第4話 7/15(水)

七月十五日(水)


 着替えて一階へと降りていった。朝食は出汁巻卵と味噌汁だった。それから、ご飯の上に塩辛。塩辛が好きじゃないって子が周りに多いんだけど、私は大好きです。特に、おばあちゃん家から送られてきたヤツが。今度誰かに好きな食べ物は?って聞かれたら、塩辛って答えよう。

「ほぉら、和食だ」

 小さな声で得意げになる。やっぱりアレは予知夢だったね、と。

 ご飯を食べて学校に向かう。学校に着くと、やっぱり既にカズミは来ていて、

「おはよ」

 と、笑い掛けられる。私も、

「おはよ」

 と笑い返す。ああ、何だこれ、幸せかよ。七夕はとっくに過ぎたのに、こんなに叶って良いものでしょうか。

 そしてやっぱり、1時間目キッチーに、

「何だ、幸田。今日はやけに姿勢が良いな」

 とイジられた。

「はい、私は受験生としての自覚の塊なので」

 事前に考えていた台詞を返したら、クラスが、

「おおおお」

 とザワついた。はっはっはっ!気持ちが良いね!

 3時間目の数学では、カズミの言った通り、そして夢に見た通り、授業の始めに小テストが配られた。例の解いていた問題も出題されている。とりあえず、その問題を置いておいて他を解答する……なんて勿体ないことはしない。まずパスカルの三角形を書いて大問1を終わらせてしまう。(3x-2y)の5乗におけるxの3乗の係数は……1080y2乗だ!数字デカいな。こりゃイチイチ全部展開してたら確かに間に合わないわ。

他の問題はやっぱり、公式を覚えていなくても解けるものだった。

「はい、時間です。そこまで〜。後ろから回収してきてください」

 余裕のタイム!

 そして、3時間目が終わって昼休み。

「昨日解説した問題解けた?」

 カズミがお弁当を持って、私の席の前に来た。私もお弁当を持って立ち上がる。

「いやぁ、それがさぁ」

 勿体ぶらなくて良いのに勿体ぶる。ニヤニヤが止まらない。

 2人で屋上に向かいながら喋る。

「解けちゃったんですよ!なんと!」

「おお!ほんと!?」

 テンションが上がってハイタッチした。

 屋上で2人でお弁当を広げる。

「カズミは?どうだった?テスト」

 夢で1回この会話してるから、答えは分かってるんだけどね。

「いつも通りだよ」

「全問正解かぁ」

 さすがだね!と言ったら、照れられた。

 お弁当を食べ終わったら、寝っ転がって空を見上げた。真上に大きな飛行機雲があって、真っ青な空を綺麗に二分していた。

「そろそろ4時間目、始まるよ」

 カズミが立ち上がる。

「うん」

 生返事を返す。

「教室、戻らないの?」

「うーん……私はちょっとサボってこっかなぁ」

「ええ……」

「いつも通り、いつも通り」

「ああ、それでたまに授業いないんだ」

「そうそう」

 風が心地良い。

「んじゃあ、僕は戻るよ」

「うん、先生には内緒にしといて」

「分かった」

 彼は笑って、屋上から出て行った。

 誰もいなくなった屋上で、私は1人、取り留めもないようなことをつらつらと考えていた。どうやら私は予知夢を見ることができるようになったのかもしれない、と。これの1番良いところは、後悔を先に立たせることができるところだ。でも、後悔は先に立たせるものでも後に立たせるものでもなく、役に立たせるものなんじゃないかと思う。だったら思いっきり役立ててやらないと。

 そんなことを考えていた私は、気が付けば眠りに落ちていた。


 そして三度、夢を見る。


 夢の中では、カズミが今日も学校に居残って勉強していた。私も一緒に残っていた。私は、カズミの髪の毛をクルクルしたり頬っぺたプニプニしたりして遊んでいた。

 彼の勉強が終わったら、やっぱり彼は私を家まで送ってくれた。

「明日は、私がカズミを家まで送ってくね」

 と言ったら、

「あ、それはやめよ。やめとこ」

 ちょっと焦った様子で止められてしまった。そして察した。そうか、家について来られたくないから、それを防ぐ為に送ってくれてるんだ。彼女があの家に近付くのが嫌なんだ。見られたくないものなのかね、色々。

「分かった。じゃあ、やめとく」

 私は微笑んで、

「ありがと、今日も送ってくれて」

「ううん、こちらこそ、送らせてくれてありがと」

「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」

 カチャッと音を立ててドアを開けて、私は玄関の中に入っていった。

「ただいまぁ」

「おかえり、ユメカ」

「はぁい」

「ユメカ」

「はぁい」

「ユメカ、ユメカ、ユメカ!」

「はぁい、はぁい、はぁい、って言ってんじゃん!」


 そして、目が覚めた。

 私を呼んでいたのは母じゃなく、カズミだった。

「ご、ごめん。はぁいって言ってる割には全く起きないからさ」

「あ、いや。私の寝起きが悪いだけ。ごめん、気にしないで」

「う、うん」

 明らかに気にしてるな。

「4時間目終わったよ」

「うん……」

 寝起きで重たい身体を起こして髪の毛をくしゃくしゃする。

「じゃ、教室戻るかぁ」

 と言って、差し出されたカズミの腕を掴んで起き上がる。伸びをしながら考えていた。

「夢がいつもより短かったのは……寝てる時間が短かったからかなぁ」

 と。


 リアルでもカズミは学校に居残って勉強していた。私も一緒に残っていた。私は、カズミの髪の毛をクルクルしたり頬っぺたプニプニしたりして遊んでいた。やっぱり夢の中とリアルじゃ違うね!感触とかが。皮が剥がれるようになる感じのタイプの人なんですね。

 そんな私に、カズミは一生懸命勉強の解説をしてくれた。今日は世界史を教えてくれている。私が社会科が苦手なのを知っているのかもしれなかった。そして、多分、自分が教えたことで私の成果が上がったのが嬉しかったんだと思う。私は、昨日よりちょっとだけ真剣にカズミの話を聞いた。もしかしたら、ちょっと今期の成績が上がったかもしれない。

 そして勉強が終わると、やっぱり彼は私を家まで送ってくれた。

「明日は、私がカズミを家まで送ってくね」

 って言ってしまいそうになったけど、カズミが嫌がるのを知っていたから、すんでのところでやめた。

 家の前に着いて、彼に微笑む。

「ありがと、今日も送ってくれて」

「ううん、こちらこそ、送らせてくれてありがと」

「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」

 静かにドアを開けて、私は玄関の中に入っていった。

「ただいまぁ」

「おかえり」

 母は今日も、いつも通りだった。

「要らないプリント、まとめた?」

「あ、うん」

 私は、部屋から要らないプリントの束をリビングに持って来て、テーブルの上に置いた。

「じゃあ、そこの新聞と一緒に括っておいてくれる?」

「はぁい」

「括ったら玄関の外に出しておいて。そしたら資源回収の業者さんが朝、勝手に持ってってくれるから」

「ラジャー」

 私は、一旦部屋に戻って緑の袖なしパーカーに着替え、母に言われたことを忠実にこなした。

 夕飯は、煮魚だった。明日の朝はきっとパンだ。

「今日はね、数学の小テストがあったんだけどね!まだ返ってきてないんだけど、多分満点だと思うんだ!」

 夕食の席では、嬉しくて両親にそう報告した。父親が酷く驚いていた。いや、本当に酷いわ。娘を何だと思ってるんだ。

 お風呂から上がって、肩にピンク色のタオルを掛けたまま部屋に行くと、机の上に置いていたスマホにメッセージが入っていた。開くと、カズミから今日の放課後にした勉強の要点がまとめられたノートの写真が送られてきていた。それから、

「明日の1時間目は水泳だから早く来なよ」

 と。

 嬉しいけど、多分このノートの内容は私には必要ない。明日の授業の内容も、きっと夢に出てくるから。でも、

「ありがと♡」

 と、返信しておく。そしてブランケットを被った。今日は良いことあったから寝つきが良い気がする。扇風機も回して涼しいしね。

 さぁ、今日も良い夢を見よう。


 でも、明日の授業の内容は夢に出て来なかった。私の夢は、学校に辿り着く前に途切れてしまったから。


 夢の中でお母さんに呼ばれて私は目覚めた。時計を見るとかなりギリギリだった。針は8時5分を指している。あーあ、折角カズミが「早く来なよ」って言ってくれたのに。寝つきが良いのも考えものだ。

 急いで着替えて水着を詰めて下に降りる。ご飯を食べていく時間ぐらいはありそうだ。どうだ?やっぱり無さそうだ。朝食はやっぱりパンだった。早く食べやすい物であったことに感謝して、手早く手を合わせる。

「いただきます!」

 手掴みでトーストを口に詰め込んで、

「いっへひまふ!(いってきます!)」

「あっ!ちょっと……いってらっしゃい!」

 ボリュームの大きい「いってらっしゃい」を背中に受けて、私は学校へと走った。けれど、すぐに立ち止まった。それは、この前猫の写真を撮った家の前だった。

 その家は。

 燃えていた。

 まだ火は小さいものの、玄関が炎に包まれていた。朝の微妙に遅い時間帯だからか、誰もいない。

「誰かいますかー!」

 私は叫んだ。学校に遅刻するとかは、もうどうでも良い。とにかく何とかしないといけない。隣の家の人らしき人が、私の声に反応して出てきた。そして、火に気付いてぎょっとした風にたじろいだ。

「消防を!呼んでください!」

 私はその年配の女の人に叫んだ。さて、次はどうしよう?何をするのが正解だろう?考えろ。頭は悪くないんだろ!私!

 そして周りを見渡して気付く。

 丁度良く、大量の水があるじゃないか。本当に大量と言えるのかはこの際置いておいて。猫除けのペットボトルが、家の周りにズラっとあるじゃないか。多分、充分だろう!?少なくとも、無いよりマシだろ!

 私は家の方に走って近付いていった。

 暑い。

 熱い。

 ただでさえ気温が高いのに、何でこんなに暑い思いをしなくちゃならないんだ。

 こういう時は人命救助が最優先なんだろうけど、さっき叫んでも反応が無かったってことは、この家は今きっと無人なんだろう。みんな出掛けているんだろう。それならば後はもう何も余計なことを考える必要はない。とにかく、今目の前の火を消すことだけを考える!

 一番手前にあった二リットルペットボトルのキャップを急いで外す。汗で滑って上手く外せない。

「ああ、もう!何でこんなに固く閉めたかな!」

 毒づいてから、歯を食いしばってキャップを回す。

「外れた!」

 ペットボトルの中身を火に向けて撒き散らす。ジュッ……ジュッ……という音と共に、焦げ臭い匂いが増えていく。少しずつ集まってきた人達に、

「お願いします!手伝ってください!」

 声の限り叫ぶ。時間帯的に、その場にいるのは少し高齢の方ばかりだったけれど、みんなでペットボトルを開けて水を浴びせた。よし、家の周りは大方鎮火できた!

「家の中は!どうなってる!?」

 自分でも、誰に聞いてるのか分からないけど大きな声で質問する。当然、答えられる人はいないから、

「分からん!」

 と、大きな声で返ってくるだけ。仕方がないから玄関を開けようとドアノブに触れる。

「あっつ!」

 思わず叫んだ。そりゃそうだ。さっきまで火の中にあった金属なんだから。熱せられているに決まってる。ノブに水を掛けて、脱いだローファーを振り下ろした。けど、ノブは動かない。そりゃそうか。誰もいないんだから、鍵が掛かってるに決まってる。何だろう、この、当たり前なことが当たり前に噛み合わない感覚。

 どうしよう?この中が燃えていたらどうしよう?どうしたら良い?突き破る?どうやって?非力な女子高校生とじいちゃんばあちゃんしかいないのに?どうしよう、どうしよう……

 思考がループし始めた私の耳に、ようやく、消防車のサイレンが聞こえてきて、私は力が抜けてその場にへたり込んだ。

「離れてくださーい!」

 プロの声が響いて安心した私の意識は、徐々に徐々に遠のいて。


 そして目が覚めた。

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