エクストラアビリテイ


 バーを出て5人で歩きながら、僕と岳は後ろでついてくる千紗をチラチラと見る。まさか、IWOの世界で彼女と出会うとは思ってなかった。クラスでの話を盗み聞きした限りでは、優秀なプレーヤーであることは知っていたが。


 彼女の職業は、治癒師(ヒーラー)。主に回復系のアビリティが充実している。多くのプレーヤーは自身が主人公になりたいという願望を持つため、他人の能力を向上させたり、治療したりする職業は比較的敬遠される。だが、戦闘では重宝される能力で、パーティーを組むならば1人は組み込んでおきたい職業だ。


 彼女のアビリティレベルは239。治癒師としたら相当高いレベルである。


 経験値ポイントの取得方法は無数に存在する。効率的には戦闘が一番いいと言われているが、彼女のような回復・補助系アビリティは味方を治療することでポイントを取得できる。ただ、APも限られており、味方が傷ついていなくてはいけないという条件もあるので、本当に日々コツコツと戦闘に出ないと優秀な治癒師は育たない。


 なんにせよ、彼女の性格的に戦闘系の職業の方が向いていると思うが、そこは本人の選択なのでなんとも言い難いところはある。


「……」


 ジッと千紗の後ろ姿を見つめる岳。普段1軍女子と関わりがないから緊張しているのだろうか。確かに、彼女もまた尊いと呼ばれうるルックスをしていると思うが、その性格ゆえに微塵もそんな風には呼ばれない。いやむしろ、木乃に近寄ってくる男子へのガードマンのようなことを常日頃からやっている印象だ。


「何見てんのよ?」

「……っ」


 どうやら、岳の視線をガンと判断したらしい。とりあえず、恐ろしい。恐ろしい性格である。


「君はなんでゼルダンアークを追ってるの?」


 親友が完全にビビってしまっているようなので、僕が代弁して聞いてみる。とりあえず、これが一番の疑問だ。大抵のプレーヤーは逃げの一手だし、遭遇して戦う人はいてもワザワザ彼女を追うような物好きプレーヤーも少ない――まあ、お前が言うな状態ではあるが。それとも、もしかしたら、ゼルダンアークが木乃であることを知っているのだろうか。


「……あんたたちは、さっき言ってたあの恥ずい正義が云々って理由?」

「ま、まあそうだね」

「そうじゃないってことだけは言っておくわ」

「くっ……」


 性格がヤバい。クラスで見てて難儀そうだなって思ってたけど、話してみると相当強気。女子にはカッコいいと人気があって、男子から敬遠されるのも頷ける。さすがは木乃と親友であると言ったところだろうか。


 とにかく、パーティーはバランスよく組めることになった。近接格闘系3人に狙撃系1人、回復系1人。そうなってくると僕が中途半端になってくるが、まあそこはおいおい。全員が熟練プレーヤーだと、アレやコレやと説明しないでいいから楽だ。自分たちのやるべきことを理解しているから、立ち位置や作戦などもサクサク決まっていく。


 そんな中、突如大きな爆発音が鳴り響いた。


「くっ……急ごう! タツは狙撃地点まで」

「わかった」


 二手に別れて、僕らは現場へと全力で走る。今回も人々が多い場所での犯行なので、人混みを逆流しながら走る。到着した先には、ゼルダンアークが待ち構えていた。


「ふーん……パーティーを組んだって訳ね」


 すでに、数十体の怪人たちとモンスター3体を引き連れていた彼女は平然とした様子で答える。一瞬、千紗をチラッと見たようにも思うが、僕にバレた時とは違い、表情には微塵も出さなかった。


「……」


 一方、千紗の表情からもなにも読み取れない。しかし、もはやそんな人間関係を気にしている余裕はない。このパーティーでなんとか彼女を倒すための算段をしなくちゃいけない。


「マッシュさん、怪人たちを。オルテガさんはモンスターを」

「「おう!」」


 現代格闘家は怪人との相性がすこぶるいい。期待通り、彼は正拳突きや身軽な舞踏を駆使し、ヒーロードラマのように怪人をやっつけていく。怪力自慢の戦士アビリティはモンスター狩りで重宝される。こちらも、3体のモンスターに対して互角の戦闘を繰り広げている。


「へぇ……なかなかやるわね。まあ、雑魚に時間をかけても、次々と湧いてくるだけだけど」


 彼女はそう笑って、次から次へと怪人を生み出していく。恐るべきは無尽蔵の増殖力。まさか、悪の総帥職にこれほどのポテンシャルが秘めているなんて思わなかった。


「よし、俺たちも……」

「岳、動くな! 君はアレだ」

「で、でも……」

「千紗! 君はマッシュさんを援護」

「了解」


 どうやら、指示には快く従ってくれるようで安心した。まずは、疲労度が高まるまでに、小まめに現代格闘家を回復させる。彼が持ちこたえてくれる限りは、戦線は大きく崩れない。


 やはり、最後の攻撃は岳の必殺技、疾走する斬撃(ウインド・スラツシユ)。だろう。特訓のお陰で、そのレベルはすでに450。以前は、指一本で止められてなす術もなかったが、逆の発想で行けば指に防御を集約して為せる業だったのではないかと仮説を立てた。


 絶対防御。結界師が使用するアビリティと重装歩兵のアビリティをかけ合わせた複合アビリティだ。派生図が離れているので使用者はほとんど見たことないが、一点集中で使用すれば倍のレベルまでなら防御可能だ。しかし、このアビリティは他の箇所の防御が疎かになる。ならば、勝機はそこにある。そして、彼女を撹乱するのは……僕の役目だ。


「あなた……正気?」


 怪人たちやモンスターたちの前を堂々と渡って、木乃の下まで歩く。そこで、暗殺者職と工作員職の複合アビリティ『気配消し』を使用。CPUにはより気配の強い方に向かうような特性があるため、マッシュさんやオルテガさんしか見えていない。彼らにとって、今の僕はそこらへんの木や建物と同じようなものにしか感じていないはずだ。


 ここで、木乃の前に立つ。至近距離でここまで間合いを詰められたのは初めてかもしれない。


「フフ……それで、どんな攻撃を見せてくれるのかしら?」


 彼女はそう尋ねながら、後方の岳への警戒を怠らない。いや、むしろ大半の神経をそちらに向けていると言っても良い。所詮、僕のレベルは40後半。彼女を脅かせるほどのアビリティはない……と


 取り出したのは、名刀『菊一文字』。


「剣ね……面白い」


 彼女も笑顔でそれに応じる。手から発生させたのは、禍々しい漆黒の光。すぐに解析をすると、『闇のつるぎ』と表示された。見たことのないアイテムではあるが、驚きはしない。


「はあああああああああっ」


 全力で走りだして、両手で刀を振り下ろすが、闇の劔で防がれたことによって、菊一文字が消滅した。レベル400越えの名刀を瞬時に消滅させるほどのアイテムに、心の中でたじろぐが、思考はすぐさま別の方へと向かう。両手を地面につけて身体ごと回転、足払いを狙う。こちらは、ダンス職とカバディ職と複合アビリティ。名前はないオリジナルだ。


「くっ……」


 足を取られてバランスを崩す。やはり、無敵ではない。どれだけ身体を強化できても、どれだけ最強の武器を持っていても、足払い程度で身体をよろけさせることができる。そのまま、前蹴りで黒の劔を上空へ飛ばす。その時、彼女の片手が僕の首元に伸びてくる。


「カハッ……」


 息ができずに思わず喘ぐ。


「フフフ……惜しかったけど、ここまでね。あなたの非力じゃ、私の腕力を振りほどくことはできない」

「ぐぐっ……」


 。それは、視線を動かすだけでよかった。頭のよい木乃なら、勘の鋭い彼女なら、僕の首の骨をへし折る前に気づくはずだ。


「……っ、まさか」


 計算通り。彼女は上空に舞い上がった黒の劔(つるぎ)を追っていた。そして、地面に落ちるはずのそれは、騎士職である岳が持っており重力と共に渾身の必殺技を見舞う。疾走する斬撃(ウインド・スラツシユ)。こちらの最強武具グンニグルでは歯が立たなかった。だが、彼女自身の最強武器であれば、彼女の最強の装甲も貫ける。


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ」

「くっ」


 木乃は僕を離し、両手を重ねて黒の劔の突きを防ぐ。


けたたましい衝撃音が広がり、周囲に爆風が広がる。その威力で発生する激しい暴風。僕も、マッシュさん、オルテガさんも、吹き飛ばされた。

 やがて砂埃が晴れると、完全に防ぎきったゼルダンアークと、その両手を貫けずに悔しそうな表情を浮かべる岳がいた。途方もない一撃だった。紛れもなくレベル500を超えた世界最強級の必殺だった。しかし、それすら防ぐ絶対防御。これで、彼女が推定600レベルを叩き出していることが証明された。


「ぐ……ぐぐぐぐぐぐっ」


 岳はその場で崩れ落ちてブラックアウトした。APが切れて活動停止。一方、ゼルダンアークは無傷で立ち上がっている。まさしく、最強。まさに、化け物。あまりの圧倒的な強さに思わず震えが巻き起こる。


「残念賞……これで、終わ……」


 勝ち誇ったように岳にとどめさそうとした時、彼女の膝が崩れ落ちた。

 。僕らはニヤリと笑った。


「千紗!」

「わかってる」


 広範囲回復魔法。この隙に、岳のAPを戻して、後方に引かせた。一方、木乃は胸を抑えながら、なにが起きたのかわからずにうずくまっている。


 最初から気配を消し、虎視眈々と獲物を狙っていたスナイパー職のタツさん。彼の狙撃が、彼女の胸へと撃たれたのだ。岳の攻撃を絶対防御で防がせて、他の箇所を直撃。見事HPは3分の1ほど削ることができた。これは、実際のダメージ以上にパーティーの心理を軽くした。確かにゼルダンアークは最強である。でも、相手は同じプレーヤーで倒せない相手ではない。


「……フフフ。やっぱり、面白い」


 やはり不敵な笑みを浮かべて、彼女は立ち上がった。おそらく、あまりない経験なのだろう。身体自体が重そうであるが、まだHPにも余裕がある。こちらも一度パーティーを集結させて戦線の立て直しを計るが、戦力は芳しくはない。マッシュさんも、オルテガさんも、疲労困憊。岳に至ってはAPをギリギリ戻した程度。スナイパー職であるタツさんのことも見破られてしまった……しかし、おかげで、彼女の強さの秘密についてはわかってきた。


「ゼルダンアーク、君はの持ち主だな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る