神町陽一
*
土日を挟んで、月曜日に登校したが、新井千紗とクラスで絡むことはなかった。そして、彼女と木乃もいつも通り互いに楽しそうに笑い合っている。どうやら、IWOでの話はお互いにしないようにしているらしかった。その日の授業参観は、つつがなく行われた。高校生にもなって恥ずかしいという生徒たちも多く、通常の参加人数は多くないものだが、一人の世界的有名人がいるおかげで、2年A組の参加率は8割を超える。
「ええっと……ですねぇ」
数学を教えている加藤先生の声が高い。生徒たちよりも、よほど教師たちの方が緊張しているかもしれない。
なんせ立っているのは、神町陽一。世界一の大富豪にして、IWOの開発者。日本の誇り。すでに、歴史の教科書に写真つきでも載っているほどの大人物が目の前にいて、浮き足立たないのも無理はないというものだ。なぜ、そんな人の娘が、なんの変哲もない公立高校へ入学したのか。そこは、この空輪館高校の7不思議として、今もなお語り継がれている。
木乃もどことなく嬉しそうな背中をしていた。決して振り返らないけど、肩の位置がちょっとだけ上がってて、カッチリと身体の動きが固くて。それを見て、なんだか少しだけホッとしている自分がおかしい。自分の母親はもちろん仕事で、今さらきて欲しいなんて思ったこともないけど、それでも小学生の頃は肩身が狭いもんだった。
「岳、あんた手あげなさいよ」
「ば、ババア……」
「おい、照れなくてもいいんだぞ」
「か、勘弁してくださいよ先生」
そんな微笑ましいやりとりも見られ、クラスも朗らかな雰囲気に包まれる。普段4軍の僕らも、1軍から3軍の彼らも、この時ばかりはよいクラスを演じる。得てして外部の視線が入れば、人は都合の悪い事実はひた隠すものだ。僕らクラス一丸となった隠蔽工作の甲斐あって、授業参観は誰もが安心した形で終息を迎えることとなった。
授業後、いつも通り自転車をモリ漕ぎ。深夜ラジオをイヤホンで聞きながら赤信号で待っていると、白塗りのリムジンが止まって窓が開く。
「おーい!」
無邪気位に顔を出したのは、神町陽一さんだった。娘と同じ整っている顔立ちで、若々しくとてもではないが、父親には見えない。ただ、目のクマだけがすごく深くて、あまり睡眠はとれていないような様子だった。
「あの……」
「初めまして。上村冬馬君だね? いつも娘がお世話になっています」
「お、お父さん! お世話になってなんかないってば!」
後ろの座席から、慌てた木乃の声が聞こえる。
「ハハッ、こう言ってるけど、いつも食事のときには君の話ばかりしてるよ。優れたIWOのプレーヤーで、自分と互角に戦える唯一の敵だって」
「……そんな」
なんて反応していいやら困る。彼女に話されていることが、嬉しいような、恥ずかしいような。敵として認めてくれて、誇らしいような、そうでないような。
「冬馬君。もしよかったら一緒にご飯でも食べない?」
「ちょ……ちょっと、お父さん!」
「いいじゃないか、木乃」
「えっと……」
「いや、無理にとは言わないけど。もし、すでに夜ご飯が準備されてたら申し訳ないし」
「……いえ、もしいいのならぜひ」
「えっ!」
後ろから彼女の素っ頓狂な声があがる。
「なんだ、木乃。嫌なのか?」
「いやその、嫌ってわけじゃ……ないけど」
彼女は急にモゴモゴしだす。その気持ちは、僕も同じだった。彼女と僕は恋人ではない。友達でも、仲間でもない。敵同士の間柄だ。こんな招待は互いに違和感しか感じない。
それでも、神町木乃香の家が一度見てみたかった。彼女がどんな風に育って彼女になったのか……悪に染まったのか。その秘密の一端がわかれば、少しでも彼女のことを理解できるような気がした。
誘われるままにリムジンに乗り込むと、隣に木乃がいた。彼女は困ったような、照れくさいような表情を浮かべながらジッと下を向いていた。
「……暇人」
「な、なんだよ。別にいいだろ?」
「IWOはいいの?」
「今日はいいよ。どうせ、君だってやらないんだろ?」
「私はやるわよ。もっともっとレベルをあげて、あなたというヒーローを駆逐してみせる」
「ず、ズルい! だいたい、君なんてエクストラアビリティあるのに、そんなにレベルも上げてどうするんだよ?」
「ふっ……強者は普段からの努力を怠らぬものよ。私は、悪々堂々と地道にレベルを上げ続けてるんだから」
「あ、悪々堂々? でも、強すぎてズルい!」
「ふふっ……だから、手加減して欲しいとでも?」
「くっ、性格悪いな!」
「な、なんですって!?」
いつも通りの言い合いをしていると、前から「クックックッ……」と笑い声が響く。
「木乃、やっぱりなんだか楽しそうじゃないか」
「お、お父さん!」
「冬馬君、すまんね。娘は普段から口が悪くて。誰に似たんだか、表裏の性格も激しいし。クラスでは、かなーりいい子ぶってたんでちょっと不安だったんだが」
「お、お父さんだってマスコミにはいい格好しいで、無口貫いてるくせに、いつも滅茶苦茶悪口言ってるじゃない!」
「そうだっけ?」
そんな二人のやりとりを見ながら、なんとなく似ている性格であることも、裏でもすごく仲のいい親子であることもわかった。どことなくホッとしているのは、彼女が思春期で絶賛反抗しまくってたり、彼女が偉大すぎる父親の前で全力で猫をかぶっていたりしたらどうしようかと思っていた。
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