にも分からない。でも、大丈夫だ。俺より優秀な探偵が、事件が起こる前に解決してくれる」

 え、誰?それ。ここに来て新しい登場人物?

「君だよ、幸田ユメカちゃん」

「え?私?」

「そうさ。君の夢が謎を解くんだ。そして、事件を未然に防ごうじゃないか」

 丹羽さんが差し出した手を何となく取って握手する。

「でも、どうやって真相を暴くんですか?」

「この前も言った様に、先入観と間違いのない情報を大量に集めれば、君の夢は精度が上がっていく。だから、とりあえず情報を君の脳に詰め込む」

「え、暗記ですか?」

 私の、あからさまに嫌な顔を見て、丹羽さんが笑う。

「記憶する必要はない。一度見聞きしただけで君の脳は情報として記録して処理する。君の頭脳は、君が思っている以上に優秀だ」

 良かったぁ。胸を撫で下ろす。

「とは言ってもだ、やはり、自分が知っている世界のことの方がリアルに想像し易いだろう。だから……」

 丹羽さんがスマホを操作して、一本の映画を表示する。

「これ、観に行って来たら良い」

 大好評公開中の、旅行会社の新人ちゃんを主人公にした映画だった。「映画・歩き方を忘れてしまった僕たちは」ちなみに、主人公役は河合衣子。

「飛行機、乗ったことないんだろ?」

「まぁ」

「それから、君には、彼氏くんから情報をできるだけ引き出してきて欲しいんだ」

「はぁ……え、もしかして、彼氏とこの映画観に行って来いって言ってます?」

「明日は日曜日だぞ」

 丹羽さんがウインクした。似合わない。

「わ、分かりましたよ」

「それから」

 まだあるのか。

「俺はどんな手段を使ってでも絶対にこの日の11時発のチケットを取ってみせる。夏休みが始まる頃だ。既に定員に達しているだろう。でも、絶対に取る。約束する。君は当日、家で昼寝なんかしてない。飛行機の中に居る。そのつもりで寝てくれ」

 強い意志の籠もった目で見られて、思わず泣きそうになる。本気だ。女子高校生が「夢で飛行機が落ちました」って言っただけなのに、大人がこんなに本気になってくれている。

「……よろしくお願いします」

 頭を下げた。


「それじゃ、各自の仕事を全うして、また、月曜日に会おうじゃないか。その時、情報を交換しよう」

 丹羽さんがそう言って、今日はお開きとなった。

 先生の車に乗る。揺れる車内で聞いてみる。

「何で、先生とか丹羽さんは、こんな突拍子もない話に真剣に付き合ってくれるんですか?」

「ん……丹羽は……何でなんだろうな?本人に聞いてみると良い。でもな、丹羽は本物だ。丹羽が本気になる時には必ず理由がある。それは、信用に足るものだ。だから俺はいつも頼るし、協力もする」

 凄い信頼だな……過去に何があったんだろう?

「まぁ、だから、安心してアイツの言う通りに頑張っていれば間違いないさ」

「……はい」


 家に着くと、

「じゃあ、また明後日」

「おう、良い夢見ろよ」

 どうですかね。良い夢になる気はあんまりしないんですけど。

「はい。おやすみなさい」

 そう言って玄関に入った。


「あら、おかえり」

「ただいまぁ」

「今日は早かったのね」

「まぁねぇ」

 私は部屋に入ってスマホを開いた。彼氏にメッセージを送る。

「明日、空いてる?」「折角、日曜日だしさ」「もし良かったら、デートいきたいな」「観たい映画があるんだ」

 「歩き方を忘れてしまった僕たちは」のフライヤーを送る。

「どうですか?」

 さぁて、今日の私の仕事は終わった。後は、寝るのだけが仕事だ。

 後は明日デートするのみ!

 デート……デートねぇ。

 したことないからなぁ……どんな服着て行けば良いんだろ?

 クローゼットをひっくり返してしばらく悩む。しばーらく悩んで、シンプルな水縹のワンピースに決めた。

 よし、これで何も憂いなし。

 でも、寝る前に、今日の二時半からの記録を取る。「食べ終わった私は、また机に向かう」と、ペンを走らせ始めた。


 書き終えた私は、お風呂に入って、棒付きアイスを片手にテレビを見ていた。ふと思いついて、賞金女王の話題がやっているニュースを探す。1つのワイドショーが、丁度話題に出していた。

 オーストラリア出身のエラ・ジョンソン。16歳にして去年のゴルフ全豪オープンを制し、現在は無敵を誇り荒稼ぎしているそうだ。本人の映像も出たが、金髪碧眼で肌の白い童顔の女の子だった。

 ふぅん……ちょっと調べてみるか。そう思ってスマホを開く。五月二日産まれ。AB型。身長百六十七センチ。背ぇ高ぇなぁ……私より十センチも高い。へぇ……スタイル良いなぁ。良いなぁ。

 最近はスカイダイビングを始めた、ねぇ。最近って、コレ昨日あたりの写真じゃん。ちょっと時差とかよく分かんないから何とも言えないけど、始めたの超最近っぽい。横に、スカイダイビングのインストラクターと思われるイケメンが映っていた。金髪碧眼の、フランス人っぽい顔立ちの人。ふーん、お似合いじゃん?そういうこと?

 私は、口に咥えていたアイスの棒をゴミ箱に投げた。お、今日は入った。ガッツポーズをして2階に上がった。


 そして私は、部屋の電気を消す。墜落する飛行機に乗る為に。


 私は飛行機の中にいた。目の前にムツ先生がいて、先生は驚いた様に目を見開いていた。そりゃそうだ。いきなり目の前に教え子がいるんだもん。

「塚本先生……何でここに」

 あ、そっちか。

「幸田も」

 私はついでか。

「あとは……どちら様ですか?」

「あ、丹羽トウリと申します」

「はぁ……ちょっと、塚本先生」

 ムツ先生は、塚本先生を連れて何やらコソコソ話をしに行ってしまった。

「女子生徒連れて旅行なんて行ってたら、問題になりますよ!バレたらどうするんですか!」

 聞こえてますよー。でも、言ってることはごもっともだ。

「大丈夫ですよ。そういうのじゃないですから」

 そういう塚本先生の笑顔はちょっと引き攣って見えた。あらあら、普段は敬語とか使う人じゃないのに余裕なくしちゃって。


 キャビンアテンダントさんが来て、

「離陸しまーす」

 的なこと言ったので、みんなで席に座ってシートベルトを締める。

「羽田から新千歳まで約1時間半だ。そう考えれば、ムツ先生は離陸後すぐに行動を起こすはずだ」

 塚本先生が私の側でささやく。

「了解しました」

 直後、機体が振動した。窓の外の風景がゆっくり後ろに動き出す。徐々にスピードが上がって、浮遊感を味わう。ジェットコースターに似てるな、と思う。実はジェットコースター自体あんまり乗ったことがないんだけどね。でも絶叫系マシーンは嫌いじゃない。高いところはむしろ大好きだ。ほら、バカと煙は高い所が好き、ってね。典型的な例ですよ。私がジェットコースターとかあんまり乗ったことがない理由はあくまで、家の近くにそういうしっかりした遊園地のようなものがないからという一点に尽きるのだ。

 キャビンアテンダントさんが、

「シートベルト外して大丈夫ですよー」

 的なことを言ったので、シートベルトを外して身構える。と、直後に、目出し帽を被った男が横を走り抜けて行った。

「ムツ先生……!」

 私も後ろを追って走る。ムツ先生は一番機首に近い扉……操舵室の扉を蹴破る。驚いてこちらを振り向いた機長の首筋の横を手刀で叩いて気絶させた。

「ムツ先生!」

 叫んだ私を、間髪入れずに後ろ回し蹴り……が私の眼前で止まる。恐怖で固まった私の首根っこを左手で掴んで、右手で無線を壁から外す。

「この飛行機はジャックした」

 後ろから遅れて来た塚本先生と丹羽さんが、首根っこを掴まれた私を見て止まる。

「繰り返す。この飛行機はジャックした。女子高校生を一人、人質に取った。下手な動きを見せたらこの女子高校生の命が無いと思え」

 え、私、殺されるの?

「この機体にエラ・ジョンソンが乗っているなぁ?身代金を要求する」

 エラちゃんのボディーガードらしき人が顔を出した。

「幾ラダ?幾ラ出セバ良イ?」

「二億だ」

「ニ、二億ダラーズ!?」

「円だ」

「円カ」

 このボディーガードさんは、あんまり日本語が達者ではないみたいだ。必要最低限、緊急事態の為の日本語、って感じ。そりゃ、そうか。まぁ、これ以上高度な会話を行うようになったら、通訳さんが出て来るのかもしれないな。

 そしてボディーガードらしき人は電話をかけ始めた。英語で話しているらしく、何を言っているかは分からない。

「二億円、新千歳空港ニ用意サセタ」

「そうか」

「女子高校生ヲ解放シロ」

 お、良いこと言った。

「いや、コイツは金を貰うまでは預かっておく」

「いや、離してくださいよムツ先生」

 途端、私の首を絞める力が強くなる。

「俺の名前を呼ぶな!」

「ムツセンセイ?」

「ヒズ ネイム イズ ムツゴロウ」

 丹羽さんが丁寧に解説する。

「オウ!オッケーオッケー」

「オッケーじゃねぇ!」

 あ、ちょっと、先生、私死んじゃう!声が出ない!ねえ!首絞めないでください酸素が足りなくなる苦しい身体が重くなって頭が軽くなって多分顔が赤くなっちゃってるんじゃないかな落ちる堕ちる墜ちる意識が消えていくでも意外と時間掛かるんだな3分ぐらい息ができなくなると気絶するんだっけムツ先生ならストンと落とすこともできるような気もするけどわざと苦しめてるのかしらそれとも本気で殺す気で来てるのかしらそんな人ではないと思うんだけれども視界がボンヤリとしていくああカズミが私の方に走って来てるよ来ちゃダメだよ何か叫んでるな何て言ってるんだろ分かんないけどありが……


 視界がブラックアウトして。

 リアルの私が目を覚ました。

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