第3話
そろそろ長雨が風物詩の季節になる。
個人的には暑く、カラッとした季節が好きなだけに、この時期はどうにも気合が入らない。だからってわけじゃないが、講義もそこそこに大教室を後にしてオレは売店の前に設えられたベンチに鞄を放り投げて売店へ足を運んだ。
別に何かを買おうとして行ったわけじゃない、ただただ今の気分を変えたいというのが動機の一番だ。売店の狭い空間の中には色々な商品がひしめき合ってうるさいのだが、気分を変えるには丁度良いかななんて思いながら眺めていた。
即席ラーメン、清涼飲料水、パンとか弁当。あとは菓子の類か。普通のやつはこれに酒やつまみが置いてれば言うことないんだろうな。
まぉオレはもう酒もタバコもやらないって決めてんだ。好きな奴らには悪いが、こればっかりは仕方がねぇことだろうな。第一ここは学校の中の売店だしな。
とりあえずいつも通りミネラルウォーターだけ手に取り、売店のレジに持っていく。待つのは嫌いだから、レジに行く前には必ずキッチリの小銭を出すようにするのを自分の中のルールにしている。ちょうど持ってない時はイライラしてレジの人をびっくりさせちまうんだけど。まあ今日はそんなこともなく、恙無く会計を終わらせて一路ベンチに戻ろうとした時、すれ違った数人のグループと肩がぶつかり、ボトルを床に落としてしまう。
なんだよ、もう疲れちまった。オレは奴らに小さく会釈してその場をさっさと離れるんだけど、背後から「チビのくせに調子乗んなよ」しょうもない小言が聞こえてくる。
思わずぶつかった奴に視線を向けて睨みつけた瞬間、やっちまったと痛感する。こんなしょうもない事に体力使ってる場合じゃないし、何より調子が出ねぇんだよ。
しかしやっちまったもんは仕方がねぇって事で改めて「すんません」なんて適当な言葉を口にして踵を返す。後ろからは「調子乗んなよ!」みたいな強い言葉が飛んでくるけど、「おい、コイツ……幾島だぞ?」「あぁ、あの厄介モンかよ」みたいな小言が聞こえてきたけど、別に気にすることがねぇ。
まぁ厄介モンなのは理解してるからな。言われても仕方ねぇよ。でもさ、疲れちまった。オレはベンチに腰掛けながら、思わず項垂れてしまった。
ぼんやりと視線を正面に映すとそこには売店のエプロンを身につけたおばちゃんの姿。なんだ、いつからそこに座ってたんだ? ぼんやりとしていてよく覚えてねぇけど、売店のおばちゃんはカフェオレをこちらに差し出しながら、ニコニコと笑っている。別に変な気を使わなくてもいいのによ。まあ何か言いたそうにこちらを見ているみたいだし、少しは話を聞いてもいいかな、なんて思っちまったのが今回の事件の始まりだった。
ああ、最初に言っとくけどね。今回のお話は何かを痛めつけたりだなんてもんじゃない。
オレが大活躍って話でもない。
ただ、何でも度が過ぎるといけねぇよって話だ。
それが正義の気持ちであっても、はたまた愛情とかであってもな。
おばちゃんから話を聞き寝ぼけ眼をこすりながら、オレはとりあえずスマホを取り出して通話アプリを立ち上げた。正直このスマホって機械を好きになる事はできない。周囲の奴らはまるでコイツの奴隷になっているみたく見えるからだ。実体もねぇのに通知音に心を踊らせるなんて建設的じゃないからな。だから完全にオレたちは踊らされちまってるんだよ。
通話アプリから一人の名前を呼び出して画面をタップしスピーカーにする。十数秒の間、変に軽快な通話音が鳴り響くが……なんだよ、出ねぇじゃないかよ。仕方がないなとスマホの通話画面を切り、さっき購入したミネラルウォーターの口の捻った。
すると見計らったかのようにスマホが震え始める。これも嫌いなんだよな、意識をこっちに向けろって命令されてるみたいでさ。なんか独裁的に感じんだよ。
表示された画面を見ると、着信の主はさっきオレが通話を試みた人物だった。今は気分じゃない、とりあえずスマホを放り投げてキャップを外して口に水を含む。同じものが入っているはずなのに、なんだか妙な味に感じるのはやはりこのバイブレーションに焦らされているからかだ。
しかし……どんだけ鳴らしてんだよ、コイツ。
「……」
「おいーす、コウちゃーん。匠くんだよぉ」
ああ、うざい。きっとこっちの状況とかを全部読んだ上でこんな話し方をしてきてるんだよな。本当ならコイツに電話したくなかったんだよ。
「なんだよぉ、なーんか用事があって連絡してきたんじゃないの?」
自分の中の熱が一気に上がったような感覚がした。
「コウちゃんってなんだよ、ちゃんと呼べよ……用件は分かってんだろ?」
熱が機械を跨いで相手に伝わるわけがない。それでも匠はオレの声を聞いてケラケラと笑ってこう続けた。
「『悪意メーター』でしょ? 最近ガッコの中でちょいと噂になってんだよね」
「ああ、多分それのこと。売店のおばちゃんから言われてよ」
不意に正面を向くと、売店の中に人だかりが出来つつあった。この時間の講義が終わって、一気に生徒たちが解放されたんだろう。会話を誤魔化すにはいいシチュエーションだ。
「なんだ、今回は売店のおばちゃん?」
「んだよ、一応前払いで礼はもらっちまったんだ。動かなきゃいけないだろ」
「どうせお茶とかコーヒーとかでしょ? 本当ならゲンナマもらっていい話だよぉ」
コイツはどこまでオレのこと読んでんだ。いやむしろオレの事どっかで見てるん
じゃないのか? そう思わされるくらいにコイツの言う事は的を射ている。
「……」
「拗ねんなよコウちゃん! 仕方ないから協力してあげますよぉ、感謝してよねぇ」
「ああ、恩にきるわ」
オレがこんなに素直に礼を言うのも珍しかったんだろう、少し驚いた風に声を上げた匠は咳払いし、少し畏った声を言う。
「『悪意メーター』はね、さっきも言ったけど、ガッコで噂になってる怪談ってやつよ」
「あ? 季節外れにも程があんだろが」
「そんなこと言うなよぉ。実際ね、色々この事で問題が発生してんのよ。まあ後で詳細送っといてやるから目ぇ通してみな。あとはいつも通りコウちゃんが自分の足使って調べてちょ」
面倒くさがりな、それでもオレを確実突き動かす匠の言葉だ。
「わーった。とりあえず色々やってみるわ、微妙だったらまた連絡するしよ」
「んーそれはパスかなぁ。今回の件はあんまり首突っ込みたくないんだよねぇ。嫌な予感がビンビンするのよ」
「んなもん知るかよ。また連絡するからな」
即座に画面から耳を離し、終話ボタンをタップする。受話器の向こうから色々言っている声が聞こえてきはしたが、別に気にする事ないだろう。
マジで困ったらなんのかんのと助けてくれる奴だからな。ほら、そうこう考えてる内に詳細を書き記したメールがきやがった。まあいけすかない奴だけど、結局頼りになる奴だからな。
オレは少し気分を良くしながら、メールの中身に没頭していった。
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