第3話 7/14(火)
七月十四日(火)
今朝はとても悶々としていた。
なぜって、あまりにもリアルな夢だったもんで。
告白されたらどうしよう。本当に告白されたらどうしよう。
悶々悶々しながら、モグモグモグモグ昨日と同じカレーを食べて、放心状態のまま学校に向かった。正直、火曜日の授業のこととか何も覚えていない。二つ前の席の男の子が思考を自由にさせてくれなかった。いや、むしろ古典の時間は話をよく聞いていたかもしれない。だってさ、
「夢と知りせば
覚めざらましを」
だってさ。
一つ幸運だったのは、今日は授業で全然あてられなかったことだ。今日は14日だから、出席番号14番の人が当てられがちなわけで、幸田は出席番号12番なのでね。あいうえおかきくけこ。ラッキー。ちなみに金木は8番だ。ウチのクラスはどうやらア行が多いらしい。
ちなみに、私は今、彼氏がいたりするわけじゃあない。ええ、お察しの通り。できないんじゃなくて作らないんだ!ってわけでもなく普通にできない。こんなに美少女なのに。
好きな人がいるわけでもない。こんなに美少女なのに。それは関係……ないこともないかもしれない。人は恋してる時が1番綺麗らしいじゃないですか。誰がそんなこと言ったんだって、古典の先生曰く、です。
一実くんは良い人だと思う。みんなからの食わず嫌いな評価とは裏腹に、とても良い人だと思う。私としては、ね。付き合って悪いことは無いと思う。……いや、高利貸しの二代目と付き合ってるって言ったらお父さんとお母さんは厳しい顔をするかも知れない。でも別に、うちの親に限ってそんな、人を見ずして評価を下すような真似はしないと思うんだけど……悶々。煩悶。
そして、決めた。
よし。
告白されたら、付き合おう。
別に、今は一実くんのことを特別な目で見てなくても。
……いや、今朝の夢のことを思うと、既に私は彼のことを少し好きなのかもしれないけど……とにかく!今は別に好きじゃないって前提で話を進めるとして!
今はそういう目で見てなくとも、付き合えば、一実くんのことだったらきっと好きになれる気がする。そんな気がしてる。なんならすぐベタ惚れする未来が見える。言っておくが私は飢えてるぞ?
ま、まぁ?告白されるなんて誰も言ってないんですけど?想像するだけなら自由じゃん?あくまで想像です。妄想じゃありません。
思考がまとまったのは、六時間目の数学の時間でした。
そして、放課後がやってきた。
チャイムが鳴って、数学の先生が教壇を降りる。そうすると、みんな一斉に帰り支度を始める。全員、ホッと一息抜けた感じだ。まぁ、受験生だし気が張ってるところがあるんだろう。私?私は大学進学とか別に考えてないってほら知ってるでしょ?将来なんて分かんないし。玉の輿に乗っちゃうのが良いかもね!うん!
クラス全員で、掃除の担当の為に机の上に椅子を乗せて、教室の後ろに運んでおく。私は一番後ろの席だから、運ぶ距離が短くて楽だ。運び終わって帰ろうと思って……否、帰ろうと思ったフリをして、そしたら前に人がいたから出られなくなった。二つ前の席の一実くんだった。
……バッチリ目が合っておいて話しかけないってのも不自然だよね。
「一実くんは、今日も残って勉強?」
「あ、はい」
「そっか、頑張ってね!」
で、一実くんを押しながら机の森を抜ける。
「あ、あの」
一実くんの方から話しかけてきた。私に背中を押されながら、一生懸命後ろに首を回して私の方を見ようとしている。
「ん?」
よし、わざとらしくなく反応できた。
「ユメカさんも、その……残っていきませんか……?」
きたあぁぁぁ!全く、同じじゃないですか。私の今朝の夢と、全く同じじゃないですか!もしかして、正夢だったんですかね?ね?私が一実くんのことが好き過ぎて夢にまで出てきたんじゃなくて、やっぱり神からの啓示だったのですね!
「あ、あの……ユメカさん?どうしました?」
「ん、ううん?なんでもない」
咳払いを一つして。
「えっと……私は勉強しないけど、じゃあ、勉強してる一実くんでも眺めてよっかな!」
とびっきりのスマイルで。
とりあえず、掃除の邪魔になるから外出よっか。と言ったら、彼は首をガクガク振って廊下に出た。かなり面白くて、バレないように小さく吹き出した。彼が首を振ったのが面白かったんじゃなくて、彼が夢の中と全く同じ反応をしたのが面白かったのだ。
教室の横の自販機に連れて行って、
「私、この前と同じのが良いな」
と言う。一実くんは一瞬「ちょっと何を言っているのか分からない」って顔で固まったけど、ゆっくり理解したらしく、財布を取り出した。
掃除が終わるまで、一実くんは窓の所に寄りかかって英単語帳を開いていた。私はその横でサイダーを飲む。キャップを回すと、カシュッと音がして心地良い。
「いただきまーす」
と、一実くんの前に空色のパッケージのペットボトルを掲げる。彼は、小さくペコッとした。
掃除が終わった教室に入って、一実くんは自分の席に着いた。教室のど真ん中の席だ。私は、一つ前の席の人の椅子を借りた。黒板に背を向け、背もたれに向かって、足をガバッと開いて座る……つもりだったんだけど、椅子の右側に両脚とも流して、ちょっとだけ可愛く座ってみる。一実くんが数学の問題集を広げる。それを、背もたれを肘をついて見ている。
数学は見てると眠くなるから問題集は見ない、とかいう理由ではなく、もっと見たいものがあったからそっちを見つめる。
目が合う。彼は少し顔を赤らめた。
「あの」
一実くんの方から話しかけてきた。
きたきたきたきた、という内心は、おくびにも出さない。この後は、お嫁さんになりたい理由を聞かれるはず。勉強したくないからとかじゃなくて、思いっきり可愛い回答をしてやろうじゃないか。
「ん?」
「ここの範囲のワーク、やっておかなくて良いんですか?」
……え?
「さっき、6時間目の授業で言ってたじゃないですか。明日テストするぞ、って」
「そうだっけ?」
ワークを覗き込んで、問題を解くフリをしながら全力で別のことを思考する。
待って待って待って待って!夢と展開が違う!こんな台詞無かった!もしかして勘違い?あの夢はやっぱり私の妄想?正夢なんかじゃなかった?じゃあ……私の一実くんへの片想いが発覚しただけ!?ああ、そうですか神様。裏切るんですね、こんなに期待させておいて。そうやって私を教室に残らせて、一実くんに勉強を教えさせるつもりですね!私があんまりにも勉強しないから強硬手段に出たんですね!分かりました。あなたの思う通りになって差し上げます。感謝なさい!
「分かんないな……教えてくれる?」
「はい!……って言っても、公式に代入するだけですけど」
出たよ、コーシキだってさ!今日は授業聞いてなかったし、ひとっつも分かんないわ。
「(3x-2y)の5乗において、xの3乗の係数を答えなさい……なので……」
一実くんが一生懸命解説してくれてるのは伝わるんだけど、何一つ頭に入ってこない。ただ、今日一日を棒に振った感覚に苛まれて落ち込んでいた。
「……って感じなんですけど、分かりましたか?」
「うん!分かった!ありがとう!家に帰ったら復習してみるねっ!」
食い気味で、お金を取りたいぐらいのスマイルで答える。
「それは良かったです」
一実くんは無邪気に、はにかんだ。その笑顔、お金払ってやろうか。
「あの」
「ん?何?」
「何で、将来お嫁さんになりたいって思ったんですか?」
……ん?
え?待って?どういうこと?これは、夢の中でも出てきた台詞だ。現実が妄想に軌道修正してきたの?唐突過ぎやしないかい?
不意を突かれたせいで、軽くパニックになって、本音が漏れた。
「お母さん見てると幸せそうだし」
可愛くない方の本音じゃなくて良かった。
「そっか」
彼は微笑んでいた。
「それは良いですね」
そして、深く息を吸って、吐き出して。
「あの」
また、同じ台詞から会話を始める。
「旦那さん候補の人っているんですか?」
やっぱり、夢の通りだ。正夢になってる。
「いや、別にいないよ」
少し冷静さを取り戻して答える。
「そう……なんですね」
彼は目を閉じて、少し静止して、パッと目を開けた。
「僕は、好きな人がいます」
へえ!って感じのリアクションをとる。
「僕はみんなにちょっと避けられてるけど、でも、その人は気持ちよくサイダー奢られてくれるんです」
……ああ、これは、本当に。
「僕は」
深呼吸一つ。彼は立ち上がった。
「僕は、ユメカさんが好きです」
告白された。
「良かったら、僕と、付き合ってもらえませんか……!」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
わざとらしくない様に気をつけて微笑んで、上目遣いで彼を……彼氏を見上げた。彼は、びっくりしたような、泣きそうな、でも幸せそうな顔をして微笑んだ。
一実くんは勉強もそこそこに切り上げて、彼女になった私を家まで送ってくれた。
「良い?恋人になったんだから、敬語は使わないこと」
「はい」
「はい、じゃなくて」
「う、うん。分かった」
「私のことは『ユメカさん』じゃなくて『ユメカ』って呼んで」
「ユメカ」
「よろしい」
「僕のことも『カズミ』って呼んで欲しいな」
「分かった、カズミ」
「うん」
彼は、嬉しそうに笑った。
「じゃ、家ここだから」
「うん」
「送ってくれてありがと」
「ううん」
「じゃ、また明日」
「また明日」
玄関を開ける前に一度振り返って、彼氏に告げる。
「よろしくね、カズミ」
彼は微笑んで、
「よろしく、ユメカ」
私は、手を振って玄関の中に入っていった。玄関に入って、深呼吸をする。今日は非常に疲れた。主に脳味噌が。
「ただいまぁ」
「おかえり」
今日も母は、いつもと変わらず台所に立っていた。昨晩も今朝も食べたカレーと同じ香りがしていた。二食じゃ食べきれなかったみたいだ。お母さんは多分お昼にも食べたんだろうから、四食目ってことになるのかな?飽きてこないのかなぁ。
二階の自室に鞄を投げて、手を洗いに戻る。手を洗ったらまた部屋に入って制服を脱ぎ捨てる。足で、扇風機のスイッチを入れる。それから……確かこの日は黄色の袖なしパーカーを着た。
いつも通り。全くいつも通りなんだけど。
ベッドに寝っ転がってスマホを開いたら、チャットアプリの友達に「カズミ」が追加されていた。それを見て、改めて、夢なんかじゃないんだと再認識する。夢が、夢じゃなくなった。
「マジか……」
部屋で小さく独り言。
「どうなってんの?コレ」
父親が帰ってきて、3人で食事をした。夕飯は、昨日の夜と同じカレーのように見えて、否、かさ増しするために牛乳が入ってちょっとマイルドになってる。何となく喋りたくなかったから、珍しくテレビをつけてみた。まぁ、喋りたくないのは人生で初めて彼氏ができたことを両親に気取られたくないからかもしれないけど。そんなこと考えてテレビを付ける時点で親は何かあったんじゃないかと勘繰ったかもしれない。いや、そこまで勘良くはないかな。私の親だし。
「今週は、概ね晴れて、気温も高くな」
チャンネルを変える。でも結局この時間帯はニュースしかやっていなかった。
「ゴルフの神様!来週にも来日予定!」
ニュースでは、コメンテーター達がペチャクチャペチャクチャ喋ってて、テレビのこちら側にいる私が沈黙していることが、あたかもないことになっているように錯覚した。
「今最も稼いでいると言われる賞金女王ですからね!日本にどれだけお金を落としていってくれるか楽しみですねぇ」
司会者のコメントにみんなが笑う。
「さて、その賞金女王が通るルートがこちらです!」
ババンという効果音と共に、日本地図の描かれたパネルが出てくるのをチラッと見て、
「ご馳走様でした」
両手を合わせ、食器を持って席を立った。
さっさとお風呂に入ってベッドにダイブする。寝付けないなぁ、と思ってイヤホンを挿していたら、いつの間にか寝落ちていた。寝落ちしたのは9時前ぐらいだと思う。何せ寝落ちたわけだから記憶が定かじゃないんだけど。
そして、夢を見た。
また夢を見た。
これは予知夢だ。と、起きた後に、そう思った。
朝、夢の中で起きた私は、着替えて一階へと降りていった。朝食は和食だった。いつも、カレーの後は和食だ。お父さんが、
「洋風のものは飽きた」
と言うからだった。
ご飯を食べて学校に向かう。学校に着くと既にカズミは来ていて、
「おはよ」
と、笑い掛けられる。つられて私も、
「おはよ」
と笑い返す。
いつも通りボーッと授業を受けているけれど、いつもと違うのは、黒板を眺めてるんじゃなくて2つ前の席の後頭部を眺めてること。そのせいで、1時間目キッチーに、
「何だ、幸田。今日はやけに姿勢が良いな」
とイジられた。
3時間目は数学だった。カズミの言った通り、授業の始めに小テストを解かされた。カズミが解説してくれていた問題も出題されている。でもカズミの解説を真面目に聞いていなかった私は問題が解けないので、とりあえず、その問題を置いておいて他を解答する。他の問題は、公式を覚えていなくても解けるものだった。で、肝心の大問1。(3x-2y)の5乗におけるxの3乗の係数を求めよ。公式が分かんないから、
「しょうがない。全部、展開するか」
強硬手段に打って出た。で、頑張ってる途中に思いついた。
「これ、パスカルの三角形でも解けるじゃん」
より簡単な解法を。
パスカルの三角形は、次数の高い式を展開する時に超便利な三角形で、公式とかを覚えていなくても使える。だって、上から順番に数字を足していくだけなんだから。
1 1
/\ /\
1 2 1
/\ /\ /\
1 3 3 1
/\ /\ /\ /\
1 4 6 4 1
こんな感じ。
でも、ここまで書いたところで。あともう少しのところで。
「はい、時間です。そこまで〜。後ろから回収してきてください」
間に合わなかった。残念無念。
そして、三時間目が終わって昼休み。
「昨日解説した問題解けた?」
カズミがお弁当を持って、私の席の前に来た。私もお弁当を持って立ち上がる。
「いやぁ、それがさぁ」
教室で二人で食べるのはちょっと恥ずかしかったから、屋上に向かいながら喋る。
「解けそうだったんだけど、時間足りなくなっちゃってさ……」
「そっか……残念」
屋上で二人でお弁当を広げる。
「カズミは?どうだった?テスト」
「いつも通りだよ」
「全問正解かぁ」
さすがだね!と言ったら、照れられた。
お弁当を食べ終わったら、寝っ転がって空を見上げた。真上に大きな飛行機雲があって、真っ青な空を綺麗に二分していた。
「そろそろ4時間目、始まるよ」
カズミが立ち上がる。
「うん」
生返事を返す。
「教室、戻らないの?」
「うーん……私はちょっとサボってこっかなぁ」
「ええ……」
「いつも通り、いつも通り」
「ああ、それでたまに授業いないんだ」
「そうそう」
風が心地良い。
「んじゃあ、僕は戻るよ」
「うん、先生には内緒にしといて」
「分かった」
彼は笑って、屋上から出て行った。そして私は、眠りに落ちた。
そこでリアルの私は目覚めた。いつの間にか、イヤホンの曲は消えていた。
そして呟く。
「夢か」
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