第6話 治療

『キィッ……』

 俺をこの閉鎖された病室という名の檻の中に閉じ込める、まがまがしき扉を開ける音がした。俺はがばっと飛び起きる。

「圭介さん、お加減はいかがですか?」

 白衣を着た医師が眉間の皺を寄せ、さも難しそうな顔をして入って来た。

「俺はおかしくなんかない! お前らが気違いだ!」

 俺が叫んだ途端に医師はいつも通りの悲しげな顔を作る。

「そうですか……。まだ妄想がお強いようですね」

「だから、違うと言っているだろう。俺は天才を超えた超天才なのだ。お前らのような下賤の民には、超天才の考えが理解できんのだ! 俺には分かる。2999年十二の月、振動とともに悪の組織が世界に悪魔をばら撒き、世界は火の海となり滅亡する」

「おやおや、いけませんね。まだ誇大妄想がお強いようです。少し強めのお薬を打って、ぐっすりと寝ましょうね」

「嫌だ、何をする? やめろ……俺は天才を超えた超天才なんだ~!」

 連日、医師達によるそのような治療と称した虐待・洗脳作業が続けられた。

 来る日も来る日も入れ替わり立ち替わり違う医師が来て、あらゆる洗脳が続けられた。


 そして、実に十年が経過した頃。

「圭介さん、お加減はいかがですか?」

「はい。何だか頭がぼぉっとして……何をする気も起きません」

「よかった……。調子は良いみたいですね。やっと、我々の懸命な治療が報われたというものです。何しろあなたはここに来た時、自分が天才を超えた超天才だというありもしない妄想に取りつかれて、奇天烈な予言みたいなことばかりしていたんですから」

「はぁ……考えられないことですね」

 すると医師はほっこりとした顔で微笑んだ。

「それでは予定通り、今日は知能指数の測定を行いますね」

「そんな……。僕、まだ、眠っていたいんですが……」

 連れて行かれたIQ測定会場では、まるで夢の中にでもいるよう。頭に靄がかかった気分で、IQテストのパズルなんて知ったこっちゃない。適当な答えばかり出した。


 そして、退院の日。

「息子さんのIQテストの結果をお返しします」

 医師がにこやかな顔で紙を提出すると、母親は思わず口を押えた。

「まぁ……IQ30……」

 その数字を聞いても全く何も感じずに、ただ頭には靄がかかったよう。ひたすら眠かった。

「極めて低い数字のように見えますが、何しろあれほどまでに大変な状態だったんです。このくらいの後遺症があって然るべきですよ」

「息子は……息子は、社会復帰できるのでしょうか?」

 苦労の多い母親は涙ぐむ。

「それは、これからの息子さんの頑張りと周りの人がどれほどサポートしてくれるか。それにかかっていますね。良い作業所がありますので、御紹介しますよ……」

 医師は母親にこれからの生活の注意事項を事細かに説明した。


 それからの俺は凡人に極めて劣る人間として生き、極めて哀しい生涯を閉じた。

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