日記

                   *


 20××年12月23日

 神町陽一は天才である。IQは史上最高の320。レオナルド・ダ・ヴィンチ、アイザック・ニュートン、アルベルト・アインシュタインを遥かに超えるイマジネーションを持っている。彼ならば、VRMMOに革命をもたらしてくれるだろう。


 20××年1月15日

 私たちはとうとう成功させた。この画期的なVRMMOをIWOと命名した。


 20××年3月26日

 神町陽一が世界の長者番付で一位になった。しかし、彼はそんなものはどうでもよいのだろう。相変わらず開発室に籠っている。驚くべきことに、一か月ほど食わずの生活を続けて倒れていた。体重が一気に20キロほど減って、最初に見た時には誰かがわからなかったほどだ。誰か、彼の伴侶となって体調管理をしてくれればいいのだが。


 20××年5月1日

 神町陽一が安藤涼子という女性と付き合った。と言っても、私が紹介したのだが。初めて、神町が女性に心を許している姿を見るとついつい心が和んでしまう。彼女は私の教え子だったが、研究に対する理解も深くIWOのヘビープレーヤーでもある。話も合うだろうし、何よりも彼女は性格が優しい。男女の仲はわからないが、このまま続いて結婚までいけまいいのだが。


 20××年7月1日

 神町陽一と涼子さんの間に子どもが生まれるらしい。本当に幸せそうでついつい私も羨ましくなるほどだ。名前をどうするのかと聞いたら、木乃香と名付ける予定だと聞いた。名前の由来は教えてくれなかったが、なによりも幸せそうな二人の顔が印象に残った。


 20××年3月13日

 なんということだ……涼子さんに不幸が起きてしまった。陽一と二人で買い物に行っている時に、通り魔に刺された。彼女は娘の木乃香をかばって刺され、即死だったそうだ。犯人は、IWOの世界に不満をもったゲームプレイヤーで陽一をねたんだ犯行だった。容疑者は「俺はヒーローだ! この悪魔に侵食されているこの世界を救うためのヒーローだ」と叫んでいたそうだ。


 20××年5月1日

 陽一の落ち込ようは酷い。無理もない……彼は涼子さんのことを本当に愛していた。今は、なんて声をかけていいかがわからない。食事もとらずに、IWOの開発も止まっている。しかし、まだ小さい木乃香ちゃんのためにも、彼には立ち直ってもらわないといけない。


 20××年7月16日

 なんとか陽一が立ち直ったようだ。『木乃香ちゃんのために』と奮起してくれている。どうやら木乃香ちゃんもIWOをプレーし始めて、急かされているとのことだった。私たちのどんな言葉よりも、娘の言葉がなによりも効いたようだ。彼女は変わっていて、悪の怪人が大好きだそうだ。アニメも、なぜかヒーローにやられる側の怪人たちを応援していると笑いながら話していた。父親の影響だと言うと嬉しそうに笑っていた。


 20××年1月13日

 神町陽一はやはり天才だ。単純でいて誰も思いつかないような発想の転換を行った。IWOの世界に、彼は地球にあるはずもない物質を生み出した。そこで、彼は現実内であるはずのない新たなる物質を開発するというのだ。それは次元すらも超越し、やがて地球で具現化させることができるかもしれないということだ。ファンタジー世界の生き物や魔法、超能力者やSFのUFOなど、人類が恋焦がれたものがこの世界に現れるのも、そう遠くの未来ではないのかもしれない。彼はその想像の産物を……希望の世界樹をユグドラシルと名付けた。


 20××年11月16日

 どうやら、木乃香ちゃんの体調が悪いらしい。最初は激しく運動すると貧血気味になるというような軽い症状だったが、今は少しの運動でも動悸がしてしまうとのことだ。なんとか、力になってやりたいのだが、私にできることはあまりにも少ない。自分の無力さが本当に悔しい。


 20××年12月8日

 木乃香ちゃんの病名がわからないらしい。陽一は世界中を飛び回って治療できる医師を探しているらしいが、状況は芳しくない。彼自身の体調も年々悪くなってきて、人相自体が変わってきたような印象がある。もし、娘がいなくなったら、彼の精神はもつのだろうか。そんな最悪な想像をついしてしまう。


 20××年1月7日

 陽一の様子が心配だ。木乃香ちゃんの病状が関係しているのだと思うが、すでに医師を探している様子も見られない。常にIWOの世界に入って、開発をしている。私との面会も中々してくれない。


 20××年3月13日

 陽一の様子が明らかにおかしい。時折、悪魔に取りつかれたような形相になっている。常になにかに駆り立てられているような鬼気迫る作業。つぶやく言葉は、まるで、人類の災厄かのような……もしも陽一が敵に回れば、我々は彼に対抗しうる戦力を持ちうるだろうか。神町陽一が世界と対立するというバカげた誇大妄想のようだが、今日のような顔を見ていると……すべてを憎んでいるかのような表情を見ていると……私は怖い。


 日記はここで終わっていた。


「それ……読んだんだ」

「うわっ、びっくりした」


 振り向くと、木乃が立っていた。


「達也おじいちゃんは、いつも私を遊んでくれて本当に大好きだった」

「……そっか」

「ヒーロー役がおじちゃんで、悪役が私……でも、全然勝たせてくれなくて。で、いつも私が泣いたら、困ったような笑顔で負けてくれるの」

「……」


 小笠原達也についての性格は謎に包まれているが、彼は相対的経験値制の生みの親だと言われている。ヒーローが好きだという気持ちは本物であるようだが、絶対的な正義というところまではとらえていなかったのかもしれない……まあ、単にムキになって子どもに接するのが大人げないと思っていただけなのかもしれないが。 


 ただ、日記を読んだ感想では、かなり温厚な人であることは間違いない。奇妙なことだが、彼の死因は不明とされた。ネットでは、死んだことになっているが実はどこかで生きているという話がまことしやかにささやかれている。


「ねえ、木乃?」

「ん?」

「あの……君の……いや、なんでもない」


 言いかけてやめた。

「なんなのよ。変なの」

「……」


 走り読みだったが、小笠原達也のこと。神町陽一さんの思考。そして、神町涼子さんの死。膨大に情報が入ってきて多少混乱しているが、やはり一番気にかかったのは彼女の病状だった。詮索がマナー違反なのは知ってる。それに、彼女が運動できないからって、別にいい。彼女はIWOでは驚くほど強いし、プリント配布では憎たらしい。クラスではいつも楽しそうだし、今もすごく元気だ。それでいいじゃないかと勝手に納得している。


 でも……


「ちなみ、明日ってなにする?」

「きゅ、急に話変わるな。なにするって、いつも通り学校行って、帰ってIWOするよ」


 なんなら、そのあと君を倒すために全力を尽くすよとまで言おうと思ったが、さすがに敵地なのでそれはやめておいた。


「……付き合って欲しいんだけど」

「……」


 そう言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。

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