遠くない未来


遠くない未来に彼女が死ぬとわかってからも、僕らの関係は変わることがなかった。学校では、互いにプリント配布で口撃をし、IWOでは死力を尽くして全力で攻撃し合った。


 不毛なことだとわかっていても、どうしても考えてしまう。自分が間もなく死ぬとしたら自分だったらどうするだろうかって。どうせなにもできないくせに、彼女の苦しみを推し量ろうとして、そんなことはできるはずもないのに。ただ、生きる。それしかできないのに。


『あなたって、本当にマメよね』


 プリント配布で木乃からそんなことを書かれる。


『何が?』

『だって、アビリティレベル到達毎に経験値レベル上げてしょ? 普通はもっとまとまった単位であげるもんだけど』

『う、うるさいな。1個ずつ上げてくのがいいんじゃないか』

 実際、戦闘中でも合間を見つけてそんなことをしているほどのレベル厨だ。どうやら彼女には、そんな現場を見られていたらしい。もうこれは癖になってしまってる。

『でもそれだと、変化感じないでしょう?』

『……別に』


 図星だった。ただでさえ、僕のレベルの上げ方は強くなった感を感じづらい。強い敵に勝った時に初めてそれを感じるのだが、今回の敵は強すぎて勝てないし。


『まあ、いいんだけど。それより、今日はもうちょっとまともに戦ってくれるんでしょうね?』

『くっ……余裕見せてられるのも今のうちだ』

『ところで、卵って完全栄養食品よね』

『なんの話!?』


 時々、いや往々にして脱線する話も交えながら、僕らは日々のプリント口論を繰り返す。


 そして、IWOでは毎度のことながら、互いに死力を尽くして戦った。


 一週間ほどの激闘を繰り返し、ゼルダンアークの弱点も見えてきた。無尽蔵に出現するように思われた怪人だが、HPが低く、耐久性(タフネス)が弱いこと。度重なる戦闘で、オルテガさんのレベルが上がってきたので、倒すのがどんどん容易になってきた。


 コンビネーションの精度も上がってきた。特に千紗と岳はああ言えばこう言うほど口論が絶えないが、かなり綿密な連携までを可能にしている。


 より彼女を追い詰める効果的な方法といえば、更なる仲間を募ることだが、自警団はそもそも僕らがゼルダンアーク一味だと疑っているので、もはや助力は頼めない。とすると、他の一般プレーヤーかCPUという話になるが、一般プレーヤーでゼルダンアークに立ち向かおうとする物好きがそもそもいないし、CPUでは圧倒的に足手まといだ。


 必然的に、僕らだけで彼女をなんとかするしかない。しかし、時間は僕らの味方で、木乃の敵だ。時間さえかけてじっくりと攻めれば近いうちに彼女に勝てる……


                    *


「フフフ……もう、終わり? 打つ手なしって悲しいわね」


 いつもどおりキャラ変している彼女に、大分イラつきを感じながらも、実際にそうであるのでぐうの音もでない。すでに、岳はブラックアウトさせられており、離脱状態。多彩な彼女の攻撃に防戦一方だったケースだ。


 あらゆる要素が味方してくれているにも関わらず、追い詰められているのは明らかに僕らの方だった。木乃は怪人、モンスターたちのCPUの行動パターンを巧みに変更していた。こちらも追い詰められるたびに、新たな回避パターンを晒さなければならず、次の戦闘ではもうそれは通じなくなっているほどの勤勉ぶりだ。


 逆に僕が放ったさまざまなアビリティも、彼女が見せている既存のアビリティで防がれる。こうして考えると、非常に汎用性の高い能力を選定していると舌を巻かざるを得ない。


 一般的なプレーヤーは、より多くのアビリティレベルを取得することで防衛、攻撃を強化しようとする。それは、ある意味では正解であり、効率的に強くなる近道だと言える。しかし、彼女は違う。この強さを手に入れるために、アビリティの特性をよく理解し、組み合わせることで強さを得ようとしたのだ。アビリティの相性だけじゃなく、あらゆるアビリティを研究し、どれが一番汎用性が高いのかを選択している。


 特に絶対防御は非常に厄介だ。遠隔的に怪人たちで攻撃をさせ、近接系でも最強の攻撃を防ぐほどの厄介な代物。ここまでの力を手に入れるまでに、どれだけの試行錯誤を重ね、実践したのか想像もつかない。おそらく、膨大であろうその過程の中で積み上げられた本物の強さだ。彼女の強さは僕が手に入れた偶然の強さなどではない。確固たる戦略と努力が積み重ねられた輝かしい結晶のようなものだ。彼女はエクストラアビリティを持っているから最強なんじゃない。彼女は最強になったからこそエクストラアビリティを持つに至ったのだ。


「……」

「な、なにジッと見てるのよ?」

「……」

「もう、あきらめたの?」

「……」

「ねえ」

「う、うるさいなぁ! 今、考えごとしてるんだから!」


 派生図さえ割り出せれば勝機はあるとしたのは非常に安易だった。どれだけ戦っても、彼女の底を見せてはくれない。そして、なによりも厄介なのは、エクストラアビリティの効果を巧妙に隠されていることだ。灼熱などのスライム職や絶対防御などの結界師職、重装歩兵職は単純な強化だろう。しかし、魔物使い職、悪の総帥職は、一つのアビリティが無尽蔵に増殖する仕様に変更されている。アビリティによって付与される力が異なるのだ。だったら、魔王職はどんな効果があるのか。それがわからない。


 魔王職は、勇者職と並ぶほどの人気職で汎用性も高いし、アビリティも多彩だ。遠隔系も強いし、近接系も強い。そこにエクストラアビリティが加われば、もうほとんどお手上げ状態なのは間違いないが、そこはあくまでベールに包まれている。

 まぎれもなく敵であり、許せない。決して認めるわけにはいかないが、プレーヤーとしては尊敬に値する。


「はぁ……もう飽きちゃった。あまりにも弱すぎるものだから」

「ぐっ……」


 確かに今回もジリ貧で、内容としてはボロ負けと言っても過言ではない。すでに、6時間が経過しているが、あっちは余裕で、こっちはほぼ全滅状態だ。


「今日はここまでにしましょう」

「な、なに言ってんだ! 僕たちはまだ……」

「それは、後ろの彼らを見てから言ってちょうだい」

 ゼルダンアークは余裕の表情で後ろでくたばっている仲間たちを指差す。

「くっ……」

「じゃあ、そういうことでー」


 まるで、家に帰るほどの気軽に彼女は引き上げて行った。


 そして。


 その日、木乃が倒れたことを知った。


 

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