エクストラアビリティ(2)


 その問いに、木乃はうなずく。


「……よく、見破ったわね」

「おい、冬馬……それって、あの?」


 岳が信じられないような表情でこちらを見る。


「ああ。そうとしか考えられない」


 もはや都市伝説としてしか語られていないことが、目の前で起きている。ある特定の条件を満たすと発現されると言われるエクストラアビリティは、未だ3種類しか見つかっていない。入手の方法は秘匿とされ、一度プレイヤーが取得すれば二度と同じアビリティを取得できない。


 初代自警団リーダーであるレジェンドプレイヤー、バーリックは剣豪職アビリティを600まで鍛えてエクストラアビリティ『剣王』に昇華したと言われている。その剣技は他のプレイヤーの追随を許さぬほど鋭く冴え渡ったとか。しかし、彼が死んで2代目自警団リーダーの聖さんが同じ条件を満たしても剣王に昇華することはなかったという。


 恐らく、木乃が取得できたのは偶然だろう。アビリティの組み合わせは数億通りと言われており、情報を知らなければ意図的にそれを満たすことなど不可能に近い。ただ、彼女はIWOの創始者である神町陽一の娘だ。故意ではないにしろ、彼の趣味・嗜好と似通ってそれを取得できた可能性も高い。


 そして、そう考えるとすべてのつじつまが合ってくる。無尽蔵に生み出される怪人やモンスターも、アビリティ500の必殺すら効かない絶対防御も、エクストラアビリティによる強化の結果だ。実際のレベルは200前後だと推測する。それでも、相当な経験値ポイントが必要だが、ゼルダンアークは無差別に数十万のプレイヤーを狩ってきた。加えて自警団などの猛者を倒してきた実績を考えると届かないレベルではない。


「でも、それがわかったからって、どうにかなるのかしら? むしろ、絶望が広がったようにも思えるけど」

「……いや、エクストラアビリティは決してランダムで不規則なものじゃない。ある程度は、規則的に設けられているはずだ」


 例えば、初めの所有者はレベルが600を超えた時に発現した。これは、言わばIWOで一つの職業を極めた狂人への賞賛。そして、2人目の所有者は、フロンティア系アビリティをひたすらに極めて発現した。これは、その冒険心を讃えてのこと。3人目の所有者は、遊び人・ギャンブラーアビリティでカジノを巡りまくったという珍しさを買われ、それを所有した。エキストラアビリティには開発者の遊び心が込められている。言わば、マニアのための裏ステージだ。だからこそ、僕は予想できる。彼女のこれまでのアビリティを考慮しながら、どんなアビリティを持っているかが予測できる。


「……悪の象徴……六芒星だ」


 そう答えた時、木乃の表情が変わった。


真逆に位置する派生図のアビリティ。その関係は、六芒星で示されている。頂点は悪の総帥職、底点は魔物使い職、とすれば、あとは、スライム職、結界師職、重装歩兵職……そして魔王職。


 考えてみれば、この考え方は自然だ。IWOの開発者である神町陽一は趣味としてレトロなゲームを好んだ。例えば↓、R、↑、L、Y、B、X、Aと入力すれば裏技ができるとか。派生図をコマンドと見立ててサプライズを用意するなんてことは彼らしいユーモアだ。


「はぁ……あなたじゃなきゃ辿り着けない考察だったわね」


 それは、ある意味で賞賛めいていた。派生図の公開はされているが、複合アビリティは無数に存在するので、攻略本などにも書かれていない。実際に僕がすべてのアビリティを習得しており、すべての複合アビリティが使用できたのが大きかった。


「補完で剣豪なども習得してるから、すっかり騙されたよ。君は巧妙に、自分のアビリティを隠してたんだから」


 たとえば、黒の劔(つるぎ)。アイテムレベルが推定500の武器は、たとえ100レベルの者がもつと、威力としては500+100÷2=300レベルとなる。僕の400レベル越えのアイテムを見て、レベルの高い武器でカバーせざるを得なかったのだろう。


「見事ね……その通りよ」

「……潔いね」


 自分の派生図がバレるということは、攻略法を示しているようなものだ。僕なら、なんとか誤魔化そうとあの手この手を考える。


「そんなヒーローみたいな見苦しい生き方はしたくないの。それに、わかったところでそう簡単に倒されるとは思わない。実際、私がここで猛攻をかければ、あなたたちの数名はすぐに倒すことができるでしょうね」

「……」


 確かに、ゼルダンアークの実力が化け物級だってことになんの変わりもない。使用される複合アビリティについてはわかったが、それを理解しているのは実質的には僕だけだ。他のプレイヤーたちは、彼女の猛攻にはついていけないのだろう。そうなってくると、勝機自体が非常に薄くなってくる。


「……っ、はぁ。そろそろ、時間ね。私は失礼しようかしら」

「なにを言ってる? 逃すと思うか?」


 実際、ここまで彼女を追い詰めることができた。今を逃せば、次は確実に対策を立てられる。


「戦況を見渡しなさいな」


 そううながされ、ハッと気づく。マッシュさんも、オルテガさんも、岳も思ったより回復していない。そして、千紗を見ると、苦しそうに両手を胸に抑えていた。


「おい……どうした?」

「……はぁ……はぁ」


 この苦しみ方は……毒か。

「治癒師は大切にすることね。前線にだせば狙われることくらいわかっているでしょうに」

「くっ……」


 岳を治療した時か。あの時点で攻撃は成功していたので油断していた。彼女は、うずくまったフリをして、千紗に見えない攻撃を仕掛けていた。恐らく魔王職の『聯盟の蠱毒』。知らぬうちに対象者に浸食し、やがてHPを0にするアビリティだ。


「わかるでしょう? すぐにアイテムで治療しなきゃ彼女は死ぬ。そして、戦闘を続けるなら私がその隙を与えないことぐらいわかるでしょう?」

「……っ、わかった」


 これは、取引だ。つまりはそういう事なのだろう。やはり、派生図は読み取れても、その強さが陰ることはない。ゼルダンアークの本当の脅威は、その分析力と戦術にある。数十万人のプレーヤーを葬ってきた莫大な戦闘の経験則。それは、たびたび僕の思考力の上を行く。


「でも、面白かった……今までにないくらい」


 彼女はそうつぶやいて、笑った。その表情は純粋だった。仮面越しでもわかるほど屈託のない心からの笑顔。残虐な大量殺人者とは思えないほど、それは可愛らしいものだった。

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