共闘


           *


 放課後、まっすぐ家に帰ってダイブ。IWOの世界に入り、犯行予告周辺の場所で岳と待ち合わせをする。僕がなんで彼女の居場所がわかるのかを、岳が疑問に思わないでもなかったが、そもそもあまり深く考えるようなタイプでもないので、特に質問も受けることはなかった。


 ファンタジーエリアの代表的観光地、グレーシスコ領ゲルディナス城。町は黄土に彩られた煉瓦造りの建物が並び、壮麗な景色だ。いたるところで旅人や亜人のCPUが跋扈し、とにかく種々の多様性がすごい。出店などでは一部揉め事などが発生しており、クエスト系の依頼が各ポイントで発生している。この地はIWOの中でも屈指の密集ポイントで、数万人のプレーヤーが常にこの一帯をウロウロしている。


「こ、こんなところで戦ったら、何人のプレーヤーが巻き添えになるか」


 街道を歩きながら、岳がつぶやく。


「……」


 数年前のゼルダンアークは、小さな村や町など小規模の集団を襲うのが定番だったと聞く。しかし、ここ最近は大都市や、軍などが在中している本部に直接乗り込んだり、とにかくやっていることがどんどん過激になっている。木乃とは以前よりも距離感が近くなったように感じなくもないが、あくまでゼルダンアークとしての彼女は絶対悪であった。すでに、十回ほどの戦闘を重ねているが巻き添えになったプレーヤーは数知れない。


「絶対に止めないとな」

「……うん」


 確かに、現実における死と同義ではないのかもしれない。でも、ゲームオーバーの辛さは自分にとっては同じようなものだ。苦労して収集したアイテム、幾度の死線をくぐり抜けクリアしたダンジョン。大切な思い出がここにすべて詰まっていると言っても過言ではない。そして、そんなプレーヤーは僕だけでなく何千万と存在している。なんの罪もなくIWOで遊んでいるプレーヤーが、単なる彼女の気まぐれによってなかったことにされてしまう。そんな理不尽なことは絶対に阻止しなければいけない。


 約束しているポイントは街から外れた草原だった。


「……っと、きたきた」


 向かいからやってきたのは、6人組の自警団のパーティー。いずれも、上位ランカーたちだ。


「……」


 彼らを見て、思わず頭に浮かんでしまう。ゼルダンアークが――木乃が自警団にやられてアカウントが消失してしまう時の映像を。彼女が、IWOの世界にのめりこんでいるのは事実だ。僕や岳と同じくらい、いや、それ以上に愛着を持って過ごしている彼女からそれを奪い去ることに、どうしても違和感が残ってしまう。


 彼女のアカウント消失は当然だ。運営サイドで行われないなら、自警団でそれが行われるのも自然な流れだ。いや、自業自得と言う言葉がこれ以上似合う事象も少ないだろう。殺人犯が殺される。テロリストがテロにあう。戦争主犯者が戦地に無理やり送られる。これとまったく同じだ。むしろ、これほど当たり前な因果応報はないだろう。無差別に、自分勝手に他人のアカウントを消失してきた彼女が、アカウントを消失させられる。それだけの話だ。


 それでも……心が落ち着かないのはなぜだろう。


「リーダーである『堅侍』と申す。よろしくでござる」

「……よろしくお願いします」


 ハンドルネームと話し方がすこぶる変だが、堂々と名乗る彼はもちろん有名プレーヤーだ。レベル300越えの侍アビリティ『居合切り』を持っていて、不用意に間合いに入れば、気づく前にアカウント消失させられているというほどの実力者だ。


「心配するな。拙僧らがくればもう心配はいらない」


 そう言って僕の肩をポンポンと叩くのはハンドルネーム『ブッシャリオン』。仏教の家系でIWOをするにあたり、親族から『仏教系のアビリティのみを』と強制させられたプレーヤーだ。職業は僧。念仏や、喝等の遠隔的な攻撃が得意とされている。


 他にもメカニック職、魔法使い職、狩人職などアビリティが多彩となり、かつレベルの高い有名プレーヤーが来てくれた。わざわざこんな高校生の発言を信用してくれただけでもありがたいのに、かなり戦力を揃えてきている。


 パーティー編成による協力プレーは、このIWOの世界でも一般的に行われている。アビリティ自体は各々偏る傾向があるので、その弱点を補うような形で編成される場合が多く、それこそがIWOプレーヤーの醍醐味だという評論家もいるほどだ。僕は岳としか組んだことがないが、ギルドのミッションによって、様々なパーティ編成を試していくプレーヤーも多い。


「……」


 これならば、ゼルダンアークの多彩で高レベルのアビリティにも対抗できる。いや、そもそも最初からそうすべきだったのかもしれない。自分たちが倒したいという欲求。自警団に頼らないというこだわりが犠牲者を多くしてしまっていたのは事実だ。本当にプレーヤーのことを考えるのなら、本当にヒーローになろうとするのなら、自分の感情など二の次なんだろう。


 今回は包囲網を形成して、彼女を追い詰める作戦だ。普段の自警団なら、一般プレーヤーである僕らの情報を信じて行動はしない。彼らは独自の情報網をもった信憑性のある情報屋から仕入れて行動する。しかし、ゼルダンアークは突如として出現し、現れる場所もまちまちなので、特定できずにいた。


 その点、僕らの遭遇率は異常だったらしい。一般のプレーヤーならば、この広大な世界で、何十億人のプレイヤーたちが行動する中、一人の悪人を特定するなど不可能に近い。


「でも、不思議でござる」


 堅侍さんがボソッとつぶやく。


「なにがですか?」

「お主らは、拙者たち自警団がどれだけ探しても見つからなかったゼルダンアークと、十回にも渡って戦闘を繰り広げている」

「ま、まあ偶然が重なって」


 口が裂けても同じクラスメートとは言えない。


「偶然でござるか。偶然で、この一週間で3回もゼルダンアークと戦闘を?」

「か、彼女の足取りから推測して」

「どうやってでござるか? お主らの交戦記録を見させてもらったが、その場所にはなんの規則性もなかったでござらんか」

「……それは」


 ヤバい。疑われている。しかも、これは僕と岳がゼルダンアークと共謀していることを疑う目だ。プレーヤーにおける個人情報の詮索はご法度であるが、自警団にも相当数の被害がでているので、そうも言ってられない状況なのだろう。


 その時、轟音と悲鳴が鳴り響いた。


「ゼルダンアークか。お主らはここにいるでござる」


 堅侍さんは冷静に、そうござる。


「な、なんでですか? 俺たちも行きますよ」


 岳が食い下がる。


「拙者ら自警団にとって、お主らも守るべき一般プレーヤーでござる。情報提供には感謝するが、ここから一歩も動かないことでござる。安心するでござる、お主らのおかげで敵に奇襲を仕掛けられそうでござる。それに、護衛も1人置いていくでござる」


 堅侍さんのくどいぐらいの『ござる』指示で、仏頂面のブッシャリオンさんが側につく。


「……」


 護衛と言うよりは、看守に近いのだろう。彼のアビリティは束縛・呪縛系が多い。僕らが行動を起こそうとすれば、即座に行動の自由を奪って拘束する。そんなアビリティのメンバーを配置したことこそが、まさしくその証拠だ。いや、もはやここに来る前までに、こうすることは予定されていたのように思う。もし、ここでもゼルダンアークがくれば、ほぼ共犯であることは確定。後ほど、自警団事務所に連れられて、状況証拠から粛清されるという笑えない結末を辿ってもおかしくない。


 パーティーの一人が、魔法使いアビリティの飛翔呪文を唱え、5人は悲鳴の方向に飛んで行った。


「どうする?」

「どうするもこうするも」


 周囲を見渡し、すでに囚われている状況を再確認する。ハッキリ言って、完全に油断していた。すでに、ブッシャリオンさんが結界を張っていて不審な動きをすれば、まずは『喝』で動きを止められ、『念仏』で行動不能にさせてくるだろう。岳の騎士職はブッシャリオンさんの僧職とは相性が悪い。僕もいくつかのアビリティを取得しているが、先手があちらにある以上、下手な行動は起こさない方がベターだ。


「……何妙法蓮華」


 な、なにやら念仏を唱え始めているが、これはアビリティではないようだ。相手は百戦錬磨の強者であり、明らかに粘り強い性格の持ち主だ。


 かなり不本意ではあるが、ゼルダンアークが彼らに勝利してもらわなければ、自分たちの身の上が危険な状況に陥ってしまった。岳は特に自覚せずにふてくされているが、正直なところ一発ぶん殴ってやりたい気持ちではある。


 遠方で激しい戦闘の音が拡がる。やはり、両者とも相当な実力者同士。本来ならば、遠隔モニターで観戦したいほどのレアバトルであるが、今はそんな場合ではない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る