決戦

                     *


 そして、決戦日を迎えた。パーティーは、現代格闘家職のマッシュさん、戦士職のオルテガさん、スナイパー職のタツさん(後方支援)、治癒師職の千紗、騎士職の岳、そして、器用貧乏で無職の僕。他にも増員することも考えた。自警団に再度交渉して、混合パーティーで戦うことも。しかし、それをするには時間も、関係性も築けないと判断し、それならば彼らとの連携を磨くことに時間を費やした。


 ゼルダンアークは――神町木乃香はまもなく死ぬ。IWOの世界から、現実世界からも消えていなくなる。この戦いに勝っても負けても、それは変わらない。でも、それはすべてのプレーヤーでも同じことだ。生身の人間である以上、寿命というものが必ず存在する。『いつか平和になるから、待ってなさい』なんて、現在襲われている人に言えるわけがない。僕は、今、ゼルダンアークの暴虐に苦しんでいる人々、恐怖している人々を助けたい。それが、彼女が僕をヒーローとして認めた姿だと思うから。


「多分、これが最後の戦いになる。準備はいいかな?」


 まるで、ロールプレイングの魔王との戦いのように、僕はみんなに尋ねた。始まってしまえば、もうそれを尋ねる余裕はない。今回は、もう撤退ができないし、すべてを出しきる。最悪、ゲームオーバーになってすべてがリセット……いや、相手は最強の悪ゼルダンアーク。そうなる確率の方が高い。


「もちろん」「言われなくてもわかってるわよ」「付き合うぜ……地獄までな」「……ああ」「行こうぜ」


 その答えを聞いて、思わず目頭が熱くなる。僕は、いい仲間をもった。IWO内で親友同士になった関係。IWO内でしか知り合えなかった関係。IWO内でしか話せもしないような関係。すべて、このゲームが造ってくれた。この世界が僕にもたらしてくれた。そして、そんなプレイヤーたちの想いを踏みにじる彼女を許すわけにはいかない。


「じゃあ、行こう」


 約束の彼の地。いつしかプレーヤーたちからそう呼ばれた。なぜそう呼ばれているのかは諸説ある。しかし、誰も本当のところは知らない。ただ、そこはIWOの始まりの地であり、終わりの地でもあると言われている。地平線が見えるほどの草原に、巨大な石碑が立ち並んでいる。かつて建てられていたそれが破壊されたのか、それとも別の理由があったのか。ただ、最終決戦の場所にはそこは相応しかった。


 すでに、ゼルダンアークは――神町木乃香はそこにいた。数百体の怪人と数十体のモンスターの大群を引き連れて。


「おいおい……向こうもガチだな」


 武者震いをしながらマッシュさんがつぶやく。


「まずは、あの包囲網を突破しなくちゃ彼女までは辿り着けないのね」


 千紗の表情もさすがに引きつっている。

 今までの最長戦闘時間は6時間。だが、今回はその3倍は覚悟しておかなくちゃいけない。


「……いや、むしろ好都合。こっちはパーティーで治癒師もいる」


 交代制で攻撃をしのげば、勝機はある。あちら側の怪人やモンスターはCPUだが、操っている本人は生身の人間。基本的には彼女が操っているので、僕らのように精神を休めることはできない。途中、集中が途切れた隙を見計らって、容赦なく全力攻撃を叩き込む。


「作戦会議は終わったかしら?」


 不敵な表情で彼女は微笑む。その威風堂々としたたたずまいは、圧倒的なオーラをまとっている。ずっと、一人で戦ってきた。僕らのように集団で来ても、姑息な罠を張っても、悪々堂々として戦い抜いてきた。それは、絶対に許せない悪でありながら、どことなく格好良く見えた。善悪を超えた彼女の高潔な矜持。


「ああ……今日こそ決着をつけて見せる」

「フフフ、それは楽しみね」


 彼女が手を挙げると一斉に怪人とモンスターたちが襲いかかってくる。前衛のマッシュさん、オルテガさん、岳が攻撃に周り、千紗が後衛で援護する。全体的な視野を広げるのは自分の役目だ。指示が的確で動きやすいということで、誰も異論を唱えるものはいない。戦況にはバランスというものが存在し、時折崩れそうな箇所を見て補助を行う。場合によっては戦列を離れさせ、その間で自分が交代したりして戦闘の均衡を保つ。


「千紗、マッシュさんを回復! オルテガさん、フォローに入って。岳は左に敵を引きつけて。僕は右……タツさん連射!」


 そう叫ぶと、いくつもの銃弾がモンスター数体に向かって放たれる。「ぎゃあああああああ」とうめき声をあげて消滅。戦闘から2時間、敵戦力の3分の1を削り取った。


「はぁ……はぁ……これじゃジリ貧じゃない?」


 千紗が苦しそうな表情尋ねる。確かに、怪人やモンスターたちはゼルダンアークによって無尽蔵に生み出される。でも――


「これでいいんだ」


 僕は迷わずにそう答えた。こちらの有利な点はパーティーであること。それは、交代で戦線に復帰することができることを意味する。対して、彼女はすべてのCPUの状況に対して気を配りながら戦術を立てて行かなくてはいけない。どれだけ彼女の集中力が優秀でもコンマ数秒の隙はある。そこを、僕がかき乱し、岳とタツさんで必殺を叩き込む。それは、前回実績として効果のあった戦術だからこそ、今度こそは完全に成功させる自信があった。


 しかし、


「フフ……」


 その時、すべてを見透かしたようにゼルダンアークは笑った。


「わ、笑ってるけど?」

「ブラフだよ……彼女がよく使う手だ。戦術に変更はない」


 実際にこの手は、単純だが防ぐことは難しい。だからこそ、彼女は必死に演技をして、僕らに別の手を考えさせようとしているんだ。


 そう思った。


「私の魔王職のエクストラアビリティは、強化じゃないの。増殖数増加でもない。だとしたら、なんなのかわかる?」

「……その手は喰わない」


 ハッタリだ。彼女は、僕らをかき乱すために言っているに過ぎない。


「私は、ヒーローみたいに小狡い手は好きじゃないの。だから、教えてあげる。魔王職のはよ……喰らいなさい」


 彼女はそう言って六芒星を地面に描く。


 そして、


「ラストステージ」


 四方から闇の光が拡がった。


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