最終決戦


到着した場所は指定場所とは違った。広大な中世の街並み。石畳の道に、黄土色の屋根が所狭しと並ぶ家々。古い教会は、美しい音色を高らかに鳴り響かせている。以前にも来たことがある場所で、そこはなんの変わりもなかった。唯一違うのは、街が閑散としている。歩いているのは、少数のプレーヤーとCPUのみ。現実世界があんなことになったのに、ここに身を置いているのは、外の世界の惨状を知らないのか、それともあんなことになっているからこそ、最後はここに身を置こうとしているのか、どちらにしろ、根っからのヘビーユーザーなんだろう。


「……」


 ここは、ゼルダンアークと初めて出会った場所だった。そして、今、それを名乗っている陽一さんは、きっとあの場所にいる。ここから十キロ先にあるあの場所に。

 街の外を出ると、すでに前方で怪人たちの行進が始まっていた。数千体単位で規則正しくこちらへ向かってきている。あまりにも多いその黒い集合体はどこまでも不気味だった。こんな人数の怪人は、それこそ一人でなんて対処できるわけもない。


「行くぞ!」


 そんな中、こことは異なる位置で号令は放たれた。目の前には、それらの大軍と戦っているパーティーがすでに存在した。たった5人。数千の怪人に対してあまりにも少ないそのメンバーたちは、次々と怪人たちを蹂躙していく。あまりにも強大なその力は、あまりにも当然の出来事だった。彼らはIWOの中において最も有名なプレイヤーたちだったのだから。剣豪の聖さん、アーマーナイトのジュウザさん、暗殺者のダークさん、竜騎兵のドラグさん、ガンナーのリョウさん。自警団のナンバー1〜5までの世界最強パーティーだ。彼らも僕や岳と同じだ。このIWOでしか生きられない人種。ここでしか、生きる理由が見つけられないプレイヤーたちなのかもしれない。


「僕も戦います!」


 リーダーの聖さんに声をかけると、ニコリと笑みを浮かべる。


「頼む、ゼルダンアークは全世界の脅威だ」

「はい! それで、僕とパーティーを組んで欲しいんです」

「なに……パーティ? なんで……いかん、戦線を維持しろ! 右翼、守りが薄いぞ!」


 ゆっくり会話ができる状況じゃないらしく、聖さんはすぐに右へと走って行った。パーティー連携をしなくては、エクストラアビリティの指揮者(コンダクター)が発動することはない。そうしなければ、僕の力など、怪人たちにとっては弱小プレーヤーのなにものでもない。しかし、彼らにとって僕は初対面でなんの信頼関係もない。そんな奴がいくら説明したところで、取り合ってはもらえないだろう。こんな時、みんなが……僕のパーティーがいればと心底思った。でも、もちろんそんなことは望めない。現実世界があんなことになった今、IWOをやるなんて言うのは、プロである自警団。そしてそんな中でも狂人クラスの彼らだけなのだろう。他のみんなには、家族がいる。恋人がいる。友達がいる。


 残り9キロ。自警団のプレイヤーたちはすべて、尋常じゃない強さを発揮している。僕も微力ではあるが、全力で戦っている。しかし、無限かと思われるほど闇から湧き出てきて、怪人たちを倒すのに精一杯な状況だ。一体の戦闘力はそこまで強くはないが、量がとんでもない。これは、ひとりのプレーヤーが生産できる量を超えている。マップを確認すると、すでに敵で埋め尽くされている。これは紛れもなくゼルダンアークのアビリティだ。


「くっ……そぉ!」


 辿り着けない。これだけのプレイヤーたちがいながらも、奥に待っているだろうゼルダンアークまで届かない。

 こうしている間にも、人類は危険にさらされている。 

 世界中の人間が。日本中の人々が。近所に住む人たちが。アメリカの大統領が。スキャンダルに追われている政治家が。人気絶頂の芸能人が。住む家もない浮浪者が。刑務者に入った犯罪者が。なんの罪のない子どもが。クラスメートが。家族が。


 早く……早くしないと……


「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 僕は……無力だ。


 その時、一陣の風が吹いた。


「鮮血の烈風陣(ブラツド・ウインド)」


 大きな竜巻とともに、怪人たちが次々と吹き飛ばされていく。この高レベルの広範囲風魔法を、タイミングよく放てるのはあいつしかいない。


「おい、冬馬!」

「岳……お前」

「ゼルダンアークは……神町木乃香だったんだな?」

「……うん」

「なら、やることは簡単だ。止めよう」

「……ごめん」


 どうしても言えなかった。約束した。でも、それ以上に、木乃が死ぬってことを知られたくなかったし、知りたくもなかった。そんな僕のわがままを黙って受け止めてくれた友人に……おそらく最期の親友であろう男に、熱い想いがこみ上げる。


「バカ野郎。雑魚は一気に片付けるぞ。さっさとお前は、指揮者(コンダクター)を発動しろよ」

「うん」


 騎士である岳は、次々と湧いて出てくる怪人たちを蹂躙していく。目指す目標はその先にある。なにも言わないでも、連携攻撃がつながる。それだけ長い時間を過ごした。雨の日、風の日はもちろん、運動日和の快晴だって、カンカン照りのプール日和だって、桜舞い散る花見時だって、イルミネーションが灯る雪の日だって、いつもと変わらぬ時間を一緒にこのIWOで過ごした。僕らがひたすらに鍛えたその日々は、決して間違いなんかじゃなかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……嘘だろ」


 残り8キロ。怪人たちに終わりが見え始めた時、第2陣に震え上がった。数百体のモンスターたちが眼前に見える。すべてレベル200前後。


「大将、俺たちも混ぜてくれや!」


 その時、後ろから声が聞こえた。そこには、細マッチョの身体と見慣れた巨体。近代格闘家職と戦士職のデコボココンビがそこにいた。


「オルテガさん、マッシュさん……大丈夫なんですか?」


 彼らがどんな状況だか知る由もないが、今が大変だってことだけはわかる。


「へへ……タツも後方にいるから、パーティー連携してくれや。ここで、立たなきゃヒーローじゃねぇ」

「……ありがとうございます。じゃあ、行きま――「私だけ置いていく気?」


 更に後ろで声が響く。そこに立っていたのは、紛れもなくパーティーの治癒師だった。


「千紗……」

「……この脳筋パーティーで誰が回復役をできるって言うのよ! それに、木乃が先で待ってるんでしょ! だったら、私は行かなきゃいけない」

「……わかった。行こう」


 そう答えて、彼らにも指揮者(コンダクター)を発動した。それからの猛攻は、自警団のそれを遥かに凌駕した。そして、その強さを目の当たりにした彼らは、やっと僕の説明にも耳を傾けてくれて、パーティー連携をしてくれた。僕らと自警団の混合パーティー。指揮者(コンダクター)の強さを引き出す上で、これほどの強パーティーは世界でも存在しないと言っていいだろう。その力は更に強大で、次々とモンスターたちを葬っていく。2キロ進むのに6時間ほどかかっていたそれは、どんどん速度を増して行く。残り……6キロ……4キロ……1キロ……


 怪人、モンスターの発生点に近づくたびに、目的地の予測が確信に変わった。実際に発生している怪人やモンスターたちは木乃のアビリティだ。恐らくではあるが、彼女の思考が介在していると思っていて間違いない。ということは、彼女の想いが行き着く場所が終着の場所。


 間違いなく、僕らが彼女と戦った最終決戦の場所だ。


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