第9話


 講義室を出ていくと茶髪の女子と吉見春、そしてオレは校舎を歩いていく。すれ違うヤツらに奇異の目を向けられれるのはどうしても腹が立ってしまうがまぁ仕方がないだろう。でもさ、オレが女子と歩いてるのがそんなにおかしいかよ。


「コージロー先輩、やっぱ有名人なんですね?」

 正面から茶髪の女子がオレに言った。

「悪い意味でだろ」

「んーでもやっぱり話してみるもんですよねぇ」

 ね? と吉見春に尋ねながら彼女は自らの腕を吉見春のものに絡めていく。オレには分からない、彼女たちなりのコミュニケーションというヤツなのだろう。まぁオレの常識なんて他人の非常識だ。深く考える必要はない。


「でも、良いんですか?」

「あ? あぁ……そうだな。吉見、さんには窮屈かもしれねーけど」


 吉見春のことを考えればそう答えるのが当たり前だろう。こちらは学内の厄介者だ。まだ入学して間もない女子が、そんなヤツと一緒にいては周囲から奇異の目を向けられるのは必至だろう。それにこの子の反応、どうにも気になるんだよ。


 なんか、知られちゃいけないことを隠しているような……


 オレの前を歩きながら、「先輩に悪いから」だとか、「やっぱり……」などと口籠る吉見春。そんな彼女に「嫌だってんなら別に良いんだぜ? 遠慮なく断りゃ良いのさ」とこちらとしては最大限の優しさを持って応える。


「別に、そんなことはないんですけど」


 顔色を見ていれば分かってくる。やはり吉見春はオレが一緒に居ることを快くは思っていないのだろう。しかしオレをボディガードにすることを提案したのは隣にいる茶髪の女子。彼女の手前強く拒否ができないのだろう。


 正直に言う……下らねぇってな。友達がどうだって嫌なら嫌って言えばいいじゃねぇか。こんな時まで人の顔色伺ってんじゃねぇよ。


「ほらぁ! 春もこう言ってるんだし、仲良くしましょうよ、ね?」

 その声に渋々と頷く吉見春。オレとしてもここに来て話を拗れさせることもないので「そうだな……」とだけ返しておいた。


 スマホを取り出しながら「この後の予定は?」と吉見春に問いかける。彼女は少しビクつきながら「今日はこの後……バイトですね」とか細い声。威嚇してるつもりはねぇんだけどなぁと頭を悩ませつつ、どう時間を潰すかなんてぼんやり考える。


 で、いつも思うんだよ。こうやって思考をストップさせた瞬間に絡んでくる輩が多すぎるってさ。


 吉見春と茶髪の女子の「ヒッ」という悲鳴にも似た声が耳に届く。彼女たちの視線を向けていた方に視線を向けた。

 そこにそそり立っていたのは大きな壁だった。肌寒くなっているにも関わらず、白のTシャツとヴィンテージのジーンズ。飾り気のない恰好なのに、ダサく見えないのは”コイツら”のプロポーションの良さが際立っているからだろう。本井がプロレスラーのような体型だとすれば、コイツらのは無駄な脂肪を全部排したような、男でも見惚れるような高身長、筋骨隆々とした身体だ。コイツらというのは少し分かりにくかったかもしれない。そう。オレたちの目の前にそんなヤツが二人、こちらを見下ろすように立っていた。


「……んだよ、どうした?」


 見下ろす二人にオレは不機嫌に声をかける。コイツらはいつも突然現れる。それにすぐに口を開こうとしないから厄介だ。念のために、オレは吉見春と茶髪の女子の前に出て行きながら、ソイツらを見上げる。あぁ、首が痛てェ。おそらく20cmは身長差があるだろう。いつも話をする時に苦労しちまうんだ。


 問いかけても二人は何も答えない。体躯とは裏腹にどこかソワソワとした表情を見せている。


 おい、そんな仕草見せても可愛いなんて思ってやんねぇぞ? まぁ後ろから「実は可愛いんじゃない?」って茶髪の女子の声が聞こえてくるが無視に越したことはない。しかしいつまでもこんな状況というもの頂けない。オレがもう一度二人に用件を聞こうとした瞬間、別の声がオレたちに投げかけられた。


「ソーリーコウジロウ。トムもボブもシャイなのよ」


 あぁ、なんていうんだろう。見た目は完全にこの国出身の風貌ではないのだが、素直にオレは美しいと思う女性だ。少しウェーブのかかった黒髪にこちらもシンプルに白のシャツにジーンズできめている。やはりプロポーションが良いのは卑怯だな。


「メアリ……シャイで済むかよ。コイツら絶対面白がってんぞ?」


 最大限の皮肉をもってオレは目の前の三人に返す。


 オレの目の前に歩いてきた女性、メアリは「久しぶりに会ったコウジロウが女の子たちと一緒にいたら、トムとボブも緊張しちゃうでしょう?」と言ってくる。


 いうまでもないだろうけど、コイツらは数少ないオレの友人たちだ。コイツらは結構な有名人らしいのだが吉見春と茶髪の女子は知らなかったんだろうか?


「学校に来てるなら連絡ちょうだいって伝えておいたでしょう?」

 そうこちらに寄りかかりながら聞いてくるメアリを少し煩わしく思いながら、オレは『トムとボブ』と呼ばれた二人に拳を突き出す。


 いつもの挨拶、ストリートっぽくてオレは気に入っているんだが……まぁ格好つけさせてくれよ。



 メアリ、そしてトムとボブの双子。メアリはオレと同じだが、トムとボブは一つ下の学年に在籍している留学生。メアリはかなりこの国の言葉が堪能なのだが、トムとボブはまだまだだ……って、オレはメアリたちの国の言葉なんて全く喋れないんだから、偉そうには言えねぇな。


 コイツらも『あの事件』がきっかけで関わるようになったヤツらだ。まぁコイツらとの出会いだけは結構良いものだって思ってるんだけどね。


「あー悪いね。色々あったんだわ」


 そして極力感情を出さずにメアリに返答する。小っ恥ずかしく感じたから彼女に視線を向けないまま言葉にした。


「で、この子たちは何よ?」

「あ? あぁこの子たちは……」


 一瞬言い淀んだ。下手に話したりしちゃ、またコイツらを巻き込んじまいかねない。しかしどうにも不透明この状況では少しでも何かしらの情報が欲しいというのも事実。情報を仕入れるには匠のルートと本井のルート、そしてメアリたちのルートがありゃ学内で仕入れられない情報はないはずだ。


 オレはそこで少し難しい顔をしていたのだろう、メアリは呆れたようにため息をついて、


「……あーなんとなく分かっちゃった。また厄介ごとでも抱えたのね、コウジロウ?」


 とオレの肩に手を乗せてきた。


 ……話が早いわな。メアリの物分かりの良さに感謝しつつ、一応面通しをしておこうとオレはいつものベンチに吉見春たちを連れて行くことにした。


 でもよ、色っぽい話ではないってあっさり決めつけられんのも……まぁオレに限ってはないわな。

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