敗北

 だが、問題はここからだ。僕はまだ彼女に一度として攻撃をできていない。そして、木乃のアビリティをすべて特定しきれていない……いや、意図的に隠されている。


 厄介な相手だ。


 心の底からそう思った。実力としては、世界ランカー上位と肩を並べる岳を遥かに凌駕するほどのアビリティレベル。そして、汎用性の高いアビリティを駆使して自身の派生図を読み取らせない。


 実力も戦術もともに、世界トップレベルの相手であることは認めなくてはいけない。


「どうしたの? かかってきなさいよ」

「……」


 あきらかなに挑発しているが、そんな手にはのらない。レベルが低い僕は、一度の攻撃でゲームオーバーする危険がある(アイテムでそれを回避する予備はしかけているが)。


 だから、ゼルダンアークの攻撃パターンをなるべく知る必要がある。そもそも、こっちは持久戦で一向に構わないのだ。今日は、金曜日の夜。明日は土曜日。明後日は日曜日。


 なんなら、54時間不眠不休で付き合ってもいいぐらいのテンションだ。IWOをやっていると、お腹が空かない。眠くもならない。そして、そんな48時間マラソンのような対決で、未だかつて僕に勝った者はいない。


 そんな僕の想いを見透かしたのか、木乃は不敵な表情で笑った。


「……ああ、なるほどね。じゃあ、こっちもお望み通り持久戦で行こうかしら」


 指先で細かい陣を描き、そこから更に闇が生まれる。


「……っ」


 そこから、モンスターが3体降りてきた。すぐに、解析を実施して戦力の確認を行う。


 【ステータス】

 種族     :モンスター×3

 レベル    :213〜275


 それぞれレベルは200前後。属性も恐らくはバラバラだろう。僕の解析のアビリティレベルは高くないので、自分以上のレベルに対して詳細な情報がわからない。しかし、図鑑を出すほどの時間もない。脳内で必死に思い返すがヒットしない。


 この世界には数百万のモンスターがいると言われており、生涯出会わない場合もあるので、珍しいことではないが。


 確実に魔物使い職か召喚士職は持っているか……そこらへんのアビリティの派生図だとすれば、攻略は容易だが、怪人を呼び出したのは明らかにジャンルが異なる。


 あれは、悪の総帥職の『怪人召喚』。もちろん、ファンタジーと現代の派生図はかなり離れているので、膨大なアビリティポイントを消費しなくてはいけない。『灼熱』のアビリティはドラゴン職か、スライム職などのモンスター系、もしくは精霊職など幅広く使われるから一つに特定はできない。


 最悪の想定をするとすれば、僕と同じくすべてのアビリティを習得しているパターン。そうであるとするならば、もはや勝機はないが、それはあり得ないという前提で戦略を組み立てる。


 レベルが400越えのアビリティをすべて均等にもつなんてバグがなければできない。神町陽一の娘だから、そこらへんのチートを使っている可能性も否定できないが、そうであるとは思いたくはない。


 ありがたいのは、巧妙にアビリティの派生図を隠していて、実は近しい派生図のアビリティを駆使しているパターン。これであれば、あとは相手の傾向を見て攻略を立てていけばいいので、簡単ではないだろうが、倒すことは可能だろう。相手のアビリティレベルの高さから見ても、客観的にはこちらが一番可能性は高いだろう。


 厄介なのは……と言うか、おそらくそうではないかと自分の中で想定しているのは、アビリティの派生図をまったく無視して、自分の取得したいアビリティだけを取得して成長させるパターンだ。自分の趣味まっしぐら。他人の評価関係なし。こんなプレーヤーやモンスターに出会った時は、たとえ相手がレベル100前後であってもレベル400の相手よりもはるかに苦戦する。


 相手の弱点が特定できなければ、僕のアビリティは単なる虚弱アビリティで終わってしまう。だから、他の人にとっては攻略本を読んでないただの自己満足野郎であっても、僕にとっては非常に強敵となり得るのである。


 しかし、彼女の最大アビリティレベルは少なくとも500を超えている。世界でも上位クラスのアビリティをもって、派生図の離れたアビリティを取得するなど、天文学的なアビリティポイントが必要になる。そんなことが果たして可能なのだろうか。


 僕は相対的経験値性で低レベルであるが故に、多くの高レベルモンスターやプレイヤーを撃破することで天文学的な経験値ポイントを取得しすることができている。


 木乃の推定レベルはおそらく600前後。ここから、強敵を探そうと思ったら、まず相当探索に勤しまなくてはいけない。もちろん、大量のプレイヤーを倒すことで、経験値ポイントを取得してはいるだろう。しかし、果たしてそれだけでこれだけの高レベルアビリティを複数持てるのだろうか。


「フフフ……止まってたら、死んじゃうわよ?」


 そんな僕の思考とは裏腹に、彼女はモンスターに指示して襲いかかってきた。


 1体目は猛獣系。大きな牙を向け、僕に向かって突進してくる。攻撃を間一髪躱して攻撃に移ろうとすると、横から2体目の怪鳥系が空から爪を突き立ててくる。3体目は無数の氷刃を放つ遠隔系。かろうじて空間移動を使い難を逃れるが、コンビネーションも十分に仕込まれている。普段は1体であれば、10分あれば勝利することができるのだが、連携が非常に厄介な相手だ。


 決闘が2時間ほど経過しただろうか。最初の3体を撃破した後、続けざまにもう別の3体を召喚された。そして、それを破ったと思ったら、お代わりでもう3体。それも、すべて高レベルモンスターだったので、こちらの神経がガリガリと削られていくのがわかる。


「……今日はこれくらいにしておいてあげるわ」


 やがて木乃はそうつぶやき、モンスターをすべて消し去る。


「はぁ……はぁ……はぁ……逃げるのか?」

「フフフ……このままいけば、どちらが勝つかなんて明白でしょう?」

「……っ」


 彼女の指摘はもっともだ。一撃攻撃を喰らえば致命傷になるほどの強大なモンスターを同時に何体も相手をさせられて、正直もうフラフラだ。APを回復する手段は多くもっているが、僕の集中力がもたない。


「……次に、会うときにはもっと強くなってらっしゃい。オーッホッホッ、オーッホッホッ、オーッホッホッホッ」


 悪役さながらの高笑いを浮かべて木乃は去っていった。

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