だから……
「な、なんとかなるのかよ!?」
弱気な声を発したのは、岳。それは、彼のみならず全員が思っていることだった。現実世界で人が創造主である神に逆らうことなどできはしない。もちろん、どこにいるかもわからぬ神にそんなことできるはずもないが、仮にいたとしても平伏して拝み奉るくらいが関の山だろう。IWOの世界において、運営そのものである神町陽一はそれに等しい存在であることは確かである。そして、どれだけ強かろうと、所詮プレーヤーである僕らは人。それは、ほとんど無謀なことのようにも思える。
「でも……大丈夫だ! 岳、オルテガさん、マッシュさん。クラウン・レ・フーに!」
半ば言い聞かせるかのように、僕はパーティーに叫んだ。神町陽一は、運営でもあるがプレーヤーでもある、いわば半神状態であると仮定する。実態がない者には攻撃できないが、そうでなければこのIWO内の存在法則に沿っている可能性は十分に考えられる。
聖さんを見ると、すでにアイコンタクトで了解の意を送ってくれた。僕らの目的は一つ。それは、クラウン・レ・フーの打倒ではなく、神町木乃香の暴走を止めること。すなわち、ユグドラシルの破壊である。そうなってくると、連携の効く2パーティーで分担するのが最も効果的だ。
「うおおおおおおおおおおっ!」
瞬間移動させた岳がグンニグルをクラウン・レ・フーの顔めがけて振りかざすが、指一本。たったそれだけを動かしただけで、それはいとも簡単に防がれる。絶対防御。やはり、神町木乃香の能力をベースにしたアビリティは取得している。
そのまま、オルテガさんが連続で拳を喰らわせるが、それにはビクともしない。タツの狙撃にも、マッシュさんの大斧にも、微動だにしない。
「強化したアビリティでまるで効き目がないなんて……かい?」
「くっ……」
歪んだ笑みを浮かべる道化にこちらの意図を読み取られた。すでに、四人とも
が、これはチャンスだ。
「もう一方のパーティーがユグドラシルを破壊するから……かい?」
「……っ」
完全に読まれている。それにも関わらず、この余裕……いや、これは油断だ。あっちは自警団の最強パーティー。圧倒的な強者につけこむのなら、今この時しかない。
「なめるなあああああああああああっ!」
そんな僕の思考を代弁したかのように、竜騎士のドラグさんがアビリティ『ドラゴン・ランス』を放つ。スカイドラゴンの全力スピードを相乗させて見舞う至極の一撃が無防備に立ち尽くしているユグドラシルに打ち込まれる。
が、その巨大な樹には傷一つない。
「……クククク、それが全力かい?」
「バカ……な……」
「聖さん! 次は全員で!」
当てが外れた。アレが巨大な機械だとすれば、多少のダメージで変調をきたすと思っていた。クラウン・レ・フーの攻撃を他の4人で防ぐ作戦だったが、もっと強力な攻撃でないとユグドラシルの破壊はできない。
「サービスタイムは終了だよ? 今度はこちらの番だな」
道化はそう笑い、もう一本の指を岳の心臓に向かって放つ。
「……小うるさいね」
ギリギリのところでエスパー職アビリティ『空間移動』で回収した。そして、すぐさま千紗の回復魔法でAP補充をかける。
「す、すまん……助かった」
「しっかり……あきらめちゃダメ」
半ば自分に言い聞かせるように、彼女は震えた声で岳を抱きしめる。
「さすがに
クラウン・レ・フーは、余裕の笑顔で拍手を送る。
「しかし、知ってるかな? 六芒星を描くことで木乃はエクストラアビリティを取得した。これにはまだ、続きがあるってこと」
「なにを……言っている?」
ドクンと僕の心臓が脈打つ。それは、最悪の予感だった。
「まあ、見せてあげるよ。複合アビリティ――不知火」
道化がそうつぶやくと、空から無数の炎の玉が落ちてきた。それは、まるで流星かのように。
「みんな! 避けろー!」
超広範囲全体魔法。もちろん、自分も回避しなきゃいけないので、指揮者のアビリティで操作することもできない。そして、この攻撃を逃げ損なったガンナーのリョウさんが一瞬にして消滅した。推定レベルは600。恐るべき威力ではあるが、これは神主職と精霊職の複合アビリティで、想定内ではある。やはり、この世界の運営サイドとは言えど、アルゴリズムをぶち壊すほどのチートはできないと思っていい。
「怯む必要はない! 突破口は必ずある!」
剣豪の聖さんも同様に叫ぶ。
「ククク……勘違いしてもらっちゃ困るな。私が君たちに教えたかったのは、そんなことじゃないんだ」
「……どういうことだ!?」
「神主職と精霊職でなにか思い浮かばないかね?」
「……」
確かに、ゼルダンアークとしては、取得しそうにないアビリティとは言えるかもしれない。どちらも、神の力に属するもので悪とは対極にあるように思える。僕は目をつぶって、一度派生図上に、2つの職業を並べ直して見た。
「……五芒星か」
「ご名答。六芒星の後に五芒星を描くことによって、神が悪に染まったことを表してるんだよ。そして、それはもちろん第2のエクストラアビリティの発現でもある……その名は『ゴッド・イーター』」
クラウン・レ・フーは静かに目を瞑って瞑想を行った。すると、急激にその身体が姿を変えた。肥大化し、翼が生え、角が生え、爪が伸びる。その白塗りの表情は禍々しさを一層濃く映え、悪魔のような風貌に変化した。
「……くっ」
「ラスボスだって、2段階変化するだろう――さあ、ここからが絶望の始まりだよ」
そうつぶやいた次の瞬間、クラウン・レ・フーの姿が消え、竜騎士のドラグさんの前に現れた。そして、彼の身体にはすでに深々と爪が突き刺さっており。叫び声を発するまでもなく、その身体が消滅した。
「馬鹿……な……」
誰かがつぶやいた。誰かはわからないが、みんな同じ気持ちだった。こんなになすすべもないのか。これほどの差があるのか。等しく与えられる絶望感に、思わず膝を折るプレーヤーもいた。
「そう簡単にあきらめられちゃ困るな。まあ、無理もないがね」
放心状態の剣豪の聖さんの元をゆっくりと歩いて、処刑をしに行くクラウン・レ・フーを、もはや誰も止めに行く者はいない。
「……」
「まあ、君たちはよくやったよ。もう……眠りたまえ」
そう優しくつぶやき、爪を振り下ろす悪魔に、僕の盾が挟まれる。間一髪。暗殺者職のアビリティ高速移動とアーマーナイトのアビリティ超防御でギリギリそれを防いだ。
「ぐぎ……ぐぎぎぎぎぎぎ」
「ふっ、冬馬君。君はまだあきらめていないのかね?」
ガッ! 見舞われた蹴りで、数十メートルを吹き飛ばされる。
「……ぜぇ……ぜぇ……ゲホッ」
肋骨が折れた……それが内臓部に突き刺さって口から血が止まらない。それを治癒師職のアビリティですぐに回復する。
「冬馬……もう、無理だよ」
「無理……じゃないよ。千紗……まだ、僕たちは……生きている」
「……」
「さっきの攻撃も防ぐことができた。今の攻撃も、千紗のおかげで回復できた……強いけど……勝てない敵じゃない」
「ククク……これだけの実力差を見せても、正気で言ってるのかね?」
「みんな……立て! ユグドラシルを破壊する!」
「……ハハハハハ……やはり、君は面白いな! 私の嫌いなヒーローだよ。木乃が憎んだヒーローそのものだよ。ありもしない偽善を語って、自己陶酔に浸って、人々に偽りの希望を見せる。目障りだよ……君はまったくもって目障りだよ! 消えろおおおおおおおおおおおっ!」
狂ったように叫んだクラウン・レ・フーは、両手を大きく掲げた。上空から降り注ぐのは、悪魔の雷×不知火。五月雨式に炎と雷が一帯を消滅し尽くすような威力だった。
「フフフフ……フハハハハ… …すべて消えてなくなった。ざまあみろ! そんなに上手くいくわけないだろう! ヒーローごっこじゃないんだよ! 思い知っ――」
煙が晴れて僕らの姿を確認した時、道化の言葉が止まった。
エスパー職アビリティの空間移動で全員を集め、アーマーナイトのアビリティ『超防御』を全員でかけた。治癒師の回復魔法でHPの減少を食い止め、なんとか耐えた。その中で暗殺者のダークさんは消滅したが、他のパーティーは満身創痍ながらも生き残っていた。
「なんでだ……なんで消滅しない! なんで、あきらめない? なんで、絶望しない!? なんで……なんでだあああああああっ」
狂ったような叫び声が木霊する。
「はぁ……はぁ……僕らは絶対に負けない! だって……間違ってます……陽一さん……あなた間違ってますよ! あなたのそれは……悪じゃない」
「……黙れ」
薄れゆく意識の中で、なんとなくだけど……木乃の姿が見えた。そんな彼女は笑っていた。いつでも、全力で、目一杯……
笑ってたんだ。
「ゼルダンアークは――神町木乃香は、自分でも抑えようない感情と戦っていた。だから、僕らの抵抗に真正面から対峙した。全身全霊でぶつかって、生きようとしたんだ!」
「……黙れ」
「あなたのは違う! あなたは木乃の死を受け入れられないだけだ! 単に逃げただけだ! 現実から逃げて、木乃から逃げて、正義を憎んだ! 木乃は、僕らと戦うことを望んだ。その向こうの破壊を望んだんじゃない。結果を望んだんじゃない。自分の信念を……悪を……貫き通すことを望んだんだ。あなたとは違う!」
あなたの中に木乃がいるように、僕の中にも木乃がいる。もう、彼女の声は聞けない。だから、僕は僕の中にいる彼女のことを信じる。
「黙れ! お前になにが……他人のお前になにがわかる! 木乃は小さな頃から運命と戦っていた。何年も何年も……絶望もせずに……なのに、現実世界の神が下したのは死だ……娘を不要だと判断したんだ。だから……私が思い知らせてやるのさ! 一人の命すら助けられない無能な奴らに……その罪を……クク………クククククククハハハハッ!」
「……」
叫んで笑う彼の姿は、悲しかった。道化の化粧がなかったら、泣いているような表情に見えるだろう。もしかしたら、悪役は泣くときには笑っているのかもしれないとフト思った。
「……がう」
「なんだと?」
「違う! 木乃は最期まで運命と戦っていた! 弱い自分と戦っていた! どうしようもなく絶望に苛まれても、あの小さな身体で、自分に負けまいと戦っていた! その中で……木乃は……自分が負けることを選んだんだ! そして……自らが否定されることを望んだ」
あの時、確かに木乃は僕に勝っていた。最後の一撃は僕に剣を貫くはずだった。でも、彼女はそれをせずに――僕にあなたを託したんだ。
「……嘘だ」
「嘘じゃない! だからこそ、あなたは木乃を蘇らせられなかった! なぜ、今木乃は目を覚まさない? 死ぬ前に意識を取り出すはずだったんだろう? でも、できなかった! 天才神町陽一がそんなミスを犯すはずがない! 嘘をついてるのはあなただろう! あなたは……木乃を愛してたから……本物の木乃の意志はここにはない! ここには、あなたの絶望と木乃の思考しかない。そこに木乃の意志はない!」
「……違う! 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うーーーーーーーーっ! 木乃は生きている! 今は眠っているだけだ!」
頭を抱えながら、叫び尽くす陽一さんは悲しかった。
「だから、そこをどけ! 僕が木乃を――ゼルダンアークを倒す! 完璧なモノは美しくない……それが、あなたの信念だった。正真正銘の天才であるあなたが……悲しいまでの天才であるあんたが自分の信念に逆らえるはずがない」
神への否定。それは、完全性への否定だ。彼女のことを……木乃に死の運命を押しつけた神と同じであることは彼の美学が許さない。絶対に、それだけは許せないはずだ。
神町陽一は完璧なものは作らない。
「無駄だ、無駄なんだよ! 私がこの世界を創ったんだ! その私になんで単なるプレイヤーのお前が勝てるんだ! 笑わせるな! そんな風に都合のいいこじつけでなんとかなるわけないだろう! いいか! 世界はお前が思った通りにはできていない! そんなのはお前の妄想なんだよ! ここは……私と、私と木乃だけの世界なんだから!」
そうかもしれない……でも、そう思いたいんだ。僕らが愛したIWOの世界を創った人を。僕が初めて……好きになった人を。
それならば、答えは一つ。本物の悪である神町陽一が誰よりも愛した、彼女の――神町木乃香の想いをすべてぶつける。
「アビリティレベルアップ!」
ヒーロー職。世界最強の悪である木乃を倒した経験値ポイントをすべて注ぎ込む。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
レベル……100……200……300……400……500、600、700、800、900……レベル999突破。
『エクストラアビリティ付与……正義の光』
その時、身体に光が灯った。僕の中に、エネルギーが入ってくる……とてつもない力が……これなら……
「な、なんだそれは……ふざけるな! 私はそんなアビリティは創ってない! 絶対に……絶対にありえな……小笠原……」
どうなったっていい。IWOの世界で消滅しても、一生動けなくなってもいい。たとえ、現実世界で僕の身体がなくなっても……すべてを……僕のすべてを……木乃にぶつける。
「ふざけるなあああああああああっ! やらせは――「大将、俺たちもいるんだぜ……」
マッシュさん、オルテガさん、千紗……岳。
……ありがとう。
「くっ……ゴミどもがぁ! 邪魔だーーーーーーーーーー!」
「木乃ーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
違う……
違うだろう……君は間違ってる。
可愛がってるハムスターが弱るくらいで泣いちゃう君が。少し人に悪口を言っただけで、オタオタしちゃうような君が。傷ついた僕の顔を見ながら、僕以上に傷ついた顔をする君が……なんで、こんなことをするんだ。
自分で自分を傷つけることこそが本物の悪だとすれば。
紛れもなく、君は悪だ。
だから。
僕が君を助け出す。
何十年……何百年……何千年かかったっていい。
途方もない君の悪ごと。
僕が君を抱きしめる。
だから……
「戻ってこい……木乃……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます