決着
六芒星の柱が約束の彼の地全体を覆い、薄暗い霧のようなものが充満する。こんな能力は魔王職では愚か、どんなアビリティやアイテムでも見たことがなかった。しかし、実感としてはあまり変化がない。どんな効果が起きているのか、自身ではあまり感じられないように思える。そして、他のパーティメンバーもなにも変わりなく戦い続けている。
「早くしないと死んじゃうわよ」
笑顔でそう答えるゼルダンアークに、背筋に悪寒が走り、すぐにステータスを確認した。
「HPが……徐々に減ってる。千紗、僕に初級の治癒魔法、それから解毒・解呪魔法をかけて」
「わ、わかった」
彼女は、すぐに僕の身体に魔法をかける。HP回復はするが、減少は収まらない。次に、アイテムを取り出して使ってみるが、効果はない。
「HP減少とアイテム無効化か」
「ご名答。さすが、分析は早いわね。これで、あなたたちがお得意の長期戦でジワジワ戦うことはできなくなったってわけね」
「……」
脳内で組み立ててきた戦術が、ガラガラと崩れ落ちていくように感じた。超広範囲の闇魔法陣というべきだろうか。アイテムが使えないということは、残る回復手段は千紗の魔法だけ。それもAPが限られているので、残りの戦術の幅は少ない。当然、徐々にHPが減らされて行くので、求められるのは早期決着である。
まんまとハメられた。彼女はこの戦いまでにエクストラアビリティを見抜かれることまで想定していたのだ。それで、敢えてこちらに対策をさせ、まったく考慮の余地のないアビリティで戦術を破壊する。これまでと真逆の戦い方しかできない僕らは、もはや追い詰められた子鹿状態だ。
「どうすんだよ!」
前衛で戦っている岳が叫ぶが、なにも答えられない。
「……」
自分のステータスを一通り確認して、目を瞑る。ここからは、事前に練った作戦などない。突発的なひらめき勝負だ。自分がこれまで取得してきた無数のアビリティから突破口を考える。
「フフフ……座り込んじゃって。もう、あきらめちゃったのかしら」
「……」
考えろ。どんな些細なことでもいい。必ず、突破口はあるはずだ。IWOの開発者、神町陽一は完璧なものは作らない。それが、エキストラアビリティであろうと、必ず攻略法を用意しているはずだ。僕のレベルは49。このレベルでも、彼女を倒せる方法が必ずある。考えろ……神町陽一ならどう考えるか……考えろ……考えろ……
『このまま君が戦い続ければいつか道は開ける』
かつて、彼はこう言った。あれは、なんだ? エクストラアビリティの取得における対抗策への道筋……まさか――
「……なーんだ、つまんない。本当にあきらめちゃったのね。じゃあ、ちょっと味気ないけど、これで終わりにしようかしら」
目を見開くと、彼女が掌に黒い光球を発生させた。魔王職と悪の総帥職を掛け合わせた複合アビリティ闇を纏う深淵(エレ・ダ・イータ)。一目でわかるほど禍々しいその闇は、振り下ろされれば前衛が全員死ぬほどの威力なのだろう。
「くっ……ステータス、レベルアップ――」
「こ、こんな時にあんたなにやってんのよ」
「いいんだ……これでいいんだ」
時間がない……脳内で自己のアビリティを表示させ、溜まっているポイントを残りの3アビリティに振り分け……
完了した。
『エクストラアビリティ付与……指揮者(コンダクター)獲得』
脳内に響くその声と共に、自分とパーティーの身体に大きな白い光が包む。
「な、何事……まさか! くっ」
同様にエクストラアビリティを取得したことのある彼女の反応は早かった。
怪人や、モンスターのCPUごと、その数十メートル四方は黒で包まれた。
「みんな……」
千紗がへたり込んでつぶやく。
「はぁ……はぁ……どんなエキストラアビリティを取得したのかわからないけど、間に合わなかったようね」
「……いや、間に合ったよ」
僕は視線を左に寄せる。すると、そこには3人が放心状態で座っていた。いったい、なにが起きたのかは本人たちにもわかってないだろう。
「そんな。近接系の彼らには、そこまでの俊敏性はない。絶対に、あり得ない」
「あり得るよ……それが、
「くっ……調子にのらないで」
そう言って、彼女は闇を発生し次々と怪人を増殖させていく。
「……一斉射撃」
しかし、それは一斉に放たれた銃弾によって粉々になった。スナイパー職のタツさんだけじゃない。岳、マッシュさん、オルテガさん、千紗、そして僕すらも同時に射撃を行う。
「な、なんで……」
指揮者(コンダクター)。パーティー登録したメンバーのアビリティをすべて共有能力にでき、リーダーは誰からでもそのアビリティを使用することができる。あの時は、3人に自分が所有しているエスパーアビリティ『空間移動』を活用して、脱出させた。
発動条件はすべてのアビリティレベルを50にすること。あの時の陽一さんが僕に与えたヒント。あらためて、彼がすごく不器用な性格なのだと思い知る。娘にもヒントを与えてしまったのだから、敵の僕にもヒントを与える。それが、どんな結果を生んで後悔しようとも平等であることを曲げない信念の持ち主なのだ。
すぐに、僕は岳のアビリティを使って彼女に突進をかける。攻撃力は岳の能力になり、敏捷性は近代格闘のマッシュさん、耐久性は戦士のオルテガさん、命中率はタツさん、APは千紗。すべてのMAX値が乗っかってきて身体が羽のように軽くて強い。これは、まさしくチートだ。
これなら……ゼルダンアークに……木乃に届く。
「分身……からの
「くっ、絶対防御!」
数体の自分で撹乱した至極の一撃は、すんでのところで見破られて止められた。
「みんな、援護! 一斉射撃!」
「
「ふっ、戦術を駆使した戦闘だと言って欲しいな!」
「よってたかってか弱い女の子に……やっぱりヒーローって最低!」
「どこからどう見たって君はか弱い女の子には見えない!」
「な、なんですって……灼熱!」
「アチ……アヂヂヂヂヂヂヂッ! か弱い女の子が口から炎を吐くか!?」
「黙りなさい卑怯者ヒーロー! これで、もう終わりね……って回復してる!?」
「君の親友のアビリティは本当に重宝してるよ!」
「くっ……なんなのよそのチートは!」
「そっくりそのまんま君にその台詞をお返しするよ! ってか、制限時間つきのラスボス戦なんて聞いたことないし!」
「あんたたちが正面切って向かってこないからでしょうが! チマチマとネチネチと寄ってたかって男らしくない戦い方ばっかりして!」
「全然女の子らしくない君にだけは言われたくない!」
「なによ!」
「なんだよ!」
激しい口論と、攻撃の応酬。近接戦闘で騎士職、戦士職、近代格闘職のハイブリッドで攻める僕と、魔王職、重装歩兵職、スライム職で守る彼女。その攻防は一進一退を極めた。戦闘的にはこちらが有利で彼女のHPをどんどん減らしていくが、彼女は回復系アイテムを使用して回復する。こちらは、回復系アイテムを一切使えないし、そもそもHPが減少していく。とにかく、他のプレイヤーは千紗のアビリティーを使用し、僕に回復魔法を集中させることにした。
それから。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
3時間以上は戦っただろうか、もう他のプレイヤーのAPも尽きて、ブラックアウト状態になった。残るプレイヤーは僕だけ。
「フフ……私の回復系アイテムも、もう尽きたわ。次が……最後ね」
ゼルダンアークは息をきらしながら笑い、闇の劔(つるぎ)を取り出す。
「ああ」
僕も自身の最強武器である青の剣を取り出す。レベルとしては、こちらが勝っているが、アイテムのレベルはあちらが上だ。僕も木乃も、もうこの時点でどちらが勝つかはわかっていた。それは、説明することはできない。でも、互いの経験値、IWOで過ごした時間、共にこれまで戦いから、導き出した僕と彼女の結論。でも……それでも、もう残された手はなかった。
「はああああああああああああっ」
僕が駆け出す。
「らああああああああああああっ」
彼女も駆け出す。
それは、一瞬のようでもあり永遠のようにも感じられた。
互いの衝撃が重なり合い、鼓膜が破れるほどの音が拡がる。閃光のような光が弾け、気がつけば、僕の腕は木乃の腹にあって。
「負け……ちゃ……った」
彼女に突き刺さった剣。HPはすでに0を示していた。ゆっくりと、手でその感触を確認した後、ちょっとだけ困ったような顔をしながら彼女は笑った。
「……なんで? 君が……」
崩れ落ちる彼女を両手で支える。
本来なら、僕の身体が貫かれているはずだ……本当なら僕が負けているはずなんだ。
「くや……しい……な」
彼女の肩は冷たかった。あの時のような温もりもない。顔色も真っ青で、まるですべてが終わったかのように。
「駄目だ……」
思わずつぶやいていた。これが、自分の望んでいた結果にもかかわらず。このために、今まで戦ってきたのにもかかわらず。僕から飛び出したのは、明確な否定だった。
「冬馬……君……私……」
だんだんと身体が薄まっていく。それは、悲しいまでに平等だった。プレイヤーが消滅していく姿は幾千と見慣れたものだった。それは、彼女によって殺されたプレイヤーと、まったく同じ光景だった。
それでも。
「まだ……行くな。木乃――」
「……あな……こと……き……」
「木乃……ダメだ……行くな……」
彼女の存在は消え。その両腕はすり抜け。そこには空間しか残されていなかった。
僕はゼルダンアークという悪を倒し、ヒーローになった。
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