食事

 やがて、巨大な門を通過した。おそらく日本一広いであろう敷地は、ゴルフコースやら、テニスコートやら、プールやらあらゆる施設が揃っていた。


「はぁー……すごい」


 ここまで格差がでていると、嫉妬の感情など湧かないことに気づいた。ここには、自分のアパートが何千個分建てられるのだろうか。


「運動も得意な方じゃないし、私は別に使わないんだがね。秘書がハッタリが必要だっていって建てさせたんだ。もし、使いたいんだったら、言っておくが?」

「い、いえ。僕も運動はめちゃくちゃ苦手なんで」

「サッカー、すごく下手だもんね」

「くっ……君は余計なことは言わなくていいんだよ!」

「全力で走ってるのに、ポジション取りが悪いからパスをもらえないのよねー」

「それ、本気で言ってるの? 僕らにみんながパスくれないだけじゃないか」

「実力がないのを、そんな嘘で塗り固めちゃだめなのよ」

「酷っ! 証拠でもあるの?」

「あなたがヒーローだから。証拠はそれで十分よ!」

「不十分だよ!」

「はっはっはっ! やっぱり、仲が良い」

「「よくないです!」」

「まあまあ。そろそろ着くから」


 陽一さんは悪戯っぽいような笑顔で僕らをいなした。

 深い森を抜けた時、一軒家がポツンと建っていた。それは、世界一の大富豪が住むにはあまりにこじんまりした家だった。


「ここ……ですか?」

「フフッ、狭いかい?」

「いえ、そんな」


 慌てて否定したが、実際にはちょっとそう思っていた。確実に僕の住んでいるアパートよりは広い。確実に10倍以上は広い。しかし、ドラマとかで見るセレブの豪邸には程遠い。


「2人で済むのに、そんなに広い家は必要ないんだ。いや、むしろ……狭い方がいい」


 ボソッと陽一さんはつぶやいた。


 ここで、うっすらと脳裏に疑問がよぎる。神町木乃香のお母さんは、どうしたのだろうかと。過去の報道でもあったように思うがよく覚えていない。『二人で』というからにはおそらく離婚かと想像はしているが、慌てて自分の思惑を打ち消した。家庭にはそれぞれの事情があるし、そんなことは決して踏みこんでいい話題でもない。


 キッチンも適度に広く、エプロンもつけた陽一さんが料理に取りかかる。豪快に白菜、しいたけ、えのきを包丁で切って、次々と鍋の中にぶち込んでいく。最後に、スライスされた豚肉たちを入れて、満足そうに笑う。


「できた。木乃、テーブル片付けて」

「はーい」

「こ、これって……」


 思わず二度見してしまった。出てきたのはキムチ鍋。どうしようもなく、庶民めいたその香りは特段変わったところはない。


「意外かい?」

「……正直、フランス料理フルコースみたいなのが出てくるって思ってました」

「毎日そんなん食べないよ。外食とかはそんなんばっかだけど、娘と食べられる時は好きなもん食べたいしね」


 陽一さんは気さくな笑顔を浮かべながら鍋をテーブルに移す。どうやら、かなりフランクな性格のようだ。手慣れた手つきで、ちゃきちゃきと用意していることを見ると、きっと普段からこんな感じなんだろう。


 この人には金持ち特有のイヤらしさがない。それは、娘である木乃にも受け継がれているようにも思えた。そういえば、彼女のカバンも財布も筆箱もペンも下敷きも普通の既製品だった。唯一高そうに見えたのは、ロケットペンダント。肌身離さずに首にかけているそれは、おそらく大事なものじゃないかと想像する。


 鍋をテーブルに持ってきて、いざご飯を開始。話すのは、もっぱらIWOの会話。陽一さんはもっぱら聞き側で、木乃が僕の悪口を言う。それを、優しい眼差しで見守っている父親もどうかと思うが、そこがある意味、天才たる所以なのだろうと強引に納得した。


「――で、とにかく卑怯。多人数で、チマチマと弱点を狙って。卑怯なの。だから、私は言ってやったの。『この卑怯者』って」

「ひ、卑怯卑怯って言いすぎじゃないか? パーティーを組むのは公式に認められてるんだから、悔しければ君もパーティーを組めばいいじゃないか」

「嫌よ。私も同レベルに堕ちたくない」

「くっ……だいたいエクストラアビリティってアレはチートだろ? そんな能力使ってる方が卑怯じゃないか!」

「し、心外だわ。アレこそ公式によって認められた能力でしょうが。別に不正に取得したわけじゃない。ねえ、お父さん」

「くっ……はははははははっ。やっぱり面白いね、君たちの会話は」

「「くっ」」


 笑顔を浮かべる陽一さんに、僕らは互いに顔を見合わせ、そらす。


「確かに、木乃のエクストラアビリティ取得に関しては、失敗だったよ。もちろん、木乃にはIWO関連の情報を教えたことは一度もないが、一緒に過ごすうちに思考が似通ってしまったようだ。なんせ、アレの開発責任者は僕だからね。だから、君にもささやかながらヒントをあげようと思うんだ」

「ひ、ヒントですか?」

「と言っても、取るに足らないことさ。冬馬君は、一つずつ、全てのアビリティのレベルを上げ続けてるよね?」

「は、はい」

「素晴らしいね。今までいなかったプレーヤーの形だよ。このまま君が戦い続ければいつか道は開ける」

「……あの、どういうことですか?」

「それを教えたらヒントじゃないだろ? まあ、こんなもんで大分平等になったんじゃないかな。なあ、木乃?」

「ぐぐっ……お父さんのいじわる」


 陽一さんは、よくわからない彼女の反応を楽しみながら頭をポンポンとなでていた。

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