彼女の目と笑顔と秋空と

平賀・仲田・香菜

彼女の目と笑顔と秋空と

「いつもこんな遅くまで残っているの?」


 私は教室の隅で、秋の西日が沈み、チラつく蛍光灯に照らされながら本を読むクラスメイトに話しかけた。


「たまに」


 大多数の生徒は帰宅し、部活に熱心な数人程度しか残っていないような時間帯、私とて普段ならばとうの昔に帰宅している。赤点による追試さえなければ、と悔やんでいる。


「華の女子高生が一人で残るような時間じゃないよ?」


 鬱陶しそうに、投げやりに、面倒くさそうに目で返答する彼女。


『あなたは?』


 とでも言いたげな目。その三白眼に見られ、私は心が騒ついた。普段は前髪に隠された彼女の視線は、上目遣いに、私の眼球を通り抜けていった。


「私は親が迎えに来るから」

「そう」


 素っ気ない返事を無表情に答え、彼女は読書に戻る。

 私は肩を竦めて、彼女の二つ隣の席に腰掛けた。机に突っ伏して、彼女の様子をじっと見ていた。また、前髪に彼女の目は隠されていた。

 少し肌寒い教室、彼女のしっとりと濡れた唇から漏れる吐息はほんのりと白く染まる。窓から覗く夜の帳は生白い肌とその吐息と重なる。その白と黒のコントラストは、この世界には私と彼女の二人しか存在しないとでも妄想させる。


 ーー何をバカなことを考えているんだ。


 ふっ、と思わず自笑する。それに反応するかのように、彼女はちらりと目線をこちらに向けた。私は口をついて出た。


「目、可愛いのになあ」

「……そう」


 一瞬の静寂、その後、けたたましい着信音が教室に響く。

 私の携帯だ。どうやら迎えが来たらしい。教室の空気が、私たちの関係が変わるかもしれない、そんなタイミングであった。ちょうどよかったのか、それとも。


「それじゃ、私は帰る。あなたも送っておらえるように頼んでもいいけど」


 彼女は微笑を浮かべ、言った。


「ありがとう、でも大丈夫」

「そっか」


 私は、もしかしたら初めて目にした彼女の微笑みに、頬が熱を持ったことを感じる。そんな様を見られたくなく、足早に立ち去る。


 ***


「ただいま」

「おかえり、迎えが遅くなってごめんね。そしてもう一つごめん、ガス欠なんだ」

「え」

「ロードサービスが来るまで、まあもう少し待っておくれ」

「はーい」


 なんだ、結局まだ帰れないのか。スマホでゲームでもしているかと考えたその時、ふと窓の外に目をやった。


 彼女だ。そして、隣には親しげな女子。

 そして、おそらくでもなく、間違いなく初めて見る彼女の無邪気な笑顔だ。


 ずるずると、私は車の座席に沈む。隠れたかったのか、気が沈んだのか。私の心の騒つきは、一層大きくなりつつあった。


 ***


 心の喧騒がおさまらないまま、翌日も学校に登校した。いっそのこと休んでしまいたかったけれど、赤点を取る身ではそうもいくまい。私は教室の席に着く。


「おはよう」


 頭上より挨拶が降ってくる。見上げると、彼女だった。その前髪はピンで横に留められ、彼女の目は外に露出されいる。


「……おはよう」


 彼女は微笑し、席についた。昨日、教室で見せた笑顔をまた見せる。その顔を見たとき、私の心の騒つきはなぜかピタリと止まってしまった。


「秋の空、なのかな」


 私はため息と一緒に、小さく言葉を吐いた。

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彼女の目と笑顔と秋空と 平賀・仲田・香菜 @hiraganakata

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