昼休憩

                     *


 翌日の昼休憩中。いつものように、1軍が教室の中心を席捲している中、僕と岳が隅っこの席でメールの応酬を繰り広げる。反省会というよりは愚痴の応酬である。


『どう考えても不正してるだろ』


 岳が悔しそうに携帯電話の画面を叩く。もはや『負け犬の遠吠え』と言われても仕方ない。結論だけを見れば、ボロ負けの極み。頼みの自警団は全滅。むしろ、反撃されて、ジリ貧の撤退戦を強いられたのだから。異常なまでの強さに、あきらめの気持ちが脳裏によぎる。しかし、それでどうなるものでもない。考えなくては、なにも始まらない。


『……いや、なにか、からくりがあるな』

『なんだよそれ?』

『そりゃ……わかんないけど』


 言ってみただけ。ちょっとカッコよく言ってみただけだが、それはなんとなくしっくりときた。自警団のような猛者との戦いでも無傷。それは、彼女の不死性を表しているが、もちろんそんなプレーヤーなどいるわけがない。


『……どうする?』

『うーん……』

『仲間を集めようぜ。やっぱり、俺たちだけじゃ太刀打ちできんぜ』

『……』

『とにかく、俺は今日から集めるから!』

『……』


 岳の宣言に、肯定も否定もしなかった。現時点で、なんの打開策も見出せない状態では、僕に止める権利はない。しかし、それをすることは自分たちが卑怯であることを認めるような気もした。勝てればいいのか。勝てればなにをしても許されるのか。思わずそんな自問自答が繰り返される。


 連想するのは、やはり戦隊もののヒーロー。5人のメンバーが、悪役1人に対して全力でフルボッコにする。昔はなんの抵抗もなく見ていたが、今だと見える景色が多少違う気もする。仮に、悪役から『手下引っ込めるから、正々堂々と1対1の勝ち抜き戦しようぜ(キリッ)!』とか言われたら彼ら戦隊ヒーローになす術はあるのだろうか。


 悪は往々にして『迎え討つ美学』なるものがある。勝つのは常にヒーロー。だが、最も強い者は、実は悪であることが大半だ。姑息といわれるのは悔しいが、結局アレやコレやと策を講じざるを得ないのが弱者であるが故の宿命である。


 堂々と去って行くゼルダンアークの背中は、正直言って凛々しかったし格好よかった。彼女は、最も格好のいい悪になろうとしているのではないか。そんな彼女に、僕らの虚弱で卑怯で姑息な正義が通用するのだろうか……


 チャイムが鳴って、授業が再開された。背中に見えるのは、倒すべき敵であり、このクラスの中心に位置する一軍。そして、振り返れば非常に尊い顔立ちをしている木乃。


『弱者』

「……」

『卑怯者』

「……」

『ヒーロー』

「……っ」


 と口々に記載してくる嫌がらせに、さすがの僕も黙ってられない。


『あまり調子に乗らないで欲しいな。現在、君を倒す新作戦が絶賛進行中なんだから』

『フフフ……無駄な努力をして。まあ、せいぜい頑張ってね』


 くっ……余裕発言。しかし、言えることはせいぜい負け惜しみとハッタリだけ。悔しかったからつい反論しては見たものの、本来だったらぐうの音も出ない。当然、ミッフィーちゃんのタッグメモに書く言葉が思い浮かばない。


『怒った?』

「……」

『ねえ、怒ったの?』

「……っ」

『な、なんなんだよ! 怒ってないよ! 怒るとしたら、むしろ自分の無力さだよ。君を打倒できない情けなさからだよ』


 返事をしなかったらしなかったで、なにかしら信号を出してくる、かまってちゃんな彼女。


『まあ、あなたはヒーローにしてみたらマシな方だから……元気だして?』

『どうしたいんだよ君は!』

『元気だして、私に立ち向かってきてひれ伏して欲しい』

『ゆ、歪んでるよ君は』


 しかし、そんなところも可愛いと思ってしまう自分を慌てて打ち消す。彼女は、憎むべき悪そのものなのだから。

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