クラウン・レ・フー
ご飯も割と緊張なく食べ終わって、自由時間に他の部屋を見させてもらった。『自由に入っていいよ』とかなりオープンに提案してくれたので遠慮なく、一部屋ずつ入る。
この家は、豪邸というよりは自分たちのこだわりを詰め込んだ秘密基地のような印象を受けた。まず、飛び込んできたのは初代から集めたテレビの悪役の等身大フィギィアたち。それから、ファンタジーのモンスターたちや、宇宙怪獣、悪の組織の怪人たちなど様々なヴァリエーションのものが立ち並んでいた。おそらく、博物館を開けるくらいには充実している分量だ。
「娘が悪役が好きなのは私の影響でね。小さい頃は、こういった悪役の話を絵本がわりに話してあげたもんさ」
「ああ……なるほど」
そこらへんに、彼女の『悪』好きのルーツがあるのかと納得させられた。それぞれを眺めていると、なんとなく怪人のイメージが似ていたりとか、登場しているモンスターたちにも見覚えがある。IWOの中で少しずつ異なるのは著作権の関係かななどと変な邪推をしてみたり。
その中に、ひときわ目立った等身大のフィギュアがあった。黒いシルクハットをかぶった白塗りの道化。真っ赤で丸いつけ鼻をつけ、目は異様なほど笑っている。人はなにを考えているのかわからない道化に恐怖を覚えるというが、まさしく不気味としかいえないほど、それは精巧に作られていた。
「気に入ったかい?」
不意に後ろから声がして、振り向くと陽一さんがいた。少し暗めの部屋だったのでその表情までは読み取れない。
「……これは、私がデザインしたオリジナルの悪役でね。クラウン・レ・フー(気狂い道化)という」
「ああ、だから……」
「ん?」
「いや、モデルがどことなく陽一さんと似てるなって思ったんです」
「よく気づいたね。昔はこの仮装をして娘を喜ばせたもんだよ。まあ、今は見慣れてしまって反応がつまらないんだがね」
「ははっ……」
思わず苦笑いで相槌をうつ。さっきからの会話を察するに、陽一さんは相当ないたずら好きだ。小さい子どもにとっては、どちらかというとトラウマになっていそうな気もするが、そこは悪者好きの遺伝子が働いたということだろうか。
「クラウン・レ・フーには設定があってね。普段は気さくに観客に花をあげたり、ひょうきんな笑い声で盛り上げたりするんだが、突如として彼は豹変するんだ。例えば、観客たちに蛙を投げつけたり、不気味な声でおどけたり……」
「……二面性ですね」
「ご名答。冬馬君はヒーローオタクなんだって?」
あ、あの子そんなことまで。
「そんな……オタクってほどじゃないです」
というか、こんなところを見せられて堂々と自分の趣味を言えるほど充実してはない。一般的な家庭よりもかなり年収の低いシングルマザー家庭の僕にできることといえば、テレビで見ているアニメやドラマのヒーローや超人の能力をメモに書き起こすくらいで。
「……基本的にヒーローと悪者の物語構成は勧善懲悪がほとんどだけどね。現実世界では、それがまったく違うことの方が多い」
「結局、悪が勝つって意味ですか?」
「違うよ。実際には正義同士の争いの方が多いんだ。戦争なんて、まさしくそうだろう? 互いの正義がぶつかり合って、負けた方に悪というレッテルをつける。結局、本物の悪なんてものじゃない」
「……それでも、殺人やテロだって」
「それだって、個人としては正しいと思ってやっているケースが多い。俗に言う正当化だね。彼らは自分自身の正義を心に秘めて行動して、その時に自分の行動が悪かったなどとは夢にも思わない」
「……」
「正義っていうのは残酷だよ。悪というレッテルを張った者に容赦なく迫害し……殺することができる……」
「……」
陽一さんの表情は相変わらず笑顔だったが、それはどことなく不気味に見えた。まるで、本音を隠しおどけながら子どもさらうような道化のように。
「おっと、あんまり若者をいじめちゃ怒られるな。別に君のことが嫌いだとか言ってるんじゃないんだよ。あくまで、考えが違うと言うだけで」
「いえ……」
むしろ、希代の天才開発者の思考を覗けているようで嬉しかった。こんな贅沢は、一生に一度もない。
「……君は小笠原さんに似てるな」
「そんな、とんでもないです!」
恐れ多すぎて慌てて否定した。小笠原達也は、陽一さんとともにIWO開発に携わった伝説的な人物だ。
「……彼の遺品があるのだが見るかい?」
そう言われてドキッとした。彼は1年前に突如として他界している。原因は未だにわかっていないが、日本の至宝が死んだとあって当時はかなり話題になった。
「ぜ、ぜひ」
そう言って、案内されるがまま別の部屋に映った。
「うっ……わぁ!」
部屋を開けた先には、見渡す限りのヒーローグッズが存在していた。棚から棚までびっしりと。そして、等身大の歴代ヒーローが立ち並んでいた。
「あの人も相当なヒーローオタクでね。悪者好きの私と話が合うはずも無かったんだけど……不思議なもんだね」
「……」
それは、どことなく理解できるかもしれない。木乃と僕も敵同士。それは、間違いないが、同時に似た者同士でもある。正義と悪。真逆ではあるが同一線上の価値観だからこそ、言い争いができる。喧嘩ができる。それは、ある意味では繋がりであり、互いへの信頼でもある。少なくとも僕は彼らのような偉人と比べられるべくもないけれど、陽一さんと達也さんもきっとそんな間柄だったのだろう。
「好きに見るといい」
そう言い残して陽一さんは去っていった。それから、食い入るように展示されるヒーローグッズを見て回った。その中で、一つのグッズに足が止まった。獣鬼戦隊グレンジャー。僕が4歳の頃、日曜日にやっていたヒーロードラマだ。記憶とは不思議なもので、それを見た途端、過去の自分が抱いた想いが蘇ってくる。
*
そもそも、ヒーローが好きなのは父親の影響だ。よく、近所のデパートでやるヒーローショーに連れてってくれていた。母さんからあとから聞くと、実はアクション俳優だったとかで被り物のバイトをよくやっていたんだとか。
今でも忘れられないのは、日曜日のデパートの帰り道。駅で帰りの電車を待っている時だった。その日は、父さんと二人きり。母さんは妹の柊を産むために病院に入院していた。突然、お年寄りがフラッとよろけてホームに落ちた。誰もが動けない中、父さんが震えた声で僕に言った。「ここにジッとしてなさい」って。それから、すぐにホームに降りて、なんとかお年寄りを引き上げた父さんは、そのまま電車に引かれて帰らぬ人となった。
母さんはめちゃくちゃ泣いた。僕もそれで、ずっと寂しい想いをしたし、柊は父親の顔を知らぬまま生まれることになった。それでも、母さんは毎日仏壇に手を合わせてる。ある時、僕は聞いた。「お父さんを恨んでないの?」と。子どもながらに、勝手だって思った。家族を置いて、見知らぬ人のために命を捨てるなんて、すごく勝手だって思った。だけど、母さんは笑いながら僕の頭をなでて、「父さんはヒーローだから、仕方がないのよ」と言った。
それからは、もうヒーローが好きで仕方がなくなった。悪いやつをやっつけて、弱い者を助ける。そんな人になりたくて、幼稚園からずっと修行した。そして、小学校3年生あたりでどうやら自分がこの世界のヒーローになれないんだと気づき始めた。運動神経も、頭も、容姿もすべて人並み。まだ、どこかが悪いんだったら救いようがあったものの、中くらいの中くらい。平凡の凡人。これ以上ないくらい普通が似合う人に成長していた。
それから、僕はIWOに出会い、自分の夢を取り戻した。だから、神町陽一と小笠原達也にはすごく尊敬もしているし感謝もしている。
*
そんな中、展示品の端にあった本に目が止まる。なぜ、それを手に取ったのかは感覚としか言いようがない。あえて、言うとすれば並べられた無数の本棚で唯一違和感のある書籍だったからだ。カバーは『ヒーロー戦隊竜剣ジャー虎の巻』。脳内に歴代のそれを思い浮かべるが、自分の中でそれがヒットすることがなかった。
手に取って、開くとそれは日記だった。
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