第4話
ここ最近、オレらの学校の周りで不可解なことが起こっている。
ふと人の悪口をついつい口にしちまう。するとどこからともなく『それ』が現れて、
「あなたのメーター、溜まったよ?」
と言う言葉と共に不幸に見舞われちまうそうだ。
正直「なんだこりゃ?」としか言いようのない。まさに3流の怪談ってやつ……いや、それにすら成り得ていない話じゃぇか。
くだらねぇ与太話だ。こんなの誰が信じるんだよって、普段なら切り捨てちまうんだけどな。
こうやって解決を頼まれちまったから放っておくわけにもいかねえ。
オレは飲みかけの水で一気に喉を潤し、おばちゃんが置いていったカフェオレを鞄に突っ込んで、一旦ベンチを立つ事にした。
どうにも口寂しい。
タバコでも吸えりゃあなと考えながら、ポンポンとパンツのポケットを叩いたが、中にはビスケットもなんにも入っちゃいない。癖っていうもんは怖いもんだよ。無意識に体が動いちまってる。
もうタバコはやめた。持ってねぇもんは仕方がねえよ。
自分にそう言い聞かせながらふと視線を外に移すと、見知った奴が喫煙所に入っていった。少し離れたところから見ても目立つ身長の高さ、恵まれた屈強な体躯をしているソイツはオレと同じタイミングで禁煙するって言ってた奴なんだけどな。まあ変に我慢するよりも欲望に従った方が精神衛生上はいいかもしれない。考えすぎるのも不健全の元ってな。
ソイツの姿が完全に喫煙所に消えたのを見計らって、オレも同じように喫煙所に足を運んだ。ドアの隙間から中を覗くとちょうど咥えたタバコに火をつけるところ。もう一人タバコを吸ってる野郎がいた。まあでかい声で喋んのも悪いかと思いながら、上の空に紫煙を吐き出すソイツの側に行き「よお」と声をかけてやると、ソイツは途端に目を吊り上げてこちらを睨みつけてきた。
「なんや……見んなや」
「別になんもしてねぇだろ。お前がここに入っていったから挨拶でもしてやろうかと思ったんだよ」
タバコを咥えていたソイツ、同級生の本井はこちらにタバコを差し出してくるが、オレは「吸わねぇよ」と苦笑しながら言ってやる。
「あん時に決めちまったからな。簡単には曲げたくねぇ。お前こそ大会あんのに良いのかよ?」
本井はこの学校にもスポーツ推薦で入ったくらいの、アメフトの有名選手だ。普段から監督やコーチ連中、チームメイトにもタバコはやめろってしつこく言われているらしいが、いつもプレーで黙らせているとニヤつきながら言っていた時のコイツの表情はなかなかに爽快感があった。
オレの言葉に「そうかよ」と呟きながら、肺の中いっぱいに紫煙を吸い込み難しい顔をしている。
何か悪いこと言っちまったかな? またアメフトのチームメイトに小言でも言われたんだろう。あまり興味はねぇけど。
まあタバコっつうものをコミュニケーションの道具にしてる人種がいるっていうのも理解してるよ。そもそもオレとコイツの最初の出会いもタバコ絡みだったからな。思い出しちまうとニヤけちまうわ。
「で、なんや? 何か話あるから絡んできてんやろ?」
何だ、わかってんじゃねえか。それなら話が早い。
「ああ、ちょっと調べもんしててな。手伝ってくれる奴いねぇかなって探してんだわ」
あからさまに嫌そうな顔をして「……またこのパターンか」と呟く。まあ関係ねぇけど。
「……お前なあ! 人のこと巻き込もうとしとんちゃうぞ! ただでさえこっちはお前のせいで何遍も痛い目あってるやぞ?」
「分かってんよ。とりあえず話くらいは聞いてくれや」
「……しゃぁないのぉ、聞くだけやからな!」
嫌々ながらもしっかり話を聞いてくれるあたり、本井は『ド』がつくほどのお人好し。それでもまあついつい頼っちまうこっちのがダメだって事はわかってるんだけどな。
少し本井に悪い気もしながらオレは匠から聞いた話と送ってもらった内容を本井にした。
「あぁ、あのおかしな話のことか」
「んだよ、お前も知ってたんか?」
馬鹿にしてんのかと、本井はこちらをキツく睨みつけてくるが、そんなのは気にしない。しかしオレが気にしなくても周りの奴らは居心地が悪かったのだろう、タバコを吸っていた他の連中は本井がオレを睨みつけた途端にタバコをもみ消して外へ出ていってしまった。
「お前が威嚇するから他の人らが出ていっちまったじゃねぇか」
「人に聞かせる話でもないやろ……」
本井は吸いかけのタバコを胸いっぱいに一気に吸い込み、紫煙を吐き出しながら、次のタバコに手を伸ばした。オレが吸っていたのと比べるとかなり重いタバコだ。相変わらず新しいものを咥えるとオレにも進めてくるのはさすがに頂けない。
「うちの部活でも話出とったわ」
オレがタバコを断ると本井はそう呟きながら、自分の咥えたタバコに火を点けた。
「そんなに表立った話になってんのか? じゃぁ結構な被害者もいるってことかよ?」
「いや、それがそうでもないみたいや。噂はあるけど実際の被害者が誰かまでは、部活の奴らも知らんみたいやった」
なんかそれもおかしな話だ。被害者のことは何にも分からねぇのに噂だけが広まっているのはどう考えても怪しい。
オレの表情を見て、本井は煙を吐き出しつつこう続けた。
「今のお前みたいに、疑ってかかった奴が大体標的になるみたいな話も聞いたわ。せやからみんな、この噂話はするけど疑おうなんかそうそう思わんみたいや」
自分の身が可愛いからなと付け足す本井。まぁそりゃそうだ。十分に納得もできる。でもオレの場合はそうも言ってられない。とりあえずどう噂の尻尾を掴むかだ。そう考えていると「ここまで言うつもり、なかったけどなぁ……」とため息まじりに本井が続けた。
「お前が関わったら周りも巻き込んでえらいことになるからやぞ!」
「あ? 何、心配してくれてんの?」
「ちゃうやろ、こないだのこと思い出せ! お前が無茶したせいでこっちは色んなところに頭下げて大変やったんや!」
言葉は荒かったが、やはりなんだかんだと心配をしてくれているのだろう。そこのところだけは素直に感謝はしてやることにする。
「あー分かってるよ」
とりあえず聞かなきゃいけねぇことは聞けたと思う。オレはヒラヒラと手を振りながら喫煙所から出て行こうとする。
「絶対やからな! 頼むからぜっったいに何にもすんなよ!」
そんな風にオレの背中に厳しい声が投げかけられるが、その言葉には応えない。
頼まれちまったもんを反故にするほど、オレは冷徹な人間じゃねえよ。
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