第7話 2999年12月31日 緊急速報です

~2999年12月31日 緊急速報です~


 2999年12月31日。

 その頃には、地球環境が大幅に変化し、人類も目まぐるしい変化を遂げていた。

 その離れ小島は月本国本土からも相当に離れており、まるで時間の流れが違うかとも思われるほどに平和だった。いや、平和と言えば、月本国本土も、全世界も。百年以上もの間これといった大きな事件も災害も起こらず、全世界の民は皆、平和ボケしていた。

 そんな、ある離れ小島に住む、とある老夫婦の2999年を締めるやりとりを見てみよう。


「おじいさんよぉ、今日もお日様の光が射して、ポカポカと暖けぇのぉ」

「そうさのぉ。何百年も昔は、外が冷蔵庫の中みてぇな『冬』とかいう季節もあって、その時期には『寒い』とかいう、聞いたこともねぇ言葉があったんだってよ。それに『雪』とかいう氷のちっけぇのが空から降ってきたということだ。信じられんのぉ」

「そうさのぉ。今ではそんなこと、歴史の教科書の片隅にチラッと書いてあるだけさのぉ」

「それにじゃ。昔は北極や南極とかいう氷の塊みてぇな国があったということだ。もうすっかり溶けてしまったのじゃがな」

「なんと、国が溶けたのかえ!? それで、世界は沈まんかったのかぇ?」

「だーいじょうぶじゃ。何しろ、ゴミを埋め立てて世界はどんどん高く、広くなっていってるのじゃからのぉ」

「おぉ、そうだったのぉ。それにしてもゴミを埋め立てて世界を広げるとは、何とまぁ、頭のよいこっちゃ。昔の者は考えもつかんさのぉ」

「んだ。それによぉ、昔の者は、日の光を浴びて皮が病気になったこともあるんだとさ」

「何とまぁ、それじゃぁどうして栄養を取っていたのかぇ? このクロレラの栄養なしに生きれた時代があったのかえ?」

「それが、昔は牛や馬、草や根っこを食べていたんだとよ」

「はえ? 食べるとは、どうすることじゃ?」

「それがじゃ。この口の中にある歯を動けして、つばと一緒に粉々にして飲み込んじゃったんじゃとな」

「何とまぁ恐ろしい……昔は野蛮なことをしておったものじゃ。今はクロレラがお日様の光を浴びて、わしらを腹いっぱいにしてくれるもん。そんな野蛮なことをする輩はおらんさのぉ」

「それにしても、平和よのぉ。昔は、地震なんてもんが起きとったらしいが、もう何百年も起きとらんもん。これからも、そんなのは起きんさのぉ」

「ほんまかえ? それじゃあ、わしらの次の世代からも、ずっと平和さのぉ」

「んだ。この平和な世界で、そんなの起きるわけがなかろう。もう百年も生きとるワシが言うんじゃ。間違いない」

「さすが、じいさんじゃ。頼りにしとるよぉ」


 その時だった。二人がつけっぱなしにしていたテレビから保護サイレン音が流れ、テロップが映し出された。

『ピロピロリン、ピロピロリン、緊急速報です、緊急速報です。皆さん、気持ちを落ち着けて平常心で聞いて下さい』

 テレビにはニュースキャスターの神妙な面持ちが映し出された。

『先程、月本国本土でM10、史上最大の揺れを観測する地震がありました。今後の地震情報に注意して下さい』


「…………」

「…………」


 二人の間に、微妙な沈黙が流れた。


「まぁ、地震もたまには起こるにしてもじゃ。人間が起こす災害はもう何百年もないのぉ」

「そうさのぉ。昔は不純異性交流をする輩じゃとか、頭をキンキンにして周りに迷惑をかけるガキじゃとか、ピストルを持ったやくざとかいう悪い輩じゃとか、不良な輩がいたみたいじゃが、今では本土にも真面目な人間しかいやぁせんもん」

「それにじゃ。昔は物騒な団体が、何とかいう、毒ガスをまいた事件もあったみたいじゃが、そんな事件を起こす輩は、この平和な世界にはおらんからのぉ」


 その時だった。二人がつけっぱなしにしていたテレビから保護サイレン音が流れ、テロップが映し出された。

『ピロピロリン、ピロピロリン、緊急速報です、緊急速報です。皆さん、気持ちを落ち着けて平常心で聞いて下さい』

 テレビにはニュースキャスターの悲壮な面持ちが映し出された。

『先程、新興団体XYZが月本国本土上空から、感染すると致死率100%であるというボエラ熱ウイルスを散布したという情報が入りました。くれぐれも、外出はなさらぬよう、家の中での防ウイルスマスク着用をお願いします』


「…………」

「…………」

 二人の間にはまたしても、微妙な沈黙が流れた。


「まぁ、何にせよじゃ。本土で何が起こっていようとも、この離れ小島におる限り、ずっと、平和と安全が約束されとるのぉ」

「んだ。もし何か起こった時に言うて、国が一人一台、小型の何じゃっけな……そうじゃ、プロペラみたいなのを支給してきよったのじゃが、今まで生きてきて一回も使っとらんもん」

「そりゃぁそうじゃ。あんなの杞憂じゃ。じゃって、この世界はこれからもずっと、平和と安全が約束されとるのじゃから。有難いことさのぅ」

「そうさのぉ。じいさん、良いことを言いよる。本当に、有難いことじゃのう」


 その時だった。二人がつけっぱなしにしていたテレビから保護サイレン音が流れ、テロップが映し出された。

『ピロピロリン、ピロピロリン、緊急速報です、緊急速報です。皆さん、気持ちを落ち着けて平常心で聞いて下さい』

 テレビに映し出されたニュースキャスターは、何やら小型のジェット機のようなものを背中に装着していた。そして、ニュースを読み上げるその顔面は血の気が引き、蒼白であった。

『先刻の地震に触発され、世界最大の火山、ベエレストが噴火しました。地球はあと十秒でマグマに覆い尽くされます……』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ノストラダムス症候群 いっき @frozen-sea

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ