最終決戦(2)


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 駆け抜けた。数万ものモンスターと怪人の大群を、一心不乱に駆け抜けてきた。そして、見覚えのある光景が、僕らの視界に入ってきた。

 約束の彼の地。地平線が見えるほどの草原。散りばめられた石碑。しかし、その中で明らかに異なる景色が一つ。巨大すぎる樹木が天を貫くほどの高さでそびえ立つ。その幹の太さは、今まで見たらどんな建物より広い。


「ユグドラシル」


 かつて小笠原達也が記したそれが、堂々とそびえ立っていた。北欧神話中に出てくる伝説の樹木。通称『世界樹』。宇宙を貫いて立ち、地面そのものを支える幹と伝えられている。まるで、古代の神々から、抱(いだ)かれているかのように。存在のすべてを覆い隠しているかのように。黒々と鬱蒼に茂く樹々が、幹の間から次々と生え渡っていた。僕らが近づくと、やがて樹の幹に巨大な穴が見える。一つだけある異質な空間。まるで、そこだけメルヘンチックな部屋かのような。そこにフワフワと浮遊している……木乃がいた。莫大な液体に満たされたその部屋の周囲に数段複雑そうな管と大量の機器が内蔵されている。


「あれ、樹じゃない……」


 千紗の声が、木乃に目を奪われていた僕の意識を呼び覚ます。彼女の周囲を見ると、確かにそれは、木と言うには、黒々とし過ぎていた……いや、黒だけじゃない緑、赤、青、黄色。それは、様々な無機質な色の管が張り巡らされている。全体として、それは緑色に映って、樹木のように映えさせているに過ぎない。僕らはそれに見覚えがあった。現代世界で生きる僕らがかならず一度は目にしているもの。それは、コード……膨大なコードだった。


「これ、全部が……機械だって言うのかよ」


 岳が思わず感嘆を漏らす。


「ご名答」


 軽々しい不気味な声で答えたのは、ユグドラシルの前に立っている道化の格好をした男。優しい笑顔は禍々しく歪み、滑稽さの演出は悲しく不気味に映る。


「……っ、陽一さんっ」

「はて? それは、誰だね。私の名はクラウン・レ・フー。ゼルダンアークの唯一にして無二の大幹部さ」


 白塗りの道化は、手を挙げて怪人たちの拍手喝采に応える。


「なぜ、こんなことをする!」


 剣豪の聖さんが叫ぶが、それを無視して、道化は嬉々として話し始める。


「来ると思っていたよ。君なら……君たちならきっと。そのために、IWOにダイブできるように残しておいたんだから」

「……」

「不思議には思わないかい? なぜ、世界が混沌としているのにも関わらずIWOの運営は叶っているのか? 君たちがここに立っていられるのか?」

「……それは」


 確かにおかしい。各国の政府も馬鹿ではない。史上類を見ない歴史的事件が起きているのだ。神町陽一が主犯だとわかった時点で、各国の軍がIWOの施設をすべて取り壊しているはずだろう。僕らがこの世界にいられるのは、現実での膨大なテクノロジーによって成り立っている。もはや、この世界自体が消えてしまっても不思議ではないのに。


「ククク……答えは簡単だよ。私はIWO内で創り出しだ怪人たちを君たちの世界に転送して操作させている。もちろん、人間を代替する存在としてね。彼らは24時間不眠不休で働き続けることができる。富士の樹海でも、砂漠のど真ん中でも、人類が辿り着けない深海の奥でも、延々と設備を稼働させることができるんだ。まあ、作業環境は最悪で賃金も出ないから……僕らはその怪人をブラックと呼んでるがね…………ククッ……ククク……ハハハハッ、ハハハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハッ」


 道化は高らかに笑う。もはや、狂ってるとしか思えない言動に、皆言葉を失う。

 しかし、善悪を通り越して見れば、その発想は天才的であることは認めざるを得ない。以前、小笠原達也が記したように、神町陽一のイマジネーションは地球上では留まらなかった。IWOで想像上の物質を創るこすら、彼にとっては通過点だった。

 本当に彼がやりたいことは、想像上の物質を使って、地球上にそれを具現化させる。そして、地球上で新たな超物質を創りだすことにあった。不老長寿の薬。スーパーマンのような怪力……そして、


 それは、人類にとって新たなる恵みをもたらすはずだった。ただそれは、神町木乃香のいる世界においてのみということだろう。彼女がいなくなった世界で、それをする必要性も失われた。そして、彼の天秤は彼女を奪った世界を壊す方へと動いた。


「……今すぐ、止めてください」

「1日目。東京。ニューヨーク。北京。香港。ロサンゼルス。首都圏に黒い怪人が出現。世界的な混乱に見舞われる」

「……っ」


 彼が読んでいたのは、ノートの切れ端だった。見覚えのあるミッフィーちゃんのそれは、彼女の……木乃のそれだった。


「2日目。大都市には強大なモンスターたちを。小さな各地方へは、怪人を送りだす。惨劇は止まらない。3日目。人類は滅亡する……私と一緒に……死ぬ」


 陽一さんは、ノートの1ページをかかげて、僕らに見せる。それは、神町木乃香の筆跡だった。紛れもなく、彼女の本意だった。木乃の悲しみは、あの小さな身体では抑えられなかった。途方もない悪意を外に放出することでしか、昇華することができなかった。そんな、憎しみと狂気と怒りがあのノートには込められている。


「これはさ、現実世界に娘の思考を送り出すための装置さ。彼女は望みどおり、ゼルダンアークとなって。本物の悪となって人々を蹂躙し続ける」


 巨大な幹に頬ずりする道化に、僕らは戦闘態勢をとる。


「……止めてみせます」

「ああ、いいだろう。派手にやろう」


 クラウン・レ・フーは、禍々しい表情で嗤った。

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