翌日

          *


 木乃が去った後、岳と合流。実質的な敗北を喫し、彼女に屈辱的な形で弄ばれた僕は、金土日ぶっ通しでモンスター狩りをして経験値ポイントの取得に励んだ。恐らく、単独ではゼルダンアークには勝てない。だが、岳がいればほんの少しだが勝機があると踏んだ。


 そのまま不眠不休で、IWOを終えたときには、すでに朝日が顔を出していた。徹夜だったからか、登校時は無駄にハイテンションになって「太陽がまぶしいぜ」とか言いながらフルーツオレを飲みながら登校。


 クラスで木乃に会うことを気まずく思わなくもなかったが、元々身分は違う。こっちは万年クラスでシカトの4軍。あっちは、生まれながらに勝利者の1軍。高校生活を始めて2年間、特になにも話すこともなかったのだから、いまさら構えてみたところでなにもないだろうとタカをくくっていた。


 だから、当日のその時まで僕は完全に油断していた。


 ――が、気づけば僕は彼女の後ろにいた。HRで行った席替えでまさかの配置。彼女の隣には壁と窓。真後には僕。


「……っ」


 き、気まずい背中だ。週末はあれだけ悪役の高笑いを浮かべていたにもかかわらず、他のクラスメートに「ご機嫌よう」と令嬢挨拶を繰り出し、背中をピンと伸ばして姿勢よく行儀よく授業を聞く彼女はまるで絵画のようだった。とてもじゃないが、「オーッホッホッホ」と高笑いを浮かべている人物と同じだとは思えない。


 IWOでは死闘を繰り広げる敵同士。教室では、クラスメートで前後の席。そんな日々は自分の心のバランスを大いに欠くことになった。


『なんで、あなたってそんなにアビリティ持ってるの?』

『それは、秘密のよしこちゃん』

『なにそれ? 全然、面白くない。そもそも、よしこちゃんて誰よ』

『う、うるさいなぁ。それより早く降伏しろよ』

『なんで悪が正義に屈しないといけないのよ。ヒーローが屈しなさいよ』

『悪の怪人にヒーローが負けて世界征服されているテレビ番組見たことある?』

『あれって虐待だと思う』

『そんな訳ないだろ!?』

『認めなければ勝ちってものじゃないのよ』

『意味がわからん……てか、君は猫かぶりしすぎてるだろう! 普段から、この前みたいに高笑いしてればいいのに』

『バラす気!? バラす気なのね! さすがはヒーロー。バラすなら、バラしなさいよ! バラしてみなさいよ!』

『……それは僕のヒーロー像が崩れるからやんないけど』

『私のヒーロー像とはマッチしてるけど』

『それがどんなキャラでどんな番組だったのか、小論文にして僕に提出してくれないか』


 プリントの配布と回収をするたびに繰り広げられる応酬は、他のクラスメートには確認できぬところで行われた。もしかしたら、周囲が気づかないほど巧妙にはできてなかったのかもしれない。でも、4軍である僕と1軍である木乃にそんなやりとりがあるなんて、夢にも思っていないのだろう。


 携帯電話の連絡先を知っているわけでもない。友達でもなく、クラスでの会話もない。プリントを配布し、回収する行為だけにつながりを持つ特殊な関係性。どことなくそれは、彼女を以前より身近に感じた。


 それまでは、木乃と自分は、死ぬまで関わることはないと思っていた。もしかしたら、その彼女の美貌でモデルや女優とかになったら、一言二言話せることを、職場の同僚に自慢できるかもなんて思い浮かべるレベルだった。


            *


 一方でゼルダンアーク、神町木乃香の戦いは熾烈を極めた。毎回、僕と岳とでコンビネーションを組んで彼女に対抗する。『2対1で向かってくるなんて、さすがは卑怯。さすがは正義』と挑発され精神的には外傷を負ったが、勝てないものは勝てないので致し方ない。


 そして、戦っているうちに、だいたいの傾向も掴めるようになってきた。まず、木乃は、複数のアビリティを推定レベル400まで高めている。これは、明らかに異常な経験値ポイントを必要とする。一点集中型である岳の最大アビリティレベルが357であるのに、複数それを凌駕するレベルのプレーヤーは世界を見渡してもそうはいない。


 実際、世界最高レベルになるとレベル500のアビリティが3つというプレーヤーがいるが、その年齢はすでに40歳。このIWOが開始されていた当初からゲームを始めているプレイヤーで、すでに殿堂入りのレジェンドである。僕や岳や木乃などと言ったプレイ歴が10年足らずの高校生で追いつけるような数字じゃない。


 しかし彼女は同レベルのアビリティを少なくとも5は所有している。これは、レジェンドプレーヤーの取得アビリティポイントを遥かに凌駕している数字だ。


『どう考えてもあり得ないだろう? アビリティがもっと少ないか、アビリティレベルが多いような細工を施してるんじゃないか?』


 昼休憩中、岳が納得しがたい様子でメールをうつ。やはり、歯が立たずに撤退を余儀なくされ、緊急で密かにメール反省会をすることになった。


『いや……それはない。召喚士、魔物使い職のどちらかは確実に400以上だし、悪の親玉職も確実に同レベルだ」


 だからこそ、非常に脅威なのだ。


 見逃してはならないのは、複合アビリティの存在。これは、二つ以上のアビリティを掛け合わせてまったく新しいアビリティの効果を生み出す高等技術だ。実際、ゼルダンアークは召喚アビリティとなんらかのアビリティを掛け合わせて、大量に発生する怪人とモンスターを生み出していると推測する。そうでなければ、単体のアビリティであれだけの増殖力を誇るわけがない。


 また、これが厄介な代物で長期戦にはすこぶる有利だ。特に僕のようなアビリティを多彩に取得している者にとっては、怪人の攻撃一つでも喰らえば致命傷となりかねない。なので、長期戦をするには神経が持たない。


『だったら、悪の総帥職のレベルに特化した400レベル超えで、他はそこまで大したアビリティじゃないってことは?』

『あり得ないな。百戦錬磨の猛者が切り札を隠しておかずに戦闘を始めるとでも?』


 先手必勝型である岳であれば、それもありえただろうが、根本的に後方操作型の彼女が、後ろから高笑いを浮かべている彼女が、初手ですべてを見せると思うほど楽観的ではいられない。


『じゃあ、お前のようにバクった不正な経験値ポイントを取得をしてるってことか?』

『し、失礼な!』


 他のプレーヤーと変わった成長の仕方をしていることは否定しないが、反則のように扱われるのは心外だ。確かに僕の経験値ポイントをを彼女のように振り分けようとすれば、彼女のアビリティレベルに肉薄することは出来るかもしれない。


 しかし、それはあくまで理論上成立しうることで実行することなどは不可能だろう。なぜなら、僕はポイントを均等に割り振って高難易度とされるモンスターを倒してきた。彼女のようなポイントの割り振りは強さを度外視したこだわりから生まれたもので、必然的に倒せる高難易度モンスターも限定されるだろう。


『そうなってくると……本当に不正バグを使ってるのかもしれないな』

『……』


 客観視してみればそれが一番可能性が高い。岳には秘密にしてはいるが、ゼルダンアークは神町陽一の娘なのだから。開発者である父親の力であれば、それは容易に実行できるだろう。しかし、それも信じたくない事実だ。地元の誇りである世界的天才が自分の娘のために不正なアカウントを用意するなんて。


 そして、それは神町陽一の美学にも反するような気がした。僕も岳も彼の記事が出るたびにスクラップでまとめているほどの大ファンだが、彼の理念の柱は二つ。公平性と不完全性だ。


 『不完全性と公平性が神町陽一を司る最大の要素である。彼の発想の根幹は神への否定であり、完全で不公平な権力者への反逆こそが、まさしく彼の生き方そのものなのだ』


 IWOの共同開発者、小笠原達也は彼をそう評した。インタビューなどでほとんど語ることのなかった神町陽一だが、彼にだけは心を許し、それが著書となって記されている。


『完全なモノになど、なんの魅力も感じない。物事は不完全であるほど美しい』。彼はどんなに高難易度のミッションやモンスターにも必ず攻略法や弱点をもたせた。それは、商業上の理由で仕方なくかもしれないが、IWOという世界自体にそのこだわりがちりばめられているとも言える。


 そして、もう一つ。彼の代表するこだわりとされている言葉が残されている。『すべてのプレーヤーが同一条件でなければいけない。たとえ、不合理な結果であったとしても、それは真摯に受け入れるべきだ』。課金要素の排除は、当時の経営陣とも壮絶な論争があったそうだ。結局、神町陽一の天才性抜きにIWOが成り立たないということで、課金要素が取りやめられたが、そこまでする信念の人が自分の娘だからと言って軽々と不正アカウントを準備するとは考えづらい。


 そうなってくると、彼女はなんらかの方法で天文学的な経験値を取得していることになるが、どうにもその方法が思い浮かばない。どれだけ思考しても辿り着けない謎に、思わず恨めしく睨めつけたくなるが、その姿が尊いのでその願力も半減してしまう。


 結局、これらのメールのやりとりが平行線に終わり、チャイムが鳴って授業が始まる。そして、いつもどおり、プリント配布のたびに勝ち誇った笑顔を浮かべてくる木乃に、負け惜しみのメッセージを書く。それが、ここ最近の定番となっていた。


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