第8話


 吉見春が話すことを整理している間、オレと匠、そして茶髪の女子は三人で色々話をした。聞いてみると吉見春と茶髪の彼女、そしてオレは同じ社会学部だったらしい。茶髪の彼女はかなり驚いた反応を見せていたがそれは無理もない。


 オレは今年、3回生の2回目をやっている。単位がどうこうってことじゃなくて……まぁ色々あったんだよ。


 それで今年に入ってからは興味のあるものにしか出席していない。これまでに大体の単位を取り切ってしまっているからだ。

『あの事件』からこっち、そんなにオレは学校には必要最低限しか行っていなかった。謂わゆるレアキャラというヤツかもしれない。そんなオレの噂話に尾鰭がついてしまうのは仕方がないことだ。誰の口にも戸なんて建てられないしな。

事実オレと会話した後、茶髪の女子の反応は「なんかすっごい普通なんですね? 噂通りのヤベーやつなのかと思ってました」だった。かなり失礼反応だとは思うんだが、それでもマイナスが少しでも改善されてるんなら別に良いか。

匠はそれを見てニヤニヤしているのが気に食わない。こっちとしては出せる最大限の愛想を小馬鹿にされている気がする。コイツみたいに上手く出来れば良いんだけどな。


 と、話をしている最中、吉見春が口を開いた。


「少し前……多分三週間くらい前だったと思います」


 吉見春の周りで不可解なことが起こり始めたのがちょうど3週間前くらいらしい。最初は非通知の着信と無言電話、自宅のポストに入った手紙くらいだった。確かに気味の悪いものではあったが、吉見春にとってそれは慣れたものだったらしい。


「正直、高校に通っていた時もそんなことありましたから」

 それはきっとオレには分からない、諦めにも似たものだろう。確かに、男性の大多数は吉見春のような、少し物静かなタイプを好く傾向にあるだろう。オレがそんな事を考えている間も、吉見春は続ける。


「でも大体は直接何かをして来るなんてものはなくて、放っておけば自然となくなっていったんですけど、今回のは……」

「ちょっと違うってことかい?」とオレ。

「姿は見えないんですけど、そこにいるんです」

 吉見春がどんどん言い淀んできた。

「そこにいる? 尾行されてるとか、そういうことかよ?」

 吉見春はオレの問いかけに頷き、顔を伏せた。


「視線を感じるんです。通学の行き帰りとか、バイト帰りとか……それこそ、友達と遊びに行っている時とかにも感じるようになったんです。そして4日前に……」


 そして実際に事件が起こった。

 4日前のアルバイト帰り、時刻も23時を過ぎようとしていた時だった。夜のカミガハラ、特に吉見春が住んでいるあたりは20時を過ぎればあまり人通りがなくなる地域で有名だ。実際去年の年末には、酒をたらふく飲んだ未成年が道端で寝てしまい少し騒ぎになった。まぁこれはまた別の話なんで、機会があったらすることにしよう。

 彼女が少し大きな交差点で信号待ちをしていた時、ピストバイクが信号無視をしていったそうだ。きっと誰もが良くみる光景だろう。車の行き来がなければ待っている意味はないと、違反をしていくヤツなんてごまんといるはずだ。もちろん吉見春も全く気に留めていなかったそうだ。しかしその日の彼女は連日の嫌がらせにストレスを感じていて、ふとこう思ってしまったらしい。


『決まりを破るな。どうにかなっちゃえ』と。


 その瞬間だった。噂通りの『あの言葉』が聞こえ、後ろから突き飛ばされる感覚を覚えた。そしてそのまま彼女は気絶してしまった。まぁ彼女の場合はすぐに通りがかった人に助け起こしてもらえたので大きな被害はなかったそうだ。しかし頰という目立つ場所に怪我をしてしまったため、友人からは色々と聞かれる結果になってしまった。「自分はただ怪我をした」と口にしただけだそうだが、噂話はどんどん大きくなってしまい……ということだった。


 正直に言おう。言っちゃ悪いがストーカーの案件だ。素直に警察に相談してしまった方が絶対に良いだろう。しかし彼女の表情はそれでは何も解決しないと言っているようだった。そして可能ならオレにだって関わって欲しくないと目で訴えてきている。


「しかも、友達にこの話をした後から。ずっと……ずっと視線を感じるんです。家にいても、講義中も……バイトの時だって」


 そこまで言い切り、吉見春は側から見ても分かるほどに震え出した。

これほ彼女なりの周囲への配慮なのかもしれない。

でもやはり最初の、あの違和感がどうにも拭えないのだ。


 彼女が言葉を重ねれば重ねるほど、それは重く、オレの中に横たわった。


「そうか。なんか無理に話させてすまんかった」

 オレは吉見春に頭を下げる。関わってくれるなという人間に対して、要らぬちょっかいをかけちまうのは自分の心情からは大きく外れてしまう。だからそれを最後に彼女とは関わらないようにしようと、そう思っていたのだが得てしてオレの思いどおりにいかないというのが面白いところなのかもしれない。


「そうじゃん……ねぇ春! 幾島先輩に守って貰えば良いじゃん!」


 ……いつだって、話を引っ掻き回すのは外野なんだってことなんだよな。

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