撤退後


 ゼルダンアークが去って、すぐに千紗に『妙秘の聖水』を飲ませる。


「……はぁ……はぁ……ごめん。ドジっちゃった」

「なにを言ってるんだ。みんな助かったよ。君のおかげだ」


 それは、心の底からの答えだった。彼女が、マッシュさんやオルテガさんの援護をしてくれてなかったら、そもそもゼルダンアークまでたどり着けなかっただろう。彼女が、命懸けで岳を助けてくれなかったら、すでにこの場にはいなかっただろう。臨機応変な判断力と勇敢さ。この子は、ゼルダンアーク討伐に不可欠なメンバーだと確信した。


「すまねぇ大将。俺らも、ちっとログアウトするわ。APを回復しねぇと、まーた足手まといになっちまう」

「あんまり役に立てなくてすまねぇな」

「なにを言ってるんですか。本当にありがとうございました!」


 オルテガさん、マッシュさんも同じだ。正直、彼らも途中で逃げ出すんじゃないかって思ってた。でも、最後の最後まで、必死に食らいついてくれた。


「冬馬。俺も……じゃあな」

「ああ」


 岳もログアウトする。今回の立役者は間違いなくこいつだろう。あの命懸けの一撃があったからこそ、ゼルダンアークへの狙撃が生きた。通常、あそこまでのプレーヤーなら命が惜しくなって全身全霊の攻撃はしなくなるものだが、あいつは違う。正義のためにという、熱い想いが、そうさせているのだろう。


 そして、僕と千紗の二人っきりになった。


「ねえ……なんでゼルダンアークを追ってるの?」


 あらためて彼女に質問した。


「……あんた、上村冬馬でしょ? で、あっちは塚崎岳」

「やっぱり、知ってたんだ」

「まあね。あんたたちはクラスで浮いてるし。なにより木乃を……ゼルダンアークを追ってる」

「それも……知ってたんだ」


 そう答えると、千紗は僕の瞳をジッと見つめた。


「あんたもやっぱり、知ってたのよね?」

「うん。偶然だけど」

「……ふー。まったく、なんであの子は親友のあたしになんも言わないんだろ。大事なことは、なーんも」

「……」

「で、あたしも勘が悪いからさ。気づいたのは、最近。やたら、あんたの……上村冬馬のことを聞いてくんのよ。その顔が、今まで見たことないような表情で。でも、普段から私たちは一緒にいるから、接点はIWOしかない。そしたら、やっぱりあんたたちのバカコンビがゼルダンアーク討伐の募集をしてて」

「……」

「私はなんにもわかってなかった。ゼルダンアークは普段の木乃じゃなかった。引っ込み事案で、ビビリで、よく変なことを口走る。生き物係で、人の血を見るのも嫌で、優しくて……そんな木乃と……真逆だった。私は親友なのに……そんなのってある?」

「……よくわかんないけど」

「はっ、そうよね。あんたにこんな話ししたって」


 投げやりに千紗はそっぽを向く。


「君だって、ここじゃ全然違う。クラスではいつも喧嘩腰なのに、治癒師の職業をしてるじゃないか」

「……」


 彼女のレベルは人を治癒しなければあがらない。そういう生き方をこのIWOで選んだということだ。


「岳だって、僕だって、現実世界とは全然違う。たまに……いや結構、こっちの世界だけで生きられればって思う。でも、現実世界の僕らだって、僕らだ……それに……」

「……それに?」

「大事な人だから……言えないってことだって……あるんじゃないかな?」


 きっと木乃の千紗に対する想いは嘘じゃない。彼女はそんなに器用な子じゃない。なんだか、無性にそれがわかって欲しかった。


「……」


 千紗は、もうそこからはなにも言わなかった。

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