正義

          *


 特に中学生になってからだろうか、『正義』や『悪』などと言った話題を友達としなくなったのは。


 僕は正義のヒーローが大好きで、もちろん日曜日の8時半にヒーローものの番組は必ず録画するほどハマっていた。


 でも、『いつまでそんな幼稚な話をしてるんだ』と仲のよい友達でさえ当時はそう馬鹿にしてきた。周りでは、そんなことよりIWOの攻略法や、誰に彼氏ができただの彼女ができただの、あの子が好きだあの子じゃわからん、なんていう話題が中心となっていった。


 正義を語るのは幼稚なのか。どういうのが正義で、どういうのが悪なのかを語るのは幼稚なのか。そんな想いを心の奥に秘めたまま過ごした中学生活は、支障はなかったがどこか心の片隅に引っかかりのようなものを感じていた。


 岳もその手の話が好きだが、言葉ではあまり語り合うことはない。『正義とはなんなのか』、『悪とはなにか』などという問いを真剣に語り合うのはどこか照れくさく感じる。


 しかし、クラスメートに同じような想いを抱えた者がいる。最下層の4軍と天上人の1軍。正義側の僕と悪側の彼女。立場は真逆だし、意見も真逆だが、どこかこの世界に生きている誰よりも自分の理解者であるような気もして……心のどこかでは嬉しかったのかもしれない。


 だから……


           *


 空中に闇が出現した。しかも、今度は一箇所でなく複数から。そして、湧き出てくるは人型の黒い身体をした怪人。わらわらと数十体単位で降りてきくる。


「今度はあの騎士はいない。さあ、どうしのいでくれるのかしら?」

「……ちっ」


 あの時よりも遥かに数が多い。一体の戦闘力は大したことはないが、集団で襲ってきたら厄介だ。こちらのレベルが低いことを見越しての戦略に自然と舌打ちが入る。どうやら、敵に油断はないらしい。

 しかし、こちらも彼女が対策を施してくることを織り込み済みだ。


 浄化のビサル・レイ


 人ほどある大きな鏡を全体に反射

させて、一気に怪人たちを消滅させる。使用アイテムは、真実の鏡(トゥルー・ミラー)。レベル300のダンジョンで見つけた回数指定のレアアイテムを使用した。ギリギリ太陽が落ちていない時間帯で助かった。


「くっ……今度は聖騎士パラディンのアビリティ。ありえないでしょう!」

「……」


 ゼルダンアークである彼女ですら、僕のようなケースは見たことがないらしい。これもまた、一般的には狂人プレイと呼ばれるものを無自覚に8年以上も費やした結果だった。


                 *


 アビリティポイントは最大アビリティレベルが高くない方が、他のアビリティを容易に修得しやすい。だから、理論的に言えば、ひと通りすべてのアビリティを覚えてから最大アビリティを上げた方が経験値ポイントは少なくて済む。


 しかし、誰もそんなことをやろうとしなかったとわかったのは、この世界で初めてコミュニケーションをした相手、岳に出会った時だった。


 IWO好きの父さんは交通事故で死んでしまい、形見としてカプセルを遺して行った。それから、シングルマザーとなった母さんが一人で僕と妹を育て、僕はドップリとIWOの世界にはまって行った。妹は小さくて病弱だったから、母さんがほとんどつきっきりで、寂しさを埋めたいという気持ちもあったのかもしれない。


 とにかく、攻略本もなく、友達もそんなにおらず、貧乏性と言うよりは超貧乏だった僕は我が道を突き進む育成方法をしていた。


 IWOは相対的経験値制を採用している。例えば1レベルのプレーヤーが10レベルのモンスターを倒して得られる経験値ポイントと、10レベルのプレーヤーが20レベルのモンスターを倒して得られる経験値ポイントが同じだというものだ。レベル差が大きいほど得られるアビリティポイントが大きいというものだ。


 レベルが同じアビリティを一つずつ習得していくこと。相対的経験値のレベル差を利用したポイント取得。その2つを愚直に繰り返していくこと8年。それは、他のプレーヤーからするとゆっくり過ぎる進歩だったかもしれないが、着実に一歩ずつアビリティを増やしていった。


 変化が大きくなってきたのは20レベルを超えたあたりだったか。モンスターを倒せるレベル差が100を超えはじめた。世界の上位ランカーですら、レベル50を超える敵とは対峙しないにもかかわらず、なにがそんなに難しいのだろうかと首を傾げることが多くなった。


 レベルが30レベルになって、300レベルのモンスターを倒せ始めた時に確信した。ああ、レベルは低いが僕は強くなっているのだと。IWOのプレーヤーにもモンスターにも天敵と呼ぶべき弱点があり、それはどんなレベルでも致命的な効果をもたらすということ。そして、全てのアビリティを取得している自分はどんなアビリティにも攻略法を見出せるということ。


           *


 闇から生まれた人型の怪人は、聖騎士が天敵である。通常、他のプレーヤーはパーティーを組んでそれを埋めようとするが、だいたいが多くても5人。しかし、IWOのアビリティは例え500人パーティーがいても足りないほどの多彩性をもつ。それを、すべて40レベル後半でもつのは、世界でも自分だけであるとわかった。


 貧乏性である貧乏人から生み出された究極の器用貧乏。それが、自分の個性だ。相手の弱点を分析して、自分のアビリティからチョイスして攻撃を繰り出す。


 多様性で勝つことが、僕の戦略だった。


「くっ……これでどう?」


 灼熱。小さな口先から放たれたすべてを覆い尽くすような炎。これはレベル400を楽勝に超えた炎で、近づくだけで僕のHPは一瞬にして0になるだろう。逃げ場をなくすかのように、大炎は僕の周囲を包み込んで、やがて直接向けられる。


 空間移動テレポート


「甘い! それは、昨日見たわ!」


 彼女はそう叫んで、唯一の逃げ場である上空に僕の姿を確認。素早く照準を変更し炎を上空に放ってきた。

 すかさず放たれた炎は、をすり抜けて、空へと消えていった。


「なっ……他に逃げ場は……」

「ここだよ」


 先ほどいた場所で、僕は注意をうながす。


「くっ……どうやって……」


 木乃が上手いこと動揺してくれている。エスパー職の『空間移動テレポート』と忍者職の『分身』を複合して彼女の炎をかわし、蝉(せみ)職の『土に居座る』アビリティを駆使して炎の中で生還した。


 アビリティの複合は、比較的派生図の近い職業で行われることが多いが、僕の場合はまったく真逆のアビリティでの複合をすることによって敵の意表をつくことができる。


 さらに、蝉職なんて言うのは、ほとんどギャグとしか思われない職種だが、どこの世界にもマニアがいて、それを幅広く網羅しているのがIWOの凄まじいところである。


 現状は見せられたアビリティに対し、僕が圧倒する結果となった。

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