神町木乃香

クラスメート


 ゼルダンアークが空輪館高校の生徒じゃないか、僕らが所属する2年A組のクラスメートなんじゃないかという仮説は、もともと存在していた。

 IWOのプレイ人口は数億にも達し、ゼルダンアークの猛威は数十万にも及んでいる。


 その中で、2年A組の生徒で6人の犠牲者がこのクラスから排出されている。それを偶然と呼ぶには、僕らの好奇心は若すぎた。


 しかし、まさか、君だったとは。


 ――いや、考えてみれば、これは十分に納得できることなのか。彼女のバックグラウンド、プリント配布での人となり。すべてがひも状につながっていくのを感じる。


 もともと、神町陽一の娘である彼女がIWOの熟練プレーヤーであることは容易に想像できることだ。ただ、自身でおしとやかに『あまり得意じゃない』と明言を避けていたので、誰も1軍である彼女にハンドルネームを追求できなかっただけだ。


「も、もしかして、上村……冬馬君!?」


 狼狽という言葉がこれ以上似合うほどがないほど、彼女は狼狽していた。先ほどの余裕めいた魔王のような表情とは一変して、幼さが溢れ出してくる。


「うん」

「な、なんであなたがこんなところに……IWOやってないって言ってたそうじゃない!」

「嘘だよ」

「あ……あううっ」


 パックマンのように口をパクパクする木乃。もちろん、僕にも動揺はある。数十万のプレーヤーを葬った悪中の悪が同じクラスメートだったなんて。

 そして、その中でも至極尊いと拝み奉られている彼女だったなんて。


「フッ、フフッ……言いたければ言えばいい」


 10分間のフリーズを経て、ゼルダンアーク――もとい、クラスメートは不敵な様子で笑う。


「……いや、ひいてるよ」

「ひっ……」


 涙目になって、数歩下がる彼女に、逆に申し訳ない想いが湧き起こる。

 しかし、心の片隅に失望が残っていたのか、口調がどこか厳し目であることを自覚した。


 僕だって、こんな結末はまっぴらごめんだった。本来だったら、ここで命からがら撤退して、ゼルダンアークの復讐戦に備えるという激アツ展開が待っていたかもしれないのに。


「わ、私は『正義』には屈しない。あなたのくだらない正義感を発揮してクラスメートに吹聴するがいいわ」

「……」


 ことのほか流暢に、舞台のような大げさな仕草で、彼女は僕に提案をする。普段ならば、聞き流す。


 先ほどの軍人たちと同じように、コスプレして調子に乗っちゃう。ままあることだし、自分だってそうだ。でも……それが、1軍クラスメートの発言だと思うことで、もう僕はすごくひいちゃっていた。


「でもね……あなたは、私がゼルダンアークだってどうみんなに説明するの? 私がそうだと言う証明があなたにできるとでも言うの?」

「……」


 確かにそれはそうだろう。4軍である僕の言葉なんて、ミジンコほどの価値もない。逆に彼女の発言は、すなわち神のお告げである。僕がなにを言い放ったところで、クラスメートはおろか、教師、果ては呼び出されるであろう家族だって信用しないだろう。


「フフフフ、できないわよね。証拠なんてないもの。そうよね?」

「……」

「図星……ってとこかしら。言っておくけど、私は全力で否定するわよ。あなたのその無駄な正義感を全力で否定する。そうなれば、あなたは嘘つきの謗りを受けて孤立。やれるもんなら、やってみなさい」

「……」


 長々とした欧米仕込みの演説だろうか。無駄に難しい言葉を交えたデモンストレーションが終わった。

 彼女は自身の悪辣に酔いしれている。なるほど。思っていた以上に、ヤバい女子だ。全身全霊で、この子はヤバい。そして、この状況は憐れ。滑稽通りこして、むしろ憐れである。


「フフン。どうしたの? 恐ろしすぎて声もでない」

「とりあえず……岳には話していい?」

「……できれば、やめて」

「……」

「……」


                  ・・・


 なんという、ヘタレだ。

 この子、めちゃくちゃ悪ぶっているのに、全然度胸がない超ヘタレだ。その証拠に、もう顔が真っ赤で、目が充血して涙目で、身体が小動物のようにプルプルと震えている。


 この時点で、『明日どうやって顔を合わせればいいんだよ問題』が発生した。中間テストはまだ中間。主には彼女の背中と対面することになるが、木乃が振り向いてプリントを渡すたびに、『尊いな』と密かな憧憬の念を抱いていた。

 しかし、次からはそうはいかない。


「一つ聞きたいことがある」


 もはや、精神的にはかなりの優位をとった僕だが、彼女には聞いておきたいことがあった。


「なによ?」

「本物の悪が愛から始まるって?」

「……ああ、あなたが勝手に覗いた時の言葉。流石は卑怯ね。ヒーローって卑怯ね」

「……」


 正確に言えば『見せつけられた』という方が正しいのだが。僕のせいで、『ヒーロー=卑怯』という図式が成り立ってしまった訳だが、それは気にせずに話を続ける。


「殺人、テロ、戦争、それが愛から始まっているわけがないだろ」


 これは、今日の昼からずっと考えていたことだ。僕は正義の側から見た主張を堂々と行う。本物の悪は愛から始まる――ふざけた言葉だって思った。そんなものは悪事を働く者の自己陶酔でしかない。


「訂正して! それは悪なんかじゃない。それは、正義よ!」


 と彼女は口を尖らせる。


「ど、どういうこと?」


 意表を突かれるというよりは、何がどうなったらそう感じるのだろうという疑問に行き着く。


「殺人、テロ、戦争、それは対象の人が悪いと思ってやってない。彼らにとっては正しいことであるという認識なの。被害者にとってそれは悪に見えるだけで、ただの正義と正義のぶつかり合い……ただそれだけのことなのよ」

「な、なるほど……」


 理にかなっているというか、妙に納得してしまった。確かに、戦争やテロはある特定側の集団では正義であり、殺人だってまずは自分を正当化することなしには成立し得ないだろう。


「でねっ、本当の悪というのはね、言うなれば悪の怪人よ。私がゼルダンアークをやってるのはね――」


 その可愛らしい瞳を輝かせながら、彼女が大好きであろう悪役たちを嬉々として語ろうとした時、自警団の面々がこちらにやってきた。騒動が発生してからすでに30分。さすがに、世界上位ランカーたちの集団は行動も迅速である。


「つ、続きは今度……覚えてらっしゃい!」


 彼女は、さながら悪役台詞を吐いて去って行った。

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