第2話 2つの題材でシュールを成す
ラジオ番組を徹底的に研究せよ。――それがハルヒに課された、俺たちSOS団のやるべきこととなった。
「で、肝心の涼宮は……どこだ?」
「あ、あれれ~。涼宮さん、つい今しがたまではほのぼのとヒンズー・スクワットなどを嗜んでいらっしゃいましたのに」
妙な奥ゆかしさのある口調の朝比奈さんのおかげで、ハルヒが文芸部の部室から姿を消していたことに対する不安が少し和らいだような気がした。
閉鎖空間どうこうでもなければ、別に部室にいないくらいは心配するようなことでもなかろうしな。
「そんで、ラジオもどうすんだ。誰かんチから持ち込むとするよな。でも第一、部室にラジオを勝手に置くなんて校則とか大丈夫なんだろうか?」
「そうですね。モラル上はどうか分かりかねますが、校則において明確にラジオなど情報媒体の持参を禁ずる文面はなさそうです」
生徒手帳をすかさずチェックして校則との整合性を考察する。地味だが、そういったリアリストな手法をサクッとこなすのが古泉ならではの冴えって感じで、なんだかいつもながら無駄に頼りになる。
「テレビとか週刊誌とかは、ダメな気がしますけど……。あ、あの、もしかしてやっぱりダメなんじゃあ」
「むう、それもそうかも。朝比奈さん。朝比奈さんは朝比奈さんで、なんだか頼りになりますね!」
「朝比奈さんは、朝比奈さんで……」
「ああっ、えっと、すみません。ちょっぴりデリカシーに欠けてましたかね?」
「ちょっぴりね。でも、キョンくんだからしょうがないかも」
「あ、はい」
そんなこんなで埒が開かない俺たち。
そこでとりあえず職員室で、担任に質問してみることにした。すると、答えとしては「コンピ研がパソコン使うんだから、お前らがラジオくらい使っても死にはしないだろう」という酷く不鮮明なゴーサインだった。
死にはしない。それ以上は格別な保障なんてないってことである。
で、まあ結果的には翌日、朝比奈さん宅からラジオを持ってくるという話で落ち着いた。公正にジャンケンで決めようとしたんだけど、朝比奈さんがにへらにへらと笑みを浮かべつつサムズアップをしたので、後は成すがままってわけだ。
「昨日はどうしてたんだ、涼宮?」
「べっ、別に。生徒会室で必要な手続きをしたり、あとはイナゴを仕入れたり色々とあっただけよ」
「イナゴって、イナゴだよな。いわゆる節足の昆虫で、田舎じゃ食用ってもっぱらの噂になってる、あのイナゴなんだよな?」
翌日のSOS団で、活動開始早々に俺はハルヒとこんな会話を交わしていた。
ハルヒの口から出てきたイナゴ、という単語に俺だけが高ぶりながら質問を浴びせてしまった。
ふう。たかがイナゴくらいで危うくハルヒの両肩をガッツリと掴んでしまうところだったぜ。昨日の朝比奈さんへの話し方といい、ちょっとばかり気が大きくなって無礼になりがちだから精進しないととは心から思う。
「ふもっふ。全くあなたという人は、イナゴの価値を半分ほどしかご存知ないようですねえ。ふふ、よろしければこの古泉一樹、小一時間ほどイナゴなど食用虫に関する特別講義を開催して差し上げましょうか?」
「嫌だよ。なんでラジオを頑張ろうってのに、イナゴを頑張らないといけない空気に持っていこうとしてんだ。俺もだけど少し落ち着こうぜ?」
「うふふ。キョンくんも古泉くんも、男の子だから昆虫の話にすっかりワクワクしてますね。見ているこちらもワクワクしてきます~」
こんな調子で、俺と古泉の会話に朝比奈さんが割り込んだ形だ。スゴいよな。まるで小学校で先生が言いそうなことを当たり前かのように言える朝比奈さんって何者なんだろうな?
いやまあ、未来人ってことは非日常の折々に散々なほど味わわせてもらったけどさ。
未来人。うーむ、俺の感覚からしたらそんな存在が学校の先生みたいなことをさらりと言ってのけるのは、なんとなくカッコいいような気がしてしまうぞ。
「ほら、これが虫かご。イナゴを見たいなら、いつでも遠慮なく眺めていいからね」
「エサとかどうすんだ」
「えっ?」
「えっ?」
俺とハルヒがすっとんきょうな顔同士で向き合っていると、今度は古泉が口を挟んできた。
「ふふふ、涼宮さん。あなたという人は、思い立ったが吉日は大の得意だが後の祭りも時に伴う。その軽率さは未だに少しばかり、問題かもしれませんよ」
「道理かもな。ただ、俺たちは今まで何度となくお互いに軽率だったろ? となると、後はどうやってそれを補っていくかってことだ」
俺が更に、そうやってすかさずフォローしてみる。ちなみに長門は学校を休んでて、当然、部室にも来ない。
イナゴのエサはお年玉など貯金でメンバーがお互いに出し合うことも検討したが、「一応は確保してある団の予算でまかなってみる」とはハルヒの言葉だ。
「しかし涼宮。エサはなんとかなるとしても、イナゴがラジオにどう関係してくるんだ。それとも、それぞれに独立した無関係の活動なのか?」
「キョン。イナゴは三文字でしょ。そしてラジオも三文字。これって、――偶然じゃないかもしれないって思わない?」
「思わないけど」
「思いなさいよ!」
「いや、語気を荒くしても思わねえよ?」
イナゴが三文字なのは間違いないけど、どうやらたったそれだけの理由なのもまた間違いないらしい。
よって古泉や朝比奈さんが頭を捻り、エサ用予算確保のために「昆虫にも命があり、大切な守るべき生き物だということを伝えたい」という真っ当な動機を後付けで考えることで結果オーライになった。
「でも、イナゴだけじゃインパクトに欠けやしないか。無論、放送に乗せるだけなら何ら問題ないだろうけどさ」
「キョンくんに賛成。もう1つくらいは、はっとするトピックがあれば楽しい番組になるのではないでしょうか?」
俺の提案に朝比奈さんが乗った。
そして、更に次のようにハルヒ、古泉から次々に意見が出てきた。
「まあ、ね。何か他にパンチが効いた話をぶちこんでいかないと、北高とアタシに箔が付かないって思うわ」
「んふ。それなりに重要な議論というわけですか。であるならば、やはりそれなりに慎重な議論が肝心になってきそうですね……!」
思ったより白熱してきた様相だ。
なんというか、長門が復帰したらさぞビックリするだろうと思うほどに本腰が入ってきたSOS団は、長門不在のまま活動を本格的に始めていくことになった。
まずはイナゴの他にラジオ番組で取り扱うテーマだ。そして、それぞれのテーマについて何を伝えていくか、が焦点になりそうである。
「それと、……じゃじゃーん。なんと、新入部員を募集しているわよ」
「おお。言われてみれば、もうそんな季節ですねえ」
ハルヒの発表に、古泉がしみじみと感慨に浸ったようだ。一方、朝比奈さんは無言で熱々のお茶を汲んでいる。
俺はというと、なんとなく机の定位置に座ってアクビしていた。新入部員は気になるけど、授業もまた普通に始まっていくわけだしナーバスになりすぎても良くない。
それでもそれなりにはハルヒの発言に耳を傾けていたんだが、その話によれば新入部員には試験を施すらしい。
試験を通ったなら、ソイツらは晴れてSOS団の一員となる。なんだかんだでSOS団というネーミングな時点で言わずもがなだが、そもそもそんな物好きがいればマシだな、といった空気が部室に満ちていたように俺には思えた。
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