保健室

                    *


 体育の時間。サッカーは、3軍にとっては雑用、2軍にとっては接待、そして4軍である僕と岳にとっては空気となる。走ってパスを要求したところでパスはこない。ボールが間違ってこちらにきたとしても敵も味方も寄ってこない。完全なる空気。ただ、彼らが1軍のために右往左往しているかたわらで、運動神経皆無な僕と岳が、この場合コソコソと話していたりしてても平気なのだから、こちらの身分も案外捨てたものではない。


「あれ……木乃って体育参加してないね」


 隠れ文春(3軍)がいないこの時間は、いつも岳とIWOの話に興じるのだが、今日は隣で女子がポートボールをやっているので目についた。ここでは、多少のあだ名呼びでもバレることはないだろう。


「ああ、保健室で休んでるよ。というか、あいつは持病でずっと体育には参加してないよ」

「持病?」


 ドキッとした。普段から、健康体の人としか関わりがない日々を過ごしてきたので、身近な彼女がそうであることに少なからず驚いた。


「俺も詳しいことはよくわからないんだけど、中学からだから、不治の病ってやつかな……ますます尊いよな」

「……」

「ん? どうした?」

「ったたたた、なんか腹痛くなってきた……」

「ええっ! 嘘だろお前、このタイミングで? この会話の流れで? お前、ただ保健室行きたいだけじゃないのか? やめとけよそんなの」

「ほんとほんと! ったたたたた……」

「マジかよ……先生! すいません、こいつ腹痛いみたいです!」


 岳が大声をだして、授業が一時中断するほど大ごとになった。で、2軍の大迫君が保健委員だから先生に連れて行けと指示されていたが、「一人で行けます」と言って抜けてきた。


 本気で心配してくれてる岳には悪いと思ったが、なんだかすごく彼女の様子が気になった。罪悪感はあった。そもそも、人の病気を根掘り葉掘り知りたがるなんて、まるで週刊誌の記者みたいで、大いに自己嫌悪があったが、それでも足は保健室へと動いた。


 近くまで行くと、相沢先生がボーッと保健室の前で立ってた。20台後半だと推定される彼女は、その大人な美貌から生徒たちからの人気も高い。


「げっ……どうかしたの?」


 相沢先生は、明らかにバツの悪そうな顔を僕に向ける。


「いえ、あの……お腹が痛くて」

「マジか。わかった」


 そう言って、保健室の扉を開けてパンパンと手を叩く。中には、ベッドで寝ている木乃と少し離れた距離にいる他クラスのイケメン男子がいた。


「はいはい、本当の病人がきたから、青春ごっこ終わり終わり。木梨、お前は健康体なんだから適当にトイレにこもって、チャイムがなったら教室戻りな。いや、まあ心中はお察しするが、お前の病はなんともできん」

「はい……」


 明らかに僕より気分が悪そうな彼は、肩を落としながら去って行く。


「冬馬君?」


 そう言われて、顔中の温度がボッと上がったのを自覚した。思えば、彼女に話しかけられたのは初めてだった。いつもの会話はIWO内でか、プリントの応酬だけだったから。


「なんだなんだ? お前も、木梨と同じ心の病か?」

「「そんなんじゃありません!」」


 僕と木乃の声は見事に一致した。


「……ふーん。わかったわかった」


 ニヤニヤしながら、相沢先生は全然わかってないような表情を浮かべる。


「で、お腹が痛いんだって?」

「は、はい」

「じゃあ、そのベッド座で休んでなよ。チャイムが鳴ったら、次の授業にはしっかり行きな」


 そう言い残して、相沢先生は再び保健室を出て行った。


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