第4話 緑の丘 4.小さな背
「あらあら……これは……傷痕が残っちゃいそうね……」
あれ、フローラおばさんの声が聞こえる。
「痕? 何でだよ」
スカイの声だ。
よかった。おばさんの傍にいるんだね。
「ラズちゃんが治してくれたところがね、どうも、少しずつずれちゃってるみたいなのよね」
「なんだそれ。こんなトコ傷残ったら目立つじゃないか」
「うーん……そうねぇ……」
「いいわよ母さん、気にしないで。スカイ、傷が消したいなら私がもう一度頭をカチ割ってあげるから、遠慮なく言いなさい?」
デュナお姉ちゃんの声もする。
何を話してるのかまでは分からないけど、皆近くにいるんだ……。
「……ねーちゃんに頼んだら、二度と元に戻らない気がする……」
「何か言った?」
「い、いや何にも!」
スカイ君の焦った声。
またデュナお姉ちゃんにからかわれてるのかな。
「でも、どうしてそんなことになったの?」
「そうねぇ……。神様への祈りに、ほんのちょっとだけ憎しみが乗っちゃったのかも知れないわね」
「…………俺、ラズに、憎まれて、たのか?」
あ。今スカイ君、私の名前を言った……?
体は相変わらず動かせなかったけれど、今私の体を包んでいるのは冷たくて重たいものじゃなく、暖かくてふかふかしているものだって事は分かった。
……お布団の中だ……。
「スカイじゃないわよ、修行も無しで治癒術なんて、とっても大切な相手にしか使えないんだから」
「え……?」
「ラズちゃんはきっと、神様を、この世界を少し嫌いになってしまったのね」
「世界……を?」
「スカイは、この世界が好き?」
「おう!」
「それはどうしてかしら?」
「えっと、皆で遊んだり、学校があったり、美味しい物を食べたりとか……」
「それから?」
「それから、えーと、父さんが居て、母さんが居て、ねーちゃんが居……――」
ピタリ。と唐突にスカイの言葉が途絶えた。
あ、れ……? 話の途中だった気がするんだけど……。
私の意識はもう半分以上眠りの中だった。
カタン。と小さな物音。
誰かが立ち上がった音のようだ。
「また、好きになればいいんだよな?」
スカイが、何か大切な事を話すときのように、ゆっくりと言葉をかみ締めて発言した。
「そうね……好きになってくれるといいんだけどね……」
スカイとフローラさんの声を遠くに聞きながら、私は心穏やかに眠りについた。
目を開いたら、天井が見えた。
無垢材がタイル状に貼られている天井。
スカイの家の天井だ。私に、と用意された部屋もこうだった……。
部屋を確認しようと視線を降ろしていくと、その途中で真っ青な髪が視界に割り込んできた。
「ラズっ! 気が付いたのか!!」
「スカイ君……」
スカイの頭の後ろに、黒くて丸いボールのようなものが見える。
その奥には尻尾らしきものも見えて、思わず呟く。
「クロマル……?」
スカイの人懐っこい弾けるような笑顔が途端に凍りつく。
よく見れば、それはスカイが頭に黒いバンダナを巻いていただけだった。
「あ、バンダナだったんだね……。一瞬、クロマルに見えちゃっ……た」
ぽろり。と予期せず涙が一粒零れてしまう。
その粒が布団に吸い込まれる前に、スカイの小さな手の平が受け止める。
それを握りしめると、スカイはぎゅうっと唇を噛み締めて、悔しそうなしかめっ顔になった。
あーあ……。さっきまでスカイ君笑ってたのに。余計なこと言っちゃった……。
自分の不用意な発言を後悔しながら、この場をどう取り繕うか思いあぐねていると、スカイが勢いよく立ち上がる。
「ちょっと待ってろ!!」
頭の上から怒鳴りつけられておっかなびっくりしているうちに、スカイはバタバタと部屋を出て行ってしまう。
その場に一人取り残された私は、開け放たれたままの扉を見つめながら呆然と瞬きを繰り返すしかなかった。
……とりあえず、扉を閉めようかという結論に至って、布団から這い出す。
いや、這い出そう。とした。
けれど、体のあちこちが突っ張ったりギシギシ鳴ったりで、なかなか思うように動けない。
「ううー……だめだ……」
途中で力尽きて布団の端辺りでうつぶせになっていると、スカイがドタバタと家中に響く足音を立てて駆け込んできた。
「あっラズ! まだ寝てなきゃダメだろ!!」
スカイは、駆け込んだその勢いのまま私を布団へ詰め込む。
「あ、ありがと……う?」
よく考えれば、私が起き上がろうとしなくてはならなかったのは、スカイが部屋の戸を開け放したまま出て行ってしまったからで、お礼を言いつつも、本当は文句を言うべきではなかったのかと悩む。
顔を上げると、スカイの黒いバンダナに、何か白いペンキのようなものを塗った跡があった。
「スカイ君、それ……」
「クロマルだ!」
小さなスカイは、その小さな胸を精一杯張って、自慢げに言い放った。
よく見れば、バンダナを着けてちょうど正面に来る部分にはヒゲが。
その左右には確かにつぶらな瞳が描かれており、言われてしまうともうクジラ以外の何物にも見えなくなるほどの完成度ではあった。
スカイ君、器用だなぁ……。
バンダナから少し視線を降ろすと、青い髪の向こうでラベンダーの瞳が何かを言いたげにじっとこちらを見つめていた。
な、なんだろう……。
思わずこちらまで緊張してしまうような、真剣さというのか、真摯さというのか。そういうものを感じて息を飲む。
スカイがそのギュッと閉じた口を、開こうとした途端、
「スカイ、ドタバタ煩いわよ。足音を立てずに走りなさい」
デュナがいまだに開け放されたままの扉から顔を出した。
走るなとは言わないんだ……。
どちらかと言えば、足音を立てずに走ることの方が難しいような気がするけれど、スカイは素直に「へーい」と返事をしてから、なんだか居心地悪そうに部屋の奥へと移動した。
後になって思えば、こういう事の積み重ねが、スカイに盗賊としての資質を作っていったのかも知れないなぁ……。
「ラズ、気分はどう? どこか痛いところは無い?」
「うん。大丈夫」
返事をしてから、ひとつ息を吸って、
「……デュナお姉ちゃん」
「なーに?」
まるで、声を掛けられるのが分かっていたかのように、デュナは、自然と私の傍に屈みこんでいた。
スカイより若干薄いラベンダー色の瞳をほんの少し細めて、優しくこちらを覗き込む。
「あのね……その……いっぱい心配掛けちゃってごめんなさい」
つい思い切り頭を下げると、ぽふんと布団に顔がめり込んだ。
「ええ、ラズが元気になってよかったわ」
デュナが、私の後頭部をぐりぐりと撫で回す。
その声がとっても優しくて、嬉しいような恥ずかしいような、おまけにちょっと申し訳ないような気持ちで顔が熱くなる。
「……フローラおばさんは?」
顔を上げて尋ねる。
おばさんにもちゃんとゴメンナサイって言わなきゃ。
「母さんは今ちょっと出かけてるわ。帰ってきたら教えてあげるから。
ああ、ラズ、痛いところが無いなら、少しずつ体を動かしておく方がいいわよ」
デュナの話によれば、私は丸3日寝続けていたらしい。
それ以前も延々と部屋の片隅に座り込んでいたし、体力はそうとう落ちているようだった。
「スカイ、ラズが外に出たりするときは手伝ってあげるのよ」
「おう」
それだけ指示をすると、デュナはすたすたと自室に戻ってしまった。
宿題が山ほどあるらしい。
「スカイ君は無いの? 宿題」
「ある。けど後でいい」
淀みなく言い切られて、そういうものなんだ……と納得する。
自分は今まで学校に行ったこともなければ、
そんな風に宿題を貰うこともなかったので勝手が分からなかった。
「デュナお姉ちゃんは、お勉強とかあっという間に出来ちゃうんだと思ってた……」
ぽろり。とこぼした言葉に、部屋の窓から外を確認していたスカイが振り返って言う。
「ねーちゃんはすごいよ。宿題だって、学校で済ませちゃうことも多いしさ」
やっぱりそうなんだ。
「けど、ラズが寝込んでからずっと、夜とかもちょこちょこ様子見に来てたみたいだし、それで溜まっちゃったんじゃないか? 宿題」
私の事が心配で、勉強が手に付かなかった……なんて
なんだかデュナらしくないというか、ちょっとイメージできないけど……。
「それよりさ、外行かないか? 体動かした方がいいんだろ?」
スカイが窓の外を指して、瞳を輝かせながら言う。
外はとてもいい天気で、ゆるやかな風がサワサワと木々を揺らしている。
ついさっき、寝てなきゃダメだって布団に押し込んだくせに……と思いつつも、私はその提案に笑顔で頷きを返した。
スカイにはどうやら私を連れて行きたい場所があるらしく、久しぶりに自分の体重を支える両足に不安を感じつつも、ゆっくり後ろをついて歩く。
今日は本当にいい天気だ。
眩しい日差しに照らされて、歩いているとじんわり汗ばむほどだったが、涼しい風がそよそよと優しく吹き続けていて、不快になる事はなかった。
あの日、スカイに手を引かれて歩いた方とはまったくの逆方向だった。
「もうすぐ着くからな。ここを登ったら……」
そう言って、前を歩くスカイが道を開けて示してくれたのは、とても急に見える坂だった。
「うわぁ……ここ、登るの……?」
「疲れたなら一回休むか?」
どうやら、スカイには登らないという選択肢は無いようだ。
「うん……」
しょうがなく、その場で座り込む。
周りを見回しても、椅子になりそうな石だとかそういうものは無いようだった。
お日様にぽかぽか温められた草は、元気いっぱいで、ズボンの上からでも、お尻がちくちくする。
まあ、湿った地面でぐっしょりするよりはいいけど……。
私は、冒険生活だった為いつもパンツスタイルなのだが、デュナやフローラさんはいつ見てもスカートをはいている気がする。
こういう時困りそうだな……。
ああ、けどデュナだったらスカイを椅子にしたりするのかも知れない。
さらりと酷い想像をしてしまってから、やっぱりデュナならやりかねない。と小さく頷く。
「足……辛いか?」
ぺしょんと座ってしまったっきり、俯いたままだった顔を上げると、スカイが心配そうに覗き込んでいた。
「うーん……ちょっとだけ……」
家を出て、まだ5分も歩いてはいなかったけれど、正直足は思った以上にがくがくしていたし、背中や肩も痛かった。
そうっとふくらはぎを擦る。
「お、お、俺が、負ぶってやっても、いい、ぞ……」
なんだか最後の方は消え入りそうだった申し出に、もう一度顔を上げると、スカイはあらぬ方向を向いていた。
……私に言ったんだよ、ね?
一応聞いてみよう。
「誰に言ってるの?」
「お前だよっ!!」
と、怒鳴るスカイは相変わらずこちらを見ない。
怒鳴り声に一瞬ビクッとしたものの、なんだか大分慣れてきたように思う。
お前と言われると困るんだけど、私……だよね?
「いいよ。スカイ君私より背低いし。大変だよ」
スカイは小さな頃から、ひとつ年下の私より背が低かった。ほんの少しだけれど。
それでも、大人達に囲まれて育った私から見て、スカイはとても細くて小さな男の子だった。
「……低くない」
え、低いよ……。
思わぬ返事にちょっと面食らう。
「伸びた」
「ええ……?」
相変わらずこちらを見ないスカイが、口を尖らせて言うのがちらと見える。
「ちょっと立ってみろ」
うーん。しょうがないなぁ。
疲れた体を引っ張り起こしてその場に立つ。
私に背中を合わせるように立ったスカイの背は、確かに伸びていた。
「あ。ほんとだ、一緒だね」
私より高くはなっていなかったけれど、ほぼ同じくらいの高さに思える。
笑いながら振り返ると、なんだかスカイが物凄く悔しそうにしていた。
もしかして、私より伸びてたつもりだったのかな?
「……とにかく、低くなかっただろ?」
「うん」
「だから、俺が負ぶってやるって」
スカイが私の前に屈んでその小さな背中を差し出す。
……だ、大丈夫なんだろうか。
何せ、ここから先は急な上り坂だ。
体重だって私と大差無さそうなスカイの背は、ともすれば私より小さいんじゃないかと思えるほどに華奢だった。
いつまでもおろおろとためらう私に業を煮やしてか、スカイが声を荒げた。
「いいから乗れ!!」
怒鳴りつけられて、慌てて目の前に背に飛びつく。
スカイが、その小さな両足を精一杯踏ん張って、ぐっと立ち上がる。
つい自分にも力が入ってしまう。
両足が地面から離れただけで、なんだか感動してしまった。
ふらり、ふらりと時折左右に揺れながらも、スカイはそのまま、私を背負って一歩一歩確実に坂を登って行った。
目の前で小さく揺れている一抱えほどの黒い塊。
顔を近づけると、それはスカイの熱と蒸気でぽかぽかしていた。
ほんの数日前に、初めて子クジラを抱いたときの感触を思い出す。
温かかったな……。
鼻の奥がツーンとして、目頭が熱くなる。
「……クロマル……」
私がぽろりと零した言葉に反応して、キュイーと、鳴いた。スカイが。
「……」
「…………」
居たたまれない沈黙。
「……スカイ君……?」
「………………っなんだよ!!」
「な……なんでもない……」
スカイの背中が急激に熱くなってゆくのを感じながら、言葉を引っ込める。
揺れる青い髪にちらちらと隠れる耳も、赤く染まっていた。
ふと顔を上げると、先程までとは全く違う景色が広がっている。
いつの間にか、坂の半分まで登っていたようだ。
「うわぁー。海だ……」
丘の向こう側、遥か彼方にキラキラと光を放つ水面が見える。
「もっと上見てみな」
上?
スカイに言われるままに、視線を上げる。
海の上空には、まるで海面をそのまま鏡にでも映したかのような
光を反射してたゆたう水面があった。
「……浮海?」
「ああ、天気がいいとよく見えるんだ」
「初めて見た……」
両親から話を聞いた事はあったけれど、実際目にするのは初めてだった。
本当に、海が浮いてるように見える……。
「綺麗だろ?」
「うん、すごく綺麗……」
ずっと向こうに浮かんで見える大きな海を眺めながら、うっとりと目を細める。
その瞬間、スカイがバランスを崩した。
「うわっ」
「わぁ」
持ち直せずに、べしょっと潰れたスカイにのしかかる形で倒れこむ。
うわわ、スカイ君潰しちゃった。
慌ててスカイの背から降りると、スカイが私より慌てた形相で跳ね起きた。
「ど、どっか痛いとこないか!?」
スカイの勢いに押されて、若干後ずさる姿勢で返事をする。
「え? えーと……うん、大丈夫」
「そっか、よかった……」
ほっと胸を撫で下ろすスカイの肘に、擦り剥けたばかりの傷があった。
「スカイ君の方が怪我してるよ」
私に指さされて、スカイが自分の肘を見る。
「ああ、このくらいなんてことない」
そう言って胸を張るスカイが、本当に屈託なく笑うので、私もつられて苦笑する。
丘の上まであともうちょっと。
私達は、急な坂を並んでゆっくり歩いた。
一番上まで登りきると、頂上は驚くほどに狭かった。
「ラズ、疲れてないか?」
「うん。大丈夫……」
疲れていないことはないけれど、なんだか気持ちのいい達成感があった。
ザアッとそこらじゅうの木々を揺らしてひときわ強い風が吹く。
汗ばんだ体に、涼しい風が心地良い。
その風に乗って、黒くて丸い風船のような物が、私の頭上を通り過ぎた。
「え!?」
慌てて視線で行方を追うと、そこには浮海へと向かって飛ぶ子クジラの姿だった。
……一瞬、スカイのバンダナが飛んでいったのかと思った……。
「まだ残ってたのがいたんだな」
スカイが、風に乗って……というより風に翻弄されつつ飛んで行く子クジラの後姿を見つめながら呟いた。
「毎年、暑くなってくる頃には子クジラ達は皆あの浮海へ帰るんだ」
「ふーん……」
じゃあ、クロマルも、元気なら今頃あの海で泳いでたんだ……。
「ラズ」
名前を呼ばれて隣を見ると、ラベンダー色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
ああ、そっか。背の高さが同じくらいだから、真っ直ぐに目が合うんだ……。
じっと、思いつめたような必死さで見つめられて、スカイから目が離せない。
「スカイ君……どうか……した?」
「いいか、ラズ、よく聞けよ」
「う、うん……」
何だろう。怒られるのかなぁ……。
そうだよね。私、またスカイ君にいっぱい迷惑かけちゃって……。
ああ、そうだ。
まだ私、スカイ君にごめんなさいって言ってない……。
「その、だ。こないだは、その……」
スカイが何かを言いかける。
と、とにかくここは先に謝っちゃおう!!
「ごめんなさい!!」
ぶんっと思いっきり頭を下げる。
「は?」
スカイの、とても間の抜けた声が聞こえた。
あれ?
ちらり、と姿勢はそのままに顔だけ上げて見ると、
スカイはぽかんと口を開けていた。
「ぶふっ」
堪えきれず噴出す。
「な、な、なんでスカイ君そんな顔なの?」
なんだろう。いつも眉間にしわを寄せているような、そんなしかめっ面の男の子が、もうほんとに心の底からきょとんとした顔で、目も口も丸くして、なんでそんなおかしな顔が出来ちゃうんだろう。
笑っても笑っても、その瞬間の表情が脳裏から消えなくて、そのままその場に座り込んで笑い転げる。
いや……ちょっと……も、も、もうダメだ……。
息が続かなくなって涙が出てきた。
謝った直後に大笑いじゃ誠意もあったもんじゃないな、とは思うのだけれども。
「なっ! なんで笑うんだよ!!!!!!」
スカイの叫びが、なんとも哀れに響いた。
やっと、笑いが収まってきた頃、私に合わせてか、隣に座り込んだスカイが、背中を向けたまま話し始めた。
「まあ、あれだ。それだけ笑えるならよかったよ」
その声にはどことなくげんなりとした響きも含まれていたが、それは気付かなかったことにしておこう。
「あのな、ラズ、これからは、俺が傍にいるからな」
「うん」
デュナお姉ちゃんも、フローラおばさんもいてくれる。
私は決して一人ぼっちじゃないって、ちゃんと分かったよ。
「ずっと、ずっと傍にいるからな」
「……うん?」
「お前より先になんて、ぜっっっったい死なないからな」
ああ。そういう事か。
「クロマルも居るからな」
言われて、その頭のバンダナを見る。
スカイが、ゆっくりこちらを振り返る。
その顔は、やはり怒ったようなしかめ面で、その頬はやはり真っ赤だった。
「だから、もう泣くなよ」
「う、うん……」
そのバンダナが、仮にクロマルの代わりだとしても、
それがどう繋がったらそういう結論になるのかは分からなかったけれど、スカイがスカイなりに私の事を考えて起こしてくれた行動だという事だけは、痛いほどに伝わった。
じっと、青い髪の向こうから、吊り上がったラベンダーの瞳に射竦められて、ふと思う。
「……じゃあ、スカイ君も、すぐ怒るのやめてくれる?」
「え」
ラベンダーの瞳が、動揺するように揺れる。
「お、怒ってない、ぞ?」
そうは言われても、そう見えないのだから困る。
「じゃあえーと……。急に大声出さないで、あと、恐い顔しないでくれると、嬉しいかも……」
そうすれば、きっと怒っているように見えることもないだろう。
実際、スカイの発言だけを見れば、確かに怒っているわけではないようだし……。
「恐い顔……?」
「うん、その、眉間のシワとか」
スカイが、言われてはじめて気づいたとばかりに、眉間に触れる。
「分かった。努力する」
素直に頷いたスカイを見て、何だか急に微笑ましい気持ちになった。
「ありがと、スカイ君」
笑いかけると、途端にスカイも嬉しそうな笑顔になる。
普段はツリ目の癖に、どうして笑顔はこうも人懐っこく見えるんだろう。
可愛いなぁ。
ああ、そっか。
スカイ君は、可愛い男の子なんだ。
真っ直ぐで、いつでも一生懸命で、時々恐いけど、本当は優しいスカイ君。
なんとなく、スカイ君を虐めたがるデュナお姉ちゃんの気持ちが分かったような気がした。
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