授業参観

 一日に数回、プリント配布されるたびに、漏れなくメッセージを送ってくるマメな木乃だったが、その日は、一つだけなんの反応もないプリントがあった。


 それは、授業参観の案内だった。


 彼女の父親は天才開発者である神町陽一。彼女が高校に入って2年間。行事のたびに参加する親バカである。二人の仲もよさそうで、本当にいい親子なんだなと感じていたが、背中から感じる彼女は、どことなく元気がないように見えた。


『なんかあった?』

「……」

『もしかして、お父さん来れないの?』

「……」

『しょうがないだろう。仕事だったらさ。元気出しなよ』

『う、うるさいなぁ。なんなのよ! 別に気にしてないし、元気よ。私はもう高校2年だし、むしろ授業参観なんてある高校の方が珍しいでしょう!』

『でも、なんにも書いてこなかったし』

『たまたまよ!』

『なら、いいんだけど』

『と言うか、どっちよ! 私は倒すべき敵で、憎むべき相手でしょう? 弱ってたら、いいんじゃないの?』

『元気ない木乃は見たくないよ』

「……っ」


 そっから、返事は来なくて、なんだか自分も恥ずかしくなって、それっきりだった。会話の流れで自分の率直な気持ちを書いてみただけだったのだが、今考えると気恥ずかしくなってくるセリフだ。


 僕は木乃を一体どうしたいのだろう。こうしてやり取りをしていると、本当にわからなくなってくる。彼女を倒さないといけないことはわかっているが、彼女が悲しむ顔は見たくない。だからって、1軍同士の会話で笑っている表情は、見ていて胸が苦しくなってくる。早朝と放課後にハムスターの餌をあげながら、微笑んでる顔を見ると抱きしめたくなってくる。IWOで勝ち誇ったように高笑いを浮かべていると憎たらしくなってくる。彼女の笑顔に、僕の気持ちは万華鏡のように変化する。


 その想いがなにを意味するのかは知りたくもなかったし、詮索するつもりもなかった。結局、僕と彼女が繋がっているのはIWOにおける敵同士の関係だけだ。現実世界では1軍と4軍の間柄。実生活では超平民と大富豪。今後、彼女との関係がそれ以上に発展する未来はどうしても想像できないし、そうなるなんて思うのはおこがましいとすら感じた。


 でも、彼女のことをもっともっと知りたいって思った。なんで、彼女が悪を愛するのか。彼女がなぜIWO内で悪事を働くのか。それが、彼女との唯一のつながり……絆とも呼べない歪んだ糸だったから。

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