腕ヲ失クシタ璃々栖(リリス) ~明治悪魔祓ヒ師異譚~
明治サブ🍆第27回スニーカー大賞金賞🍆🍆
序幕「哀レナ悪魔之残リ滓」
序幕之壱「MARIA」
》明治三十六年(太陽暦一九〇三年)五月十三日
》神戸北野(六甲山の麓)・異人館街のとある屋敷 ――皆無《
震える指先が、南部式自動拳銃の引き金に触れる。
「何でこんなことを――…
目の前に佇む女性が冷たく微笑む。
「そんな物騒な物を向けないでお
†
一ヵ月半前――…
》同年四月一日
少女
マリアはベッドに潜り込み、震えている。
部屋中を満たすカサカサと何かが蠢く音と、時折聞こえる甲高い女性の悲鳴を必死にやり過ごそうとしている。
恐る恐る布団の隙間から外を覗くと、水差しや花瓶といった調度品が中空を踊り狂っていた。
この屋敷は、悪霊に憑りつかれているのだ。
始まりは、四日前。
白髪の少女人形だった。
抱き上げた人形と目が合った瞬間、突如として人形が
それからというもの、毎夜、この怪奇現象に悩まされることとなった。
異国の港で貿易業を営む時、この手の――その国が他文化圏出身の妖魔達に蹂躙されるという出来事は、枚挙に
日の沈まぬ大帝国として世界に君臨する母国から極東くんだりにまで商いの手を伸ばしている武器商人たる父、その娘であるマリアは、そういった事情を
武器商人達の目は今、この、吹けば飛ぶような小国に注がれている。
理由は、戦争だ。
対する日本は国民に重税を強いて、軍艦や砲弾を世界中から買い
新聞は
海外から大量の砲弾弾薬を持ち込む父などは、日本の官吏相手に云い値で売りつけることが出来た。
それだけに日本人商人からのやっかみは激しい。
現に昨夜など、数人の強盗が押し入って来て、マリアは拳銃で必死に応戦した。
正直、マリアは一刻も早くこの屋敷から逃げ出したかったが、父不在の今、何としてでも自分がこの家を、隠し金庫を守らなければならない。
マリアは現状に絶望していた。
そんな折、一通の手紙が届いた。
『貴女ノ居住ヲ侵略セシメシ悪霊ヲ祓フ為、明日二十一時ニ参上ス。帝国陸軍所属悪魔祓師』
西洋妖魔からの攻撃に対する防御機構である。
ゴン、ゴンゴン
来て
マリアは部屋から飛び出し、転げるようにして階段を降り、玄関から外へ出て見上げるが、誰も居なかった。
「失礼、レディ。こちらです」
下から声がした。
見るとそこには、おままごとか何かであろうか、ぶかぶかの軍服を着た子供が立っていた。
マリアは戸惑う。軍人と聞いて筋骨隆々な偉丈夫を想像していたが、実際にやって来たのは身長一四〇サンチ程度しかない少年だったのだから。
「
アノクタラカイナ――知っている。
父の店の近所に住んでいた三つ年下の子供。
東洋魔術が得意で、壁を駆けたり空を飛んだりして見せては、近所の子供達から英雄のような扱いを受けていた。
あの小さな子供が、
マリアは思わず、少年・
「そんな、マリア――…」
皆無の方もこちらを覚えて呉れていたようで、何やら泣き出しそうな顔をしている。思わぬ再会が、泣くほどに嬉しかったのだろうか。
マリアはまじまじと、十三歳の幼馴染を観察する。
まず最初に目が行くのはその美貌。
およそ日本人離れした高い鼻と二重まぶたの大きな目、彫りが深くも端正な顔立ち。まるで少女を象った西洋人形のようだ――散切り頭であることを除けば。
次に服装。
暗い色合いの肋骨服と
同じく暗い色合いの軍帽には、宵闇の中でも分かるほど鮮やかな黄絨が入っており、その中心に星章が埋め込まれている。
紫色の袴側章は、この少年が帝国陸軍第零師団――霊能力者だけを集めた退魔師集団――の所属であることを示している。
首には
「失礼致しました、レディ」
皆無が直立不動で敬礼する。
そこにあるのは軍人の顔だ。
「お手紙でお伝えした通り、この御邸宅に憑いた
流暢な英語を操るその声は、幼い。
未だ声変りを果たしていないのだ。
可愛らしいその声を必死に低くしている。
「レディ、銃を持ち込むご許可を頂いても?」
皆無が、腰の銃嚢から拳銃を取り出して見せる。
武器商人の娘・マリアはその銃を『南部式甲型』と見定める。
マリアは銃の持ち込みを快諾し、幼馴染を中へ案内すべく先導する。
「失礼します」
ぺこりとお行儀よく頭を下げ、
†
「暗いですね」
廊下を歩きながら、皆無がぽつりと呟いた。
それはそうだろう、
マリアは皆無に、足元に気をつけるよう忠告する。
「はい、ありがとうござ――っひゃぁ!?」
何かに
「【新月の夜・夜空を駆けるラクシュミーの下僕・オン・マカ・シュリエイ・ソワカ――梟ノ夜目】」
突如、後ろを歩く皆無が日本語を発した。
振り向くと、皆無の眼が薄っすらと輝いている。
「失礼、何でもありませんよ」
皆無がにこりと微笑む。
「僕は目が悪いので、東洋魔術で視力を補強したのです」
人の笑顔に接したのはいつ振りだろうか……しかし今も、廊下の至る所でカサカサという音がし、時折女性の悲鳴や高嗤いが聞こえる。
応接室に着き、マリアは皆無にソファを勧め、自分はテーブルを挟んだ対面に座る。
「……あ、ありがとうございます」
皆無が何故か顔を引きつらせ、執拗にソファの上を手で払ってから座る。
綺麗好きなのだろうか、とマリアは思う。
「それでは、ことの経緯を聞かせて頂けますか?」
†
マリアはこれまでの
自分の恐怖体験を誰かと共有したかった。
皆無は丁寧に相槌を打って
気が付けば、高笑いは聞こえず、ポルターガイスト現象も鎮まっていた。
話の後、悪霊が
「今はこの部屋に居ますね」
皆無が懐から小箱を取り出す。
小箱には『大天使弾』と記載されている。
皆無が慣れた手つきで箱を開くと、中から出てきたのは銀の弾頭を持つ実包だ。
皆無は左手で実包をぎゅっと握りしめ、
「御身の手のうちに」
右手の二本指を、まるで剣のように鋭く伸ばして額に当て、
「御国と」
二本指を臍へ、
「力と」
右肩へ、
「栄えあり」
左肩へ当てる。
ぽぅ……と、皆無の左拳が白い光を帯びる。
「永遠に、尽きることなく――AMEN」
皆無が左手を開くと、大天使弾が光り輝いている。
その輝きは美しいが、同時に何故かマリアの胸中を不安にさせる。
「聖別したこの弾丸で、
皆無が南部式特有の真ん丸な
惚れ惚れするような神業にマリアは思わず歓声を上げ、いや、そんなことよりも今は
この可愛らしい軍人はたった今、
一体何処に隠れているのかとマリアが問うと、皆無がマリアの背後を指差す。
驚きおののいて振り向くも、何も居ない。
脅かさないで欲しい、とマリアが抗議すると、
「いいえ、居ますよ」
幼馴染が、ひどく寂しげに笑った。
「――ここにね」
マリアの視界に、8ミリ口径の銃口が映った。
「――※※※※?」
『どうして?』と呟いたはずだった。
が、
†
本作を開いて下さり、誠にありがとうございます!
作者の明治サブ(SUB)です。
本作は第27回スニーカー大賞にて金賞🏅を拝領しました。
超美麗イラストや素晴らしいカバー、耽美なデザインで装いを新たにし、12月1日に全国の書店や通販サイトにて販売されますので、お手に取っていただけますよう、何卒お願い申し上げます。m(_ _)m
770円とけして安くはございませんが、序盤・中盤・終盤にかけて全面的に改稿しており、けっして損はさせません。
驚天動地の大どんでん返しによるカタルシスをお約束します!
↓超美麗イラスト付きキャラ紹介・超豪華PV(CV山下大輝・伊藤静)はこちら
https://kakuyomu.jp/users/sub_sub/news/16817330650038669598
↓直リンク
https://sneakerbunko.jp/series/lilith/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます