大喜利ぴょん!

東美桜

大喜利専門学校面接体験記

「受験番号A253447番、私立聖天しょうてん高等学校、草通くさどおりはなと申します。本日はよろしくお願いします!」

 お腹から声を出し、面接官に向けて挨拶をする。鼠色の着物姿のダンディな面接官は、切れ長の瞳に鋭い光を宿して私を見つめている。日本で唯一の大喜利専門学校、その最終面接試験。ここまでこぎつけたのだ、絶対に合格してみせる。瞳に炎を宿したまま椅子の位置まで進むと、面接官は重々しく頷いた。

「はい、よろしくぴょん。どうぞ、座るぴょん」

「――っ!?」

 切れ長の瞳はそのままに、口元だけ急ににこやかになった面接官に、思わずひっくり返りそうになりつつも足を踏ん張って耐える。今『ぴょん』って言ったぞ、この面接官。いや、確かにこの専門学校の先生は変人しかいらっしゃらないという話だったけれど、まさかダンディなイケオジの語尾が『ぴょん』とは。

「し、失礼します」

 セオリー通り一言添えて着席すると、ダンディな面接官は机の内側に手を入れた。何かを探すように机の中をまさぐりつつ、口を開く。

「志望動機とか将来の展望とか、そういうのは今更聞かないぴょん。一次試験、二次試験の面接で死ぬほど聞かれて、もう飽きてると思うぴょん。この専門学校の最終試験は面接のみ、これは実質的な実技試験ぴょん」

 面接官は冷静に説明してくれるけれど、正直何を言っているのか頭に入ってこない。机から取り出されたのは白いウサミミカチューシャで、それはこの場にはあまりにも場違いで。それから視線を外せない私をよそに、ダンディな面接官はウサミミを装着した。その細かな動きと同時に、長いウサミミがゆらゆらと揺れる。

「草通り越して花さん」

草通くさどおりはなです! 草通り越して花って、それじゃ某ネオチャラ漫才師じゃないですか!」

「ナイスツッコミぴょん。司会者の才能もあるかもしれないぴょん。しかし、今回の試験はあくまで回答者としての面接試験ぴょん。今からお題を3問出すから、即興でそれへの回答を出すぴょん。制限時間は1分、回答権は各設問1回ずつぴょん。花咲き誇って夢さん、準備はいいぴょん?」

「は、はい……」

 この面接官、マイペースにも程がある。というか花から夢に進化している。きっと最終的には原型がなくなるやつだ。しかし一旦考えるのをやめて、どんなお題でも拾えるように身構える。


「①全能の神ゼウス、農耕の神クロノス、天空の神ウラノス……ギリシャ神話にいそうな神様を答えよ」

 いきなりそうきたか。ギリシャ神話の神といえば、「~ス」みたいな神が多かった気がする。ハデスとかディオニュソスとか。アポロンやポセイドンのような「~ン」で終わる神もいるが、今回の設問には不適だろう。例示はゼウス、クロノス、そしてウラノスなのだから。脳裏の本棚から国語辞典を引っ張り出し、適切な単語を探す。スで終わって、それなりに神っぽい名前……単語……。しばらく視線を左右させながら脳内国語辞典をめくっていたが、ふと脳内の指先に電流が走った。顔を上げ、ダンディな面接官の切れ長の瞳を見据える。


「アスキーアートの神『ハイハイワロスワロス』」

「懐かしいぴょん……昔流行ったのが懐かしいぴょん。それを女子高生に面接口調でハキハキ言われると、ニュータイプの風を感じるぴょん。新発見ぴょん……」

 淡々と語りながら、面接官は手元の神に……ではなく、紙に何かを書き込む。というか『はいはいワロスワロス』はそんなに古い時代のものだったのか。ガラオタな友人が普段から使っていたから気付かなかった。そんな思考を巡らせる私をよそに、面接官は顔を上げる。

「それでは次の問題ぴょん」

「はい」

 次はどんな問題が来るのだろうか。ゆらゆらと揺れる巨大なウサミミも最早気にならないほどに集中し、私はただ耳を澄ます。


「②ニンジャスレイヤー、ゴブリンスレイヤー、デーモンスレイヤー(鬼滅の刃)ときて、次にくる『◯◯スレイヤー』は何?」

 スレイヤーか。ニンジャを殺すニンジャスレイヤー、ゴブリンを殺すゴブリンスレイヤー、鬼を殺す鬼滅の刃。いや、全部読んだことないから間違ってるかもしれないけど。とりあえず何かを殺せばいいのか……何を殺せば面白いだろうか。脳裏から嫌われ者リストを引っ張り出し、超高速でめくっていく。リア充……は、どちらかというとボマーだし。某昆虫Gだとテラフォーマーズ臭がするし。殺して面白いもの……思考回路のサイコパス感を自覚しつつ、脳内嫌われ者リストを物色する。では、こういうのはどうだろうか。


「百合の間に挟まる男スレイヤー」

「ふぅむ、なかなかに過激派ぴょん……とはいえ界隈では正義の味方として迎えられること間違いなしぴょん。とりあえず夢その果てに釈迦さん、あなたは私の同志ぴょん。百合の間に挟まる男死すべし、慈悲はないぴょん」

「あの、私は草通くさどおりはなです」

 やっぱり原型なくなった。どこまで某ネオチャラ漫才師をリスペクトすれば気が済むのか、この面接官は。とはいえ同志ができたことは、喜ぶべき……なのだろうか。どうなのだろう。ウサミミを揺らしたダンディ面接官が同志というのも、なんか微妙な気がする。

「さて、次が最終問題ぴょん。心して臨むぴょん」

 遂に最終問題。この一問ですべてが決まってしまうのだ。私の未来、合格するか否かが。とはいえ、と私は唇を引き結ぶ。受かるも八卦受からぬも八卦。全力を出し切るしかないのだ。


「③総理、ソシャゲのガチャで爆死した今のお気持ちを一言」

 聞いた瞬間、ずっこけそうになって踏みとどまる。何故総理なのか。そもそも総理大臣がソシャゲをやる暇などあるのか。ツッコミどころこそあるが、これは大喜利の試験だ。ツッコミの試験ではない。しかし総理が言いそうなこと……『大変遺憾であります』というのが真っ先に思いついたが、それは平凡だ。そういえば疫病だなんだで、国民全員に10万円を給付するという話があった気がする。それをネタにしてみるのも悪くないかもしれない。


「ソシャゲ給付金として、全国民に10万円を支給したい所存でございます」

「ふむふむ、ゲーム会社が潤いそうな政策ぴょん。プレイヤーも推しや強カードが手に入ってウィンウィンぴょん……悪くないぴょんっ」

 ……あの、ぺこぱっぽくカッコつけて言っても、そのウサミミのせいでギャグにしか見えません。いや、ぺこぱの時点でギャグだけれども。椅子に座ったまま上体を反らすダンディな面接官withウサミミ。何この状況。というか第7世代大好きか。一周回って笑いが零れてくる。細かく肩を震わせる私を眺め、面接官はゆっくりとウサミミを取った。切れ長の瞳に優しい光を浮かべ、陽だまりのように微笑む。

「それでは、面接は以上ぴょん。結果は追って連絡するから、座して待つぴょん。ただ、この最終面接まで残るというだけで、君には才能があるぴょん。それだけは信じていいぴょん」

 陽光のような言葉が、私の胸にふわりと降ってくる。膝の上の手をそっと握り、私は真昼間の子供のように頷いた。面接官は手の中のウサミミカチューシャをそっと揺らし、机の中に戻す。……刹那、ものすごく嫌な予感が背中を駆けずり回った。


「釈迦祈り散らかして全知全能さん、面接は以上ぴょん。気をつけて帰るぴょん」

「原型ないどころの話じゃないですよ! 私は草通くさどおりはなです! 本日はありがとうございましたッ!!」

 椅子を蹴立てて立ち上がり、勢い良く頭を下げる。そのままずんずんと大股で面接室を出ながら……私は、最終試験に落ちたことを確信するのだった。

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