で、二人して東急ハンズへ行った。基本的には、なんでも売っている総合デパート? ではあるが、もっとお洒落な店とか行くと思った。


「日曜大工得意?」

「得意じゃないよ!」


 と言うか、そもそもなにをあげようとしてるんだよ。


「この木材とかいいと思わない?」

「独特だな!」

「いろいろ作るのが趣味なのよ」

「か、変わってるね」

「そう? 36歳だったらそんなもんじゃない?」

「さ、36歳なの!?」


 自分より一回り以上年上の人と――まあ、木乃が同い年の人と付き合ってるってのもなんか想像つかないけど、せめて大学生くらいって思った。


「確かに、若く見えるとは言われてるけど実際にはそんなものよ」

「若く見えるって……知らないけど」

「アレ、見たことない? 結構メディアには年齢は紹介されてるんだけど」

「ゆ、有名人! もしかしたら、俳優とか?」

「……ん?」

「……え?」

「さっきから、なにを言ってるの?」

「えっと……好きな男性に贈るプレゼントを選んでるんじゃないの?」

「そ、そんなわけないでしょ! お父さんよ、お父さん!」


 そう彼女に言われた途端に、スッと肩の力が抜けた。


「なんだぁ……それなら、そうと早く言ってよ!」

「言ったわよ!」

「言ってない!」


 それについては強く断言できた。木乃と会話したことは、一言一句として聞き漏らしていない自信がある。


「くっ。会話を録音してないことをいいことに、そんな風に言い張るなんて。やっぱり、ヒーローって狡猾だわ。油断できないわ」

「そりゃこっちの台詞だよ。僕はてっきり」

「……てっきり?」

「いや……もう、いいよ。とりあえず、日曜大工品選ぼうよ」

「そんなことより、てっきり?」

「もう、いいって」


 煩わしげにする僕の周りを悪戯っぽい顔でチョロチョロと。それから、「てっきり? てっきり?」とあんまりにもうるさいので、額に軽くチョップを喰らわせた。


「痛っ! ぼ、暴力反対」

「あんまりにもしつこいからなじゃないか!」

「あなたが変な想像するからでしょ?」

「別にしてない」

「嘘つき! お生憎様、私には彼氏はいません……あなたと一緒で」

「いつ僕が、何時何分君に彼女がいないって言ったんだよ?」

「えっ? いるの?」

「……さっ、時間を無駄にしたね。そろそろ、本気で探さないと夜遅くなっちゃうよ」

「話を変えたって現実からは変えられないんだよ、少年」


 木乃はポンポンと僕の肩を叩いてくるので、それを強めに払い飛ばす。


「君だって同じだろ? まったく同じ条件。イーブンだよ。君は彼氏がいない。僕は彼女がいない。だから、上の立場でモノを言わないで欲しいね」


「私の場合は引く手数多だから。むしろ、モテすぎて、選りすぐってるだけなんだから」


 むっ。


「そういうところの性格がよろしくないから彼氏ができないんじゃないですか?」

「せ、性格が悪い? はじめて言われたんですけど!」

「今まで相当猫かぶってきたんだろうね。二面性がすごくて、僕がだいぶ引いちゃってるよ」

「あ、あなたの方が性格悪いでしょう! IWOでの戦い方にでてるわよ。人の弱点を分析して、そこを徹底的に攻め立てて!」


 そんな風にワーキャー騒ぎながら、多少うるさ目の困った客に成り下がった僕らは、周囲の冷たすぎる目には気づきもせず、工作用の木材を見る。


「……と言うか、あの神町陽一がそんなことしてる光景もイマイチイメージできないけど」

「最近は仕事が忙しすぎてやってないけど、昔はよく木彫りのおもちゃとか滑り台とか作ってもらったのよ。なんか、IWOの開発に行き詰まると単純なものが作りたくなるんだって。このロケットペンダントも、お父さんが作ってくれたんだから」


 木乃は誇らしげに鎖骨部を強調する。なんだか、別の意味で綺麗だと思ってしまいそうだったので、僕は慌てて目を逸らした。


「ふーん……まあ、あの人ほどの天才だから、どれもこれもすごく精巧にできてるんだろうね」

「それが、そうでもなくて」


 彼女は思い出し笑いをして、表情をほころばせる。


「なんか動きが悪かったり、カタカタしたり、どっかに欠陥がある場合が多いの」

「へぇ、意外」

「でね、私が怒ると、お父さんは言うのよ。『完璧なものは美しくない』って」

「それが神町陽一の代名詞『不完全性』に行く着くのかなんかすごい話だよな」


 今や世界一の大富豪が、こんなホームセンターでのモノをチマチマ作るのが趣味だと言うんだから。あらためて、才能というのは恐ろしいものだって実感する。

 悩んだ末に木乃が選んだのは、なにやら怪しげな木彫りグッズだった。配送にしてもらったので、ことなきを得たが、最初は「男の子だから、持ってけるでしょう?」と至極めちゃくちゃなことを言い出したので、断固として拒否した。


「あーあ、せっかく冬馬君に活躍の機会をあげたのに」

「おあいにくさま、僕はどちらかというと知性派なので。君ん家の財力から見たら配送費を惜しむほどの貢献をしたところで、なんの感謝もされないという判断を下したまでだよ」

「さて、次は、家具屋さんね」

「……ちなみにそれは、なんのために?」

「私、料理趣味なの。せっかく来たんだもん。いろいろと買い物したいもの溜まってたのよ」

「そ、そんなに回るのに荷物持たせようとしてたの?」

「まあまあ。細かいことはいいじゃない」


 と僕の抗議を適当にいなされたところで、家具売り場へと行く。木乃ほどの金持ちに、市販の家具がお気に召すとは思えなかったが、どちらかと言うと調理器具とかお皿とかそんな感じの小物だった。


「ちなみに、どんなの探してるの?」

「いい感じのひっくり返すやつ欲しいの。ほら、オムレツ作るやつ」

「ターナー?」

「うーん……違う。えっと、確か……あっこれ!」


 木乃は、木のノベーッとしたヘラみたいなやつを掲げた。


「それターナーって言うんだよ!」

「……カッコつけちゃって」

「名称を言ってるだけなんだけど。それに、オムレツだったら箸かフライパンだけでもひっくり返せるよ」

「カッコ……つけちゃって」

「……もーなにも言わない」


 そんな僕のふてくされも完全にどスルーされて、木乃は楽しそうに視線を動かす。


「あっ、あとザルが欲しい!」

「ちなみに、なんのために使うの?」

「しらたき!」

「……いや、それだけじゃわからん!」

「なんでわかんないかなー。水きりに使うに決まってるでしょう?」

「どうでもいいけど、悩みがすごく初心者っぽいんだけど」

「……さて、あとオムレツにはなにが必要かな?」

「しらたきは必要ないよ!」


 果たして、君の思い描くオムレツはどうなってんのだろうか。


「知らないの? しらたきは低カロリー低糖質食品だし、卵もタンパク質豊富で糖質ゼロなんだから」

「……意外だな。そんなの気にしそうになかったから」

「そんなわけないじゃん。女子はみんな気をつけてるよー。特に、私なんて運動もしないから意外と太りやすいのよねー」


 なんていう、聞きたくもない美の秘訣を聞く羽目になった僕は、心の片隅にまたそれがひっかかった。木乃は体育をすべて休んでいる。岳の情報によると、小学校も中学校も高校も全部帰宅部で、もれなく体育も休んでいたそうだ。


「……帰り、お茶でもする?」


 気づけば、自分でも意外な提案をしていた。


「お茶はしないけどパフェは食べたい」


 !?


「さ、さっき低カロリー低糖質を気にしてなかったか?」


 パフェなんて高カロリーの王様じゃないか。レジェンドじゃないか。


「これだから、初心者は」

「くっ……」


 木乃はまるで、愚かな子どもを見るかのような、生暖かい視線を僕に向けてくる。


「いい? 普段からの節制は、日常を豊かにするために必要なことなの。日々、このナイスバディなプロポーションを維持してくために!」

「……ナイスバディはちょっと語弊がないか?」


 木乃には明らかに育ってない箇所がある。むしろ、積極的に牛乳をとった方がいい。


「う、うるさい。でも、こんな買い物とかにきた日は別にいいの。なぜなら、ご褒美だから。普段、頑張って節制している私へのご褒美だから」

「……まあ、いいや。とにかく、行こっか?」


 不毛すぎる議論を打ち切って、僕と木乃は最寄りのカフェに行った。駅前のお洒落な店内で、ひ一人だったらまず入らないであろう。パフェやらケーキやらアイスやらジェラートやら。女子ってやつは本気でこれが好きなのだろうか。


「あっ、僕クーポン券持ってるわ」


 ここで、趣味が役に立つとは思わなかった。備えあれば憂いなし。携帯アプリのクーポンも、広告のクーポンも腐るほど常備している。


「クーポン……拳?」

「……なんでもない」


 ガッデム金持ち。てか、クーポン券すら知らないとは。そもそもこれぐらいの金持ちには、割引をする概念がないのか。なんだか、凄まじい敗北感に襲われそうになるが、慌ててそれを振り払った。


「な、なにキョロキョロしてるのよ」

「いや……」


 思っているよりも数倍女の子とカップルで溢れている。男子と女子の比率が逆転しているからだろうか。この空間はまさしく『居づらい』を表現したような場所だった。なんだか、チラチラとこっちを見て僕を馬鹿にしているように感じるのは気のせいだろうか。


 チョコレートパフェが置かれて、木乃の瞳がキラキラと輝く。さっきまで、あんなにカロリーカロリー言ってた彼女は一体なんだったのかと全力で問いかけたくなる気分だが、そこは乙女心というやつなのだろうと無理やり納得した。


「今日はありがとね」


 彼女はスプーンを置いて笑顔を浮かべる。


「いや、別にいいよ」

「一度だけ、来てみたかったの。現実世界のデパートも……カフェも……死ぬ前に」

「……え?」


「私、死ぬのよ」


 彼女は笑顔でそう言った。


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