第2話 7/13(月)

七月十三日(月)午後五時


 まだ高い日が明るい。理科室の黒い机を挟んで、私と吉楽先生は座っていた。私が窓側で、吉楽先生が廊下側だった。先生から見れば私には後光が差していることだろう。吉楽先生は、キチラクという苗字を漢字で書くと左右対称になるから気に入っていると言っている、私の担任の先生だ。「楽」の上のチョンが左を向いているから、左右対称論は無理があると思うが、誰もそのことについては指摘しない。

 理科教師だからだと思うんだけど、いつも白衣を着ている。夏なのに、暑くないのかね。その内、白衣の下が全裸ですってタイプの変質者になったりするやも。まぁ、そういう性格の先生じゃないから大丈夫だと思うけど。

 若くて線が細い男の先生で、みんなに「キッチー」という愛称で呼ばれているぐらい親しまれている。悪く言えばナメられている訳だけれど。はい、というわけで早速キッチー登場。キッチーが変質者になったら、それこそ新たなキャラクターを掘り下げる展開になっちゃうね。そんなヘマはしないよ、私は。

「幸田」

「はい」

「お前、別に頭悪い訳じゃないんだよな」

「はい、頭良いんです」

 キッチーが、呆れた目になる。

「模試の結果はむしろ良い方だ」

「むしろどころか、校内順位一桁じゃないですか」

「まぁ、そうなんだが……どうして定期テストの成績はこんなに微妙なんだ」

「またまたぁ、分かってるくせにぃ」

 女子高生は基本的に男性教師にタメ口をきいても怒られない雰囲気があるのだけれど、今日のキッチーは軽く怒った目になる。なので私は少しだけ反省して言い直す。

「キッチーの分析能力の高さはみんな知ってるよ」

 タメ口のままだったけど。

「まぁ、基本的には分かるんだが」

 キッチーが、私の目の前に、私の定期テストの解答用紙を広げる。

「現代文はかなり成績が良い。記述問題は正答率が100パーセントに近い」

 思わず得意げな顔になった私を、キッチーがじとっとした目で見たから、口元をキュッと引き締める。

「け・ど・も!漢字が圧倒的に弱い!」

「はい」

 自覚しております。と、頭を下げる。

「古典は、品詞分解と古文単語が一番の課題だ」

 それ、ほとんど全部じゃないですか。

「問題が無いのは、返り点だけだ」

 それ、漢文じゃないですか。古文は褒める所無しですか。

「数学は悪くないが、公式に当て嵌めるだけのサービス問題を落としてる」

 他の生徒はほとんど落としていないらしいな。と、怖い顔になる。こういう時は、小さく縮こまるに限る。

「英語は、リスニング以外アホみたいにボロボロじゃないか」

 リスニングが良いな、って言って欲しかったな。

「逆にどうしてリスニングはこんなに点数が取れるんだ?」

「だって、リスニングはちゃんと答え言ってくれてるじゃん」

 先生が何とも言えない顔をしている。苦虫を噛み潰したようってのはこういうことかも知れない。分かるよ?「英語の文章問題だって答え書いてあるようなもんだろう」って言いたいんでしょ?違うんだなぁ。文章問題は知らない単語がいっぱい出てきて読めないんだもん。それに比べてリスニングったら基本的に簡単な単語しか使わないじゃない?

「社会科科目は目も当てられん」

「『社会科科目』に『目』を当てられなかったら『社会科科』だね!……ごめんなさい」

 世界史も政治・経済も赤点だった。ていうか、この学校の文系は社会科科目3科目取らないといけないじゃない。大変なんだよ。

「唯一、倫理は悪くないんだよなぁ」

「でしょう!?塚本先生の授業、面白いんだよ!この前も、夢は人間の深層心理を表してるって話をしてて、火事とか炎に関する夢を見た人は……ははっ、あははっ」

 ちょっと言えないなぁ、気になるなら塚本先生本人に聞いてくださいよ。ははっ。

 笑い始めた私をジトっとした目で見て、キッチーは自分の担当科目を出した。

「理科は……良いな。平均正答率が低い問題に限って素晴らしい解答を見せている」

「え、本当ですか」

 褒められると思わなかったのでちょっとビックリする。ビックリして思わず敬語になってしまった。私としたことが。

「例えば、この顕微鏡の使い方の問題」

「いや、こんなん常識じゃん。反射鏡は、太陽に向ける。お天道様の力は偉大ですね〜」

「違う。その問題じゃない」

 一蹴された。ちょっと落ち込む。

「対物レンズと接眼レンズを取り付ける順番を問う問題。授業じゃ、既に取り付けられてる顕微鏡を使ってるだろ?だから教えてないだろ」

「いや、そんなの……教科書見てちゃんと勉強したに決まってるじゃん」

「嘘つけ」

 嘘です。頑張ってません。「頑」を張ったんじゃなくて、見栄を張りました。胸を張って言うことじゃないですね。

「考えりゃ分かんじゃん。対物レンズを先に付けたら、顕微鏡の管の中にホコリが溜まるかもしれないからでしょ?」

 キッチーは驚いたみたいに目を見開いて、いや実際ビックリしたんだろうけど。

「完璧な解答だ」

 呟くように吐き出した。それを聞いた私はニヤッとする。見返したみたいな形になったので満足だ。

「さて、お前の弱点だが……」

「暗記だね」

 食い気味にいく。ここまでのお話を聞いていたら、嫌でも自覚したもんね。あんまり自分の成績とか分析的に見たことは無かったけど、結構明白なもんだ。

「……分かってるんじゃないか」

「分かってるよ。私は、コツコツ努力が一番苦手なの」

「誇らしげに言うな」

「これは私のアイデンティティだから」

「倫理褒められたからって調子乗ってんだろ」

「アイデンティティって、言葉の響きが良いよね」

「それは否定しないが、お前、アホだろ」

「違うねっ」

 席を立って声高く言い放つ。

「本物のアホは、確立したアイデンティティを簡単に捨ててしまう奴です」

 ビシッとキッチーを指差し、バチッとウインクを決めて廊下へと出る。

「格好良いこと言えてねぇぞぉ!」

 ……って、聞こえてましたよ。吉楽先生。言っときますけど、コレ、倫理の塚本先生の台詞ですから。いーけないんだー、いけないんだー、せーんせーに言ってやろー。


 さて、私は、置いていた荷物を取りに教室に戻った。そしたら、クラスに一人男の子が残っていた。成績も良い、真面目な子だった。私に気付いてないみたいだから、静かに後ろに近付く。

「……よっ」

「わぁっ!」

 ……面白い。

 彼の名前は金木一実(カネキ カズミ)。私のクラスメイトだ。背は高くない方で、細い。でも、脱いだら実は腹筋割れてます系男子なんじゃないかと私は個人的に思ってる。髪は黒いストレートで少し長めだ。ギリギリ目にかからないくらいだ。部活には所属してなかったと思う。

 彼は、みんなから少し敬遠されている。いじめられている訳じゃない。むしろ逆だと言っていい。彼は周りから少し恐れられているのだ。何故なら、彼の家は高利貸し……というか、はっきり言ってヤクザみたいなものらしい。この前も組の人が学校の前の鱫五郎(ムツゴロウ)工場って所で、

「返せねえんだったら犯罪でも何でもして返してもらうで!」

「そ、そんなぁ」

「みなさーん!ムツゴローさんはぁ、一億の借金抱えてまーす!」

 的なことやってた。一実くんが通りかかって、

「や、やめんかい学校の前で」

「に、二代目!」

「二代目って呼ぶな!」

 何とか治めてたけど。

 そんな感じで実際には、一実くん自身は優しくて少し気の弱い男の子だ。この前も、学校の中の自販機の前で、

「ああ!お金が足りない!」

 って言ってる女の子がいて、

「あ……あの、少しなら出そうか……?」

 財布出して、

「良いです!大丈夫です!そんなに飲みたい訳じゃなかったし!あははっ……」

 逃げられてた。奢られたら、後で利子付けて返さないといけないと思ったんだろう。それを見ていた私は、彼の肩を叩いて、

「どんまい、少年。よし、お姉さんと飲み明かそう!」

 サイダー1本奢られてあげた。あははっ、我ながら良いことしたなぁ。


「あ、ユメカさん」

 一実くんが私を認識した。ので、回想終わり。

 黒い家業なのに肌の白い子だ。関係ないか。とりあえず羨ましい。

「何してんの?勉強?」

「はい」

「偉いねぇ」

「いや、そんなことは。受験生なので」

 いや、そりゃ、私も受験生だわ。いや、受験するかも決めてないから受験生じゃないかも。そう言えば、今日の個人面談ではそういう進路のお話もする予定だったのかもしれない……勝手に出てきちゃって悪かったなぁ。いや、止めなかったキッチーだって同罪だ。トントンだな。

「一実くんは、どこ受けるの?」

「いっちばん頭良いとこ受けるつもりです」

 オクスフォードとか?ハーバードかな?

「凄いね!何か将来やりたいこととかあるの?」

「えっと……」

 ちょっとだけ渋って、かなり恥ずかしそうに吐露した。

「銀行員……です」

 ああ……と思う。そうか、なるほど、彼らしい。「らしい」とかって言える程彼のことを理解してるとは思わないけど、でも、世間一般の金木一実のイメージに反しているからこそ「彼らしい」と私は思う。

「お金がなくて困ってる人達が、安心してお金を借りられるようにしたいんです。お金、できるだけ貸してあげたいんです」

 つまり彼は、どう足掻いたって家の性質に縛られてるんだな。人生を縛りつけられてるんだな。逃れようったって逃れられない呪縛なんだ。でも、それでも、そうやって、ただ優しいってのが、彼のアイデンティティだと思う。

「良い夢だね」

 そう言って私は微笑んだ。俯いていた彼はハッと顔を上げて、あげた顔を少し赤らめた。夢を口にするのって恥ずかしいよな、そうだよな少年。

「ユメカさんは?」

「え?」

「ユメカさんは、何か将来の夢とか、あるんですか?」

「私は」

 質問を予期してた訳でもないのにスラッと言葉が出てくる。

「お嫁さん!」

 ビシッと一実くんを指差し、バチッとウインクを決めて廊下へと出る。そして、鞄を持ち帰るという本来の目的を思い出して、もう一度教室に入る。

「じゃあねっ」

 何事も失敗などしていなかったかの様に堂々と帰路についた。


 家まで川沿いの道を歩く。かなり学校に長居してしまったものだから、七月とは言え既に少し日が傾いていた。右手に川、左手に住宅街。住宅街は太陽を背景に、シルエットみたいになっていて、格好良かったから写真撮ってみたけど、スマホじゃ上手くシルエットにならなかったから、納得できなくて消去した。その私の目の前を、一匹の三毛猫が通り過ぎる。首輪は付けてないから多分ノラだと思う。思わず、開いたままだったカメラを猫に向けた。カシャッと音を立てると、猫はピタッと止まってこっちを見て、速度を上げてスタスタ去って行ってしまった。猫除けのペットボトルが置いてある家の、ペットボトルを飛び越えて行く。ペットボトル意味ないじゃん、とか思って。スマホを閉じてスカートのポケットに突っ込んで、家に向かって再び歩き始めた。


「ただいまぁ」

 私の家は、洋風の二階建てで、まぁ大きくもない一軒家だ。外観が白いので汚れを目立たせないように必死なのはウチの父。そんなウチの父は建設業関係の会社でサラリーマンとして働いています。家に気を使うんですよ、この人は。部下の人たちがウチに呑みに来てもね、家の感想ばっか言いよりますよ、あん人たちは。仕事バカですね。

「おかえり」

 母が、キッチンから顔を出す。母は専業主婦です。私は、両親とは仲が良い方だと思う。この年代の娘にしてはね。

「何か食べてきたの?」

 そう聞かれたのは、帰りが遅かったからだろう。

「個人面談だったの」

「ふうん」

 返ってきたのは、さして興味の無さそうな声の相槌だった。

「あ、そうそう。木曜日、資源回収だから。要らないプリントとかあったら、まとめて縛っておいてね」

「はぁい」

 二階にある自室に鞄を投げて、手を洗いに戻る。手を洗ったらまた部屋に入って制服を脱ぎ捨てる。おっと、お着替えの途中なんだ

けど、部屋の紹介とかもしておいた方が良いのかしらね?オッケーオッケー任せてちょ。

 私は一人っ子なもんで、螺旋階段を上がった正面に四畳半ぐらいの子供部屋を一室当てがってもらっている。ちなみにペットとかも飼ったりしてないよ。ドアノブ回して内開きのドアを開けると、ドアは90度回ったところで壁に当たる。いや、ストッパーがあるから当たりゃしないんだけど、とりあえず右手が壁だってことが伝われば良い。伝わった?

 で、右手に小さな本棚。ちょっとだけ漫画が入ってる。テニス漫画ですよ、勿論。本棚の奥には、壁の隅に付けるようにして勉強机。その上には教科書とかが散乱してて、とてもじゃないけど普段勉強してる人の机には見えない。何故なら普段勉強してないから。机の上には、壁に寄せるようにして小さい棚がある。そこには、教科書も辞書もノートも何でも入ってる。ちなみに、机とセットになっている椅子はキャスターが付いててクルクル回るヤツなのだ。

 部屋一面に緑色で毛の長いカーペットが敷いてあって、部屋の1番奥にベッド。黄緑色のタオルケット。緑系が多いね、こうして見ると。別にめっちゃ緑が好きな訳じゃないんだけどね。おかげで視力は良いかもしれない。まぁ、とにかく、ここがこの日記のメインステージになります。ベッドに寝転がると、左手に窓とカーテン。朝日が、寝転がった時の頭上から斜めに差してくるイメージ。つまり南向きのお部屋なのです。休日の昼間は日が燦々と入って来るのですよ。冬場なら良いけど、今の時期はちょっとね。一応、扇風機はあるんだけど。緑色のオンボロ。一応、付けますよ。ポチッとな。

 まぁ、私の部屋の紹介は以上です。クローゼットの中は見せません。モザイクでーす。

 こうやって部屋の様子を説明することによって、私にアングルを合わせることを許さず、下着姿の美少女の描写を割愛しつつ、部屋着のダボっとした赤い袖なしパーカーを着る。夏場なんだけど何でかパーカーが着たくて、最近お店で見つけた袖なしタイプのパーカーが可愛くてハマってるんだ。これだけで色違いいっぱい持ってる。お気に入り。

「さて」

 と呟いた。鞄に入っているファイルを取り出して、中身を全部出す。カーペットの上に座って、必要なモノと必要の無いモノに寄り分ける。ちなみに掛け声は、

「すーき、きらい、すーき、きらい、きらい、きらい」

 花占いだ。「好き」で終わったのは良いんだけど、一体誰を想って占ったんだろう?


 あっと……これからご飯なんだけどさ、リビングの方も描写しときます?できるだけ細かくって話だったもんね。リビングは茶色のカーペットが敷いてある10畳。真ん中に、布団を剥ぎ取られた四角いコタツ。周りの3辺に座布団が置いてあって、真ん中の座布団に座ると、背中にソファで眼前にテレビ。基本的に物が少ない家なので、こんなモンです。いやー、初日は説明しなきゃならんことがいっぱいで大変だ。

 夕飯はカレーだった。てことは明日の朝もカレーだな、と思う。私と母が食卓に着く頃に、父も帰ってきた。家族3人でご飯を食べる。幸せだ。

「今日はね、個人面談でね、めっちゃ褒められたんだよ!国語はね、記述問題と返り点が取れてるって。英語はリスニングが良いし、数学も良いし、社会だと倫理が良いし、理科が一番褒められた!」

 えへへ、と笑う。自分に都合が良いことしか覚えていない。それが私、幸田ユメカだ。


 ご飯食べ終わったら、いつも通りお風呂に入る。え?お風呂の描写はしてあげないよ。閉まってる半透明な扉の奥にシルエットが見えてシャワーの音がしてるような画を想像

して楽しんでください。

 お風呂からあがったら、ソファーに寝っ転がって、スマホに有線のイヤホン挿して音楽聴いてた。私のパジャマは中学時代のジャージ。夏場は白い半袖に臙脂色の半ズボンだ。臙脂色ってのは、まぁ、茶色が混じった赤って感じの色かな。

 え?私がどんな音楽聴くのかって?まぁ、バンド系が多いかな。高音ボイスが好みです。最近ハマってるバンドが出した新曲が良くてですねぇ「Fortune」っていうんですけど、オール英語なんですよね。聞いてて心地良い。


 その内寝落ちた。

 その夜からだった。

 私が正夢を見るようになったのは。いや、この時はまだ、正夢になるって知らなかった訳だけども。

 夢の舞台は、放課後の教室だった。


 チャイムが鳴って、先生が教壇を降りる。そうすると、みんな一斉に帰り支度を始める。掃除の担当の為に机の上に椅子を乗せて、教室の後ろに運んでおく。私は一番後ろの席だから、運ぶ距離が短くて楽だ。運び終わって帰ろうと思って、そしたら前に人がいたから出られなくなった。二つ前の席の一実くんだった。

「一実くんは、今日も残って勉強?」

「あ、はい」

「そっか、頑張ってね!」

 で、一実くんを押しながら机の森を抜けて、帰ろうとしたら、

「あ、あの」

 一実くんの方から話しかけてきた。

「ん?」

「ユメカさんも、その……残っていきませんか……?」

 ……この子、まさか、私が勉強する人のように見えるんだろうか?

「私、勉強しないけど?」

「あ、いや、そんな堂々と言われても……」

 ……そうだよね。そりゃそうだ。

「別に、勉強しなくても良いし、残っていきませんか?」

 何だよしつこいな。……まぁでも、残ってたらサイダー奢って貰えるかも知れないし。ちょっとぐらい残るか。

「良いよ、ちょっとぐらいなら」

 とりあえず、掃除の邪魔になるから外出よっか。と言ったら、彼は首をガクガク振って廊下に出た。ちょっと面白くて、バレないように小さく吹き出した。


 教室の横の自販機に連れて行って、

「私、この前と同じのが良いな」

 と言う。一実くんは一瞬「ちょっと何を言っているのか分からない」って顔で固まったけど、ゆっくり理解したらしく、財布を取り出した。

 掃除が終わるまで、一実くんは窓の所に寄りかかって英単語帳を開いていた。私はその横でサイダーを飲む。キャップを回すと、カシュッと音がして心地良い。

「いただきまーす」

 と、一実くんの前にサイダーを掲げる。彼は、小さくペコッとした。

 掃除が終わった教室に入って、一実くんは自分の席に着いた。教室のど真ん中の席だ。私は、一つ前の席の人の椅子を借りた。黒板に背を向け、背もたれに向かって、足をガバッと開いて座る。一実くんが数学の問題集を広げる。それを、背もたれを肘をついて見ている。数学は見てると眠くなるから問題集は見ない。必然的に、見る場所は一実くんの顔になる。目が合う。彼は少し顔を赤らめた。

「あの」

 一実くんの方から話しかけてきた。

「何で、将来お嫁さんになりたいって思ったんですか?」

 ああ、なるほど。それが聞きたくて残らせたのか。

「専業主婦なら勉強しなくて良いし」

 と言ってちょっと笑う。

「お母さん見てると幸せそうだし」

「そっか」

 彼は微笑んでいた。

「それは良いですね」

 そして、深く息を吸って、吐き出して。

「あの」

 また、同じ台詞から会話を始める。

「旦那さん候補の人っているんですか?」

「え、恋バナ?」

「ま、まぁ……」

 へえ、一実くんも恋バナとかするんだ。まぁ、高校生だしなぁ。

「いや、別にいないけどなぁ」

「そう……なんですね」

 彼は目を閉じた。寝てるのかな?と思ったら、パッと目を開けた。

「僕は、好きな人がいます」

 へえ!これはまた驚いた。

「僕はみんなにちょっと避けられてるけど、でも、その人は気持ちよくサイダー奢られてくれるんです」

 ……ん?

「僕は」

 深呼吸一つ。彼は立ち上がった。

「僕は、ユメカさんが好きです」

 え?え?

「良かったら、僕と、付き合ってもらえませんか……!」

 ええええええええ!?


 目が覚めた。

 同時に、夢だったんだと気付いた。

 夢で告白されるって……私、一実くんのこと好きだったのかな。好きが高じて夢にまで出てきたのかな?昨日の花占いは……つまり……つまりぃ……!

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