本性

          *


 授業のチャイムが鳴って、相沢先生が入ってきた。


「はいはい、随分元気になったようだからサッサと授業行きな」


「「そんなことありません!」」


 と、またしても声の揃った反論をしてしまい、互いに顔を見合わせる。ほんのりと頬の紅い木乃を見た僕の頬も、多分それよりも赤かったに違いないので、慌てて顔をそらしてしまった。


「カッカッカッ……青春だねぇ」


 鳥系モンスターのような笑い声をあげて、先生は机に向かってなにやら作業を続けていた。


 慌てて2人して保健室を出ると、そこでもうひとつの問題が浮かびあがる。すなわち、『どうやって教室に帰ろう問題』だ。


 当然、僕もお腹が痛くて、木乃も体調が悪くて保健室にいたのだから、一緒に戻っても不自然じゃない。だが、4軍と1軍の身分格差は健在。当然、2人して帰ってきたら『なんだお前は』という図式になる。一方で木乃のほうは、知ってか知らずかスタスタと廊下を歩いていく。


「どうしたの?」

「いや……その……」


 言いづらい。彼女の前でそんな卑屈な発言はしたくないという感情が湧き上がってくる。


「……なるほどね」


 そんな雰囲気をなんとなく感じてくれたのだろうか、木乃はうんうんと訳知り顔でうなずく。


「まあ……そういうこと」


 今、自分はどれだけ情けない顔をしているのだろうか。お城の姫が平民と一緒に歩けないという事実を突きつけられることがこの上なく恥ずかしい。

「次の時間って理科室だった……からこっちね」


 !?


「ち、違うよ。国語だよ」

「そうなの? じゃあ止まらずにさっさと歩いてよ。それでね、勧善懲悪の考え方はね――」

「へ、平気なの?」

「なにが?」

「ほら、僕らってアレじゃん」

「敵同士ってこと? それは、こっちの世界に持ち込まないってあなたが言ったじゃない」

「そ、そうじゃなくて」


 本当にわかっていないのか。それとも、わかっていてやっているのか……恐らく前者なんだと思う。あんまり、そういうことを気にしない子なのか、僕が気にしすぎなのか。


「ねえ、早く行かないと遅刻しちゃうよ?」

「……うん」


 それでも、足は待ってくれる彼女の方に向かい、2人で前へと進みだす。前と後ろの関係が、隣と隣になることで見える景色も随分と違う。彼女は結構身長が高くて華奢だ。縦の線も細いが、横の線も細い。意外にもおしゃべりで、笑うというよりは生き生きと話す。


 教室の廊下まで来たところで、「木乃ー」と呼ぶ声がかかる。クラスメートの新木千紗だ。多分、木乃とは一番の仲良しで、彼女はいつもどおり柔らかい笑顔を返す。そして、僕に「またね」と言い残して友達の元へと駆け寄る。新木はすこし僕の方を見つめながら、耳打ちする。それを、困ったような笑顔で返す木乃がなんだか妙に印象的だった。

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