第2話 橙色の夕日 5.ブラックブルー

スカイが部屋から姿を消す。

遠ざかる風の音と、悲鳴の名残のような物が耳に残る。

「ちょっと勢いが強すぎたかしら……」

デュナの台詞が、三人だけになった部屋にぽつりと聞こえた。


数秒後、どさっという落下音と共に、ぐえっとかえるの潰れたような声がする。

落下までの時間が存外あったのを思うと、外でも随分な高さまで吹き上げられたに違いない。

「スカイーー、生きてるー?」

デュナが、まったく心配そうでない声色で生死を問う。

「っ死ぬトコだったよ!!!!」

ガバッと穴から顔を出すスカイは、思いのほか元気そうだ。

痛そうに頭を擦ってはいたが。

下から見えていたものは、やはりロープだったらしい。

きちんと縄梯子として組まれているそれをスカイが下まで降ろす。

頑丈そうで綻びもないそれは、間違いなく最近かけられたものだった。

梯子を垂直によじ登って行く。

壁際ではあったものの、どこにもぶつかっていない梯子は

ふらふらと空中で揺れて、とても心許なく感じる。

半分ほども登ると、もう下を見ずに進むしかなかった。

「フォルテ、大丈夫?」

私の下から登ってきているはずのフォルテに声をかける。

「うん、大丈夫ー」

すぐさま、しっかりした返事が返ってくる。

基本的に怖がりなフォルテではあったが、こういうのは平気なようだ。

差し出されたスカイの手を取って、地上に足を下ろす。

スカイは、次のフォルテを引き上げながら、その後ろから来るデュナに声をかけた。

「それで? なんでこの梯子はわざわざ上げてあったんだ?」

「それは、フィーメリアさんが外に居るっていう証拠よ」

スカイの二度目の問いに、デュナはニヤリと笑って答えた。


私達が出てきた場所は、遺跡の入り口から見えた丘の裾のあたりだった。

といっても、奥側の裾だったので、入り口から地上を見渡しても丘の死角になって見えない場所だが。

私は、ひとまずフォルテを連れて近くの草むらに入っていた。

木に背を預けて、フォルテを待ちながらぼんやりと眺めた空には、切ないほどに鮮やかな色をしたオレンジの夕日が浮かんでいる。

「大きいなぁ……」

昼に見る太陽の何倍もありそうなその姿は、まだ何にも遮られることなく、西の空、林の上に輝いていた。

たなびく雲を自身の色に染め上げて、空に大きなグラデーションを作っている。

東の空の色は、とっくに青ではなく紺色だった。

紺色からオレンジへと変わる、空の継ぎ目を探していると、がさがさと近くで音がした。

振り返ると、フォルテがほんのちょっと恥ずかしそうに笑顔を作っている。

「えへへ……おまたせ、です」

どうやらすっきりしたようだ。

「じゃあ、二人のとこ戻ろうか」

くるりと向きを変えた私に、フォルテの不思議そうな声がかかった。

「あれ? 何だろう……」

フォルテの見つめる先を見る。

が、視線の先には林が続くばかりで、野兎の姿なども見当たらない。

日も傾いていたので、暗闇になってよく見えない部分も多かった。

マントに仕舞ったロッドに、まだ光球が残っていたのを思い出して掲げてみる。

ほんのりと光に照らされた中、林に溶け込む常磐色の布から、人の腕らしきものが伸びていた。


ぞっとした次の瞬間、それこそが私達の探していたものだと気付く。

見失わないよう凝視したまま、フォルテに

「二人を呼んできてくれる?」

と頼む。

「うん」と頷いて駆けて行くフォルテの足音を聞きながら、地に落ちている腕に近寄ろうとして一瞬ためらう。

こういう時、スカイなら迷わず駆けて行くのだろう。デュナもそうかも知れない。

「フィ、フィーメリアさん……?」

そっと声をかけてみるものの、やはり反応は無い。

この林は、林とは言え敷地の中にあるものだ。

案内をしてくれたファルーギアさんが何の装備も無しに歩いていたことを考えても、凶暴なモンスター等は居ないのだろう。

それでも、目の前にはピクリとも動かない腕が落ちていた。

もしかしたら、そこに落ちているのは腕だけで、草むらの陰を覗いても、フィーメリアさんは居ないのかも知れない。

そんな最悪の想像に立ち尽くす。


遠くから、三つの足音が聞こえてくる。

いち早く駆け寄ってきたスカイに、ポンと背を叩かれて我に返った。

「どうしたんだ?」

「あ、うん、あそこ……」

スカイの声にほっとしながらロッドで腕を指すと、スカイはすぐさまそちらへ駆けて行った。

「フィーメリアさん!? 大丈夫ですか!!」

草陰からスカイが何者かを抱き起こす。

腕の先が繋がっていたことに感謝しながら、私もそれに駆け寄る。

後ろからは、フォルテの足音と、それに合わせて歩いてきたらしいデュナの足音が近付いていた。



フィーメリアさんは常磐色のローブを纏っていた。

パッと見たところ外傷もなく、顔色も悪くはない。

ファルーギアさんが「蓄えが沢山ある」と言っていた通り、その外見はええと……なんというか……とてもふくよかだった。

元が分からないので一概には言えないが、やつれている様子も窺えない。


しかし、スカイに肩を抱かれて上半身を起こされた彼女は、一向に目を覚ます気配が無かった。

デュナがフィーメリアさんの手をとって脈拍を確認している。

「フィーメリアさん……だよなぁ……」

スカイが困ったように彼女の顔を見下ろす。

「十中八九ね。脈も問題ないわ」

デュナが、そう答えて立ち上がる。

「寝てるだけなのか……?」

「もしくは気絶しているか、ね。とにかくお屋敷に運びましょう」

スカイが彼女を背負おうとするので、手助けする。

「よいしょ」と常磐色のローブに包まれたフィーメリアさんを背に乗せたスカイの後姿は

どうにも人を担いでいるようには見えなかった。

「……一人で大丈夫?」

思わず聞いてしまう。

フィーメリアさんが起きたら失礼なことになると、口にしてから気付いたが。

「おう」と軽く返事をしたスカイが振り返ったのかどうかも、常磐色の塊に遮られて分からなかった。

「あら? フォルテは?」

デュナの台詞に慌てて辺りを見回す。

ついさっきまで、ランプ代わりの私のロッドを持って隣に立っていたはずなのに。

フォルテはあまり口数も多くない上、低い身長のせいで皆の視界に入りにくいためか、気付かず居なくなってしまうことがよくあった。

「フォルテー!」

そう遠くには行っていないはずだ。

何かに夢中になってしまうと周りが見えなくなってしまう性質の子ではあったが、フォルテには、いつも、私達に迷惑をかけまいと精一杯気を遣っている部分があった。

「は、はーいっっ」

私達の居る場所より、さらに林の奥のほうから、慌てる声が聞こえた。

ロッドをぶんぶん振り回して駆けて来たフォルテの手には、青黒く完熟した大粒のブルーベリーがころころと乗せられていた。

「ブルーベリーが生ってたー」

その実を、フォルテが嬉しそうに私達に見せびらかしてくれる。

「へー、美味しそうね」

デュナがその実をつまんで、感心したように言うと、フォルテが「えへへ」と少し照れたように俯いた。

その横顔を見下ろして、ちょっぴり幸せになる。


……あれ?

でも、ブルーベリーって今時期だっけ??


記憶の中を必死に探る。

遠い昔、両親とブルーベリーを摘んだ事が何度かあった。

真っ青な空に、見上げるほど積み上がった雲。薄紫のマント。

母がブルーベリーを摘んではこちらに見せて、楽しそうに笑う。

灰色の大きな犬は、舌をだらんと出して木陰で伏せていて、帽子を嫌がる私に、熱中症になるから。と、父が背中で日陰を作ってくれて……。

そう、暑い盛りだったはずだ。

「――それ本当にブルーベリー?」

顔を上げると、スカイが早速その実を食べようとしているところだった。

私の声に緊張が含まれていたのに気付いてか、デュナが、スカイの摘み上げていたブルーベリーを力いっぱい叩き落した。

どう見ても、必要以上の威力で。

スカイの手ごと。

「いっ――!!!!!」

声が出せないほど痛かったのだろうか。

よろりと大きく揺れた後、スカイは完全にしゃがみこんでしまった。

地にうずくまったスカイは、その背に負っているフィーメリアさんの陰に完全に隠れてしまっている。

「フォルテは? ひとつでも食べた?」

デュナの問いに、フォルテがぷるぷると首を振る。

「皆と一緒に、食べようと思ったの……」

どういう事態になったのかがわからず、フォルテは明らかに戸惑った表情を見せている。

「そう、よかったわ」

答えを求めるように私を見つめてくる、フォルテのふわふわのプラチナブロンドをそっと撫でる。

「それはブルーベリーじゃないみたい」


昔。

私がフォルテよりも、もう少し小さかった頃、森で見つけたブルーベリーを摘んで、両親に見せたことがあった。

母は、少し困った顔をして私の頭を撫でながら、こう言ったのだ。

「本物のブルーベリーは、暑い時にしか生らないの」

そうだ。この話には続きがあった。

母の言葉を思い出しながら、ゆっくり口にする。

「寒い時期に生るブルーベリーそっくりの実は、ブラックブルーって言ってね。食べると丸一日は眠り続けてしまうのよ」

「それだわ!」

デュナの声にはっとする。

そうか。

フィーメリアさんは、それで目を覚まさないのか。

「丸一日っつーか、三日くらいはここで寝てたみたいだけどな」

スカイの声がフィーメリアさんの下から聞こえてくる。

屈んだままのスカイの足元には、先ほどまでフィーメリアさんが倒れていた部分の草がぐったりと潰されていた。

「睡眠薬入りのスープを飲みすぎた、どっかの誰かと同じでしょ。食べ過ぎたのね。きっと」

デュナがスカイの心配を他所に、あっさりと返す。

むしろ、スカイにとってその発言は墓穴だったようだ。

「うぐ……」

悔しくてか、そろそろ潰されて苦しくなってきてかは分からないが、スカイのうめき声が聞こえた。



私達は、ブラックブルーの実を持って、フィーメリアさんと共に屋敷に戻ることにした。

「ああ、これがブラックブルー……深すぎる眠り。ですか」

ファルーギアさんは、フォルテの持ち帰った実を拾い上げると、興味深そうに眺めている。

そんなに有名な植物ではなかった気もするのだが……。

私と目が合うと、くたびれた服装の頼りなさげな男性は、

「私はこれでも、植物の研究をしていまして……」

と、ちょっと申し訳なさそうに微笑んだ。


私は、そんな意外そうな顔をしていたのだろうか。

どうも、私は感情が顔に出てしまいやすいらしい。気をつけないと……。

「しかし、図鑑では見たことがありましたが、まさか自分の庭に生えていたとは。

 遺跡の穴の事といい、自身の家なのに把握していないことばかりで、いや、お恥ずかしいです」

ファルーギアさんが、その小柄な体をさらに小さくする。

「まあ、庭と言っても、こんなに広いとなぁ……」

スカイの台詞に続いて、私もフォローを入れる。

「そうですよ、お気になさらないで下さい」

「はあ、すみません」

なんとか顔を上げたファルーギアさんの目の前には、腕を組んだデュナが待ち構えていた。


なんとはなしに、寝台に寝かされているフィーメリアさんを見る。

デュナとファルーギアさんは報酬について話し合っていた。

同じようにフィーメリアさんを見つめていたフォルテが顔をあげて

「この人、明日になったら起きるかなぁ……」

と、私の思っていた心配事を口にした。

我々は、フィーメリアさんを見つけ出すことには成功したが、助け出すという意味では不完全だった。

「ちゃんと目覚めるまで見届けたかったよな」

スカイがポツリと漏らす。

彼もまた、私達と同じようにフィーメリアさんを眺めていた。

「皆、今日はとりあえずこのお屋敷に泊めていただく事になったから」

私達の背にデュナのハッキリした声がかかる。

振り返ると、ファルーギアさんが、こちらへ微笑んだ。

「あ、ありがとうございます。お世話になります」

ぺこりとお辞儀をして、フォルテにも礼を促す。

隣でスカイも頭を下げた気配がした。

「朝になってもフィーメリアさんが目覚めない場合、明日は図書館に行くわよ」

「図書館?」

デュナの言葉を思わず繰り返す。

図書館だなんて、もうここしばらく行っていない気がする。

最後に行ったのは確か、フォルテの身元捜しをしていたときだったろうか。

「図書塔とか、書の城とか呼ばれてる、この町のシンボルね」

ザラッカの町の中央付近にある、ちょっとした城のような建物。

いくつかの塔が束ねられたような形のそれが、この町で唯一無二の図書館だった。

学術機関の集まる、そう大きくない町では、あちこちに小さな図書館があってもあまり役に立たないのだろう。

それぞれに違う専門分野に特化した本を求める学生達に磨き上げられて、この町の図書館は、大きく、立派に、この町のシンボルとして十二分に育てられてきた。

他の町から、わざわざこの図書館を頼ってやってくる旅人もいるくらいに。


そういえば、デュナも確かザラッカに来る途中、その図書館に寄りたいと言っていたのだった。

「皆で行くの?」

フォルテがデュナを見上げて問う。ラズベリー色の瞳には、期待が浮かんでいる。

「ええ、フィーメリアさんを目覚めさせる方法を探しにね」

キラリとメガネを光らせて、デュナがニヤリと笑った。

フォルテもニコニコとしている。

どうやら、久しぶりに本を読めるのが嬉しいようだ。

フォルテは、記憶が無くとも字は読めて、色々なお話を読むのも好きだった。

家に居る時には、一日中本を読んでいることもあるほどだ。


外に出る予定の無い雨の日には、黙々と本を読んでいるフォルテの横で、私も、デュナに薦められた魔導書を読み始めてみたりもするのだが、私の場合はいつもすぐに投げ出して、最終的には時間のかかる煮込み料理などに精を出していたりする。

スカイも、はじめは皆の旅アイテムの点検や繕い物をしたりしているのだが、こちらもそれが終わると飽きて、夕方頃には私の料理を手伝っていたりするのだ。

デュナは、いつもと変わらず研究室に篭りっぱなしなわけだが。


「明日まで、どうぞよろしくお願いします」

ファルーギアさんが頭を下げる。

その言葉にハッと現実に戻り、慌てて頭を下げ返す。

『鍵を開けるだけ』のつもりでやって来たお屋敷に、『石を届けるだけ』のつもりで立ち寄ったお屋敷と同じく、お世話になる事になって、私は、とりあえず夕食に毒が盛られないことを祈ることにした。



翌朝。

残念なことに、フィーメリアさんは相変わらず眠っていた。


まあ、それを想定した上で泊めていただいたようなものなので、やはり、と言うべきなのかも知れないが……。

早速、調べ物をしに行こうとするデュナを、ファルーギアさんが引き止める。

どうやら、図書館に行く前に、ブラックブルーの生えていた場所を教えてほしいという事だった。

原因となった実を調べることで、フィーメリアさんを起こす方法がわかるかもしれない。というのは、至極もっともな意見だった。


軽い朝食の後、遺跡を通らず地上から、昨日フィーメリアさんを発見した茂みへと彼を案内する。

瞳を輝かせてブラックブルーを観察しているファルーギアさんの姿に、新しい研究に取りかかる前の、ワクワクしてたまらないデュナの姿が重なる。

研究者というものは皆こうなんだろうか。


心底楽しそうにしている彼を見ていると、フィーメリアさんの事は、研究の口実なのではないかと思えるほどだった。

ブラックブルーの実を抱えたファルーギアさんと共にお屋敷に戻ると、簡単に成分を分析してみると言うので、その結果を待つことになる。

デュナは、興味津々に彼の研究室へ覗きに……もとい、手伝いに行った。


フィーメリアさんを眠りに陥れている原因の物質が特定できれば、図書館に行く必要は無くなるかもしれないな……。

する事が無くなった私とフォルテとスカイの3人は、客間でぼんやりとしていた。

「とっても大きい図書館なんだよね。私の読める本もいっぱいあるのかなぁ」

フォルテは、早く図書館に行きたくてうずうずしているらしく、時々私を見上げては、まだ見ぬ図書塔に思いを馳せている。

これは、分析の結果がどうであれ、連れて行ってあげた方が良さそうだ。


太陽は既に真上近くへ昇っていて、窓からは明るい光が差し込んでいる。

いくらか整えられた庭の向こうには林が広がっていて、遺跡上の丘が、ほんの少しだけ隙間から窺い見える。


ソファに座っているフォルテは、ポーチから小さなメモ帳とペンを取り出して、なにやらあれこれと思い出してはそれに書き込んでいる。

聞けば、今までに読んだ続き物の本で、続きが気になっているお話のタイトルと著者のメモだそうだ。

ほとんどは見覚えのあるタイトルで、私達の家にフォルテがやってきてから読んだもののようだったが、時々、見たことも聞いたこともない名前が混ざっている。

「これとかこれは、フォルテが自分のお家にいた頃に読んだものなのかな」

指して聞いてみると、

「そうなの? うーん、そっか。そうなんだ……」

と、的を得ない返事が返ってきた。


このふわふわのプラチナブロンドを纏った砂糖菓子のような女の子は、まだ十二歳。

一般的には、まだ学校に通っている歳だ。

とは言え、学校は無償で通えるところではなかった。

施設に入れられれば、それはそれで職員が読み書きなどを教えてくれるだろうが、フォルテは既に読み書きも、計算も、それなりの常識も、身につけていた。

フォルテの両親が教えたものなのか、学校に通っていたのかまでは分からなかったが、おそらく後者ではないだろうか。

この子は、学校に行きたいと言う事こそ無かったが、学校とは何かと尋ねることもなく、その仕組みを理解しているようだったからだ。

今でも、フォルテを学校に通わせてあげる方が良いのではないかと時々思う。

当のフォルテは、私達と一緒に居たいのだと言ってくれるが、それは、他に知り合いも頼る人もないが為に、選択の余地が無いだけではないのだろうか。


とん。と肩に手を置かれる。

窓のそばに立っていた筈のスカイが、いつの間にか背後まで来ていた。

ああ、また深刻な顔をしてしまっていたのかな……。

慌てて顔を両手で覆うと、フォルテが「どうしたの?」と声をかけてきた。

「うーん……。眠いね……」

と返すと、あくびでもしていたのかと思ったようで

「デュナ達、遅いね」

と返事をしてくれた。

「俺はそれより腹減ったよ……」

スカイが私の後ろ側、ソファーの背もたれの裏に寄りかかって呟く。

「確かに、お腹も減ったね」

部屋にかけられた時計を見上げると、時刻は既にお昼を回っている。


そういえば、私もスカイ達の家に預けられた十歳までは、両親の冒険に付いて回っていたので、学校にも通っていなかったわけで……。

両親から勉強らしいものもほとんど教わっておらず、通い始めた当初は、授業に付いていくのに相当苦労をした。

幸い、デュナという良い教師が家に居てくれた為、一年も経つ頃には周りに追いつくことができたが。

そんな私が、十二歳当時の私よりずっと勉強のできるフォルテの事を、学校に通っていないと心配するのもどうなんだろうか。

なんだかおかしな話に思えて、苦笑を漏らす。


顔を上げると、鮮やかな笑みを浮かべたスカイと目があった。

も、もしかして、一人で苦笑していたところを見られてしまっただろうか。

ぽんぽんと満足気に私の後頭部を撫でてから、スカイがテーブルを挟んだ向かいのソファーへと移動する。

恥ずかしさに顔が熱くなってきた頃、デュナとファルーギアさんが部屋へ入ってきた。


結局、ブラックブルーからは市販の解毒剤で対応できそうな成分も検出できず、私達は、はたから見てもしょんぼりしているファルーギアさんと共に、お屋敷で遅めの昼食を取る事になる。


ファルーギアさんは昼食後、本格的にブラックブルーを調べてみると言ってお屋敷の研究室に篭ってしまった。

結果的に、四人が揃って図書館に足を踏み入れたのは十四時過ぎの事だった。


「まあ、そこまで珍しいものでもないんだろ? ラズが知ってるって事だしさ」

後ろから聞こえてきたスカイの言葉に同意する。

「うん、きっと実を食べちゃったときの対処法とかが載ってる本があると思う」

図書塔はいくつかの塔が中央の大きな塔に張り付くような形で広がっている。

二階にある入り口まで、歴史を感じさせる石の階段を上ってゆく。

フォルテには、一段の幅が広くて歩きづらそうだ。

「あんたたち、館内では静かにするのよ」

先頭を歩くデュナが、入り口の大きな扉を前にして釘を刺す。

「はーい」と口々に返事をして、スカイの開いた重そうな扉の中へと進む。

珍しく、私より前をぴょこぴょこ歩くフォルテの後ろ姿を眺めながら、

まずは児童書のあたりへ連れて行ってあげようと思った。

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