ゼルダンアーク
「……避けろ、岳!」
悪魔の雷。上空から降り注いだ一筋の光。僕と岳の頭上に落ちるが、それは間一髪避けることができた。
その後も次々と落ちてくるが、数秒間隔で別の場所に移動してかわす。ゼルダンアークの代表的な攻撃は、すべて記録にとって分析している。要するに、これはリズムゲーだ。間隔さえつかめば、避けるのは容易である。
「ククク……クククハハハハ! 来てくださった! あのお方が来てくださった! ゼルダンアーク……お、お助けください!」
勝ち誇ったように軍人たちが天を仰ぎ始める。
そのまるで神に祈るかのような様子に。
彼らは待っているのだと知った。
この世界における悪の神に。
――しかし。
「ハハハ……お前たち、絶対に死んだぞ! ゼルダンアークにかなう者なんて自警団にも……ぎゃあああああああああっ!」
悪魔の雷が軍人の頭上に降り注ぎ、一瞬にしてこの世界から消滅した。
「あが、あががががが……な、なんで」
さっきまでの余裕な表情から一転、ゼネスト部隊長の顎が高速でガクガク震えている。しかし、そんなことはお構いなし。無常な雷は次々と降り注ぎ、彼らを次々と消滅させていく。
「た、助け……きゃあああああっ!」
「くっ……」
女子のような内股で座り込む井土君を、岳が急遽お姫様抱っこして回避する。
「助けて助けて助けて助けてーーーー!」
「ば、ばかっ! そんなにジタバタする……ぐああああああっ」
乙女チック全開。もがきながら泣き叫ぶクラスメートに気をとられたのか、2人は巨大な落雷をまともに喰らった。守護の甲斐なく井土君は消滅。巻き添えを喰らった岳の方はさすがに消滅まではいかなかったが、幾分HPを削られたようだ。
そして、その攻撃が止むと、間髪入れず空中に闇が出現した。
そこから、湧いて出てくるのはもちろん人間ではない。人型の黒い身体をしたナニか。わらわらと数十体単位で降りてきて、僕と岳を瞬く間に取り囲む。間違いなく、これは怪人と呼ばれるCPUである。
悪の総帥という職業がある。これがその中のアビリティであることは間違いない。しかし、数人単位のそれは見たことがあるが、これだけの量のCPUが一度に発生するところは初めて見た。
「冬馬、解析!」
「やってるよ!」
【ステータス】
種族 :怪人
レベル :63
「……っ」
強い。少なくとも、数十体で集団的に発生するレベルではない。一般的に召喚系CPUはプレイヤーの力量に左右される。
例えば、僕のような40程度のプレーヤーが同じことをしようとした場合、1体の同レベル程度の単体、もしくはレベル2〜3の複数体しか発生させられないだろう。CPUはもちろん、人間のプレーヤーよりも攻撃パターンは少なく設定されているので、多くのCPUを扱うアビリティを好んで取得するプレーヤーは非常に少ない。
「くっ……
岳が魔法で竜巻を巻き起こし、怪人たちを次々と吹き飛ばす。広範囲風魔法。上空の雲までも吹き飛ばすこの魔法は、かなりのAP(アビリティポイント)を消費する。相手の目論見通り戦力を削られていくのは不本意だが、こうするより手段はない。
やがて、視界が晴れた時、そこに立っていたのは一人の女だった。漆黒の黒いローブを纏い、奥底には鴉羽の仮面で目元を隠した女性。
コイツだ。
岳の広範囲魔法にもビクともせずに、悠然としたたたずまいで微動だにしない。
「……我に逆らうか」
その口調は威圧感に満ち満ちていた。雰囲気からすると、ファンタジー世界の魔王に似ているか。身体つきは華奢で、顔は見えないが輪郭は非常に整っていることがわかる。肌が白く、まず美しいことには間違いはない。
「君が、ゼルダンアーク……か?」
「……」
僕がたずねると、うっすらと薄い唇で微笑を浮かべる。その沈黙は、肯定のサインなんだろう。『ゼルダンアークが集団である』という仮説は間違っていた。こいつが一人で、怪人たちを造りだし、操っているのだ。さっきから解析も行なっているが、一向に反応しない。恐らく防止系アイテムを使っているのだろう。
「はぁ……はぁ……やっとお出ましか! 喰らえ
岳は、魔法で火の塊を放って燃やしつくす。
「くだらぬ炎だ」
そうつぶやいて、彼女は小さく息を吐く。それだけで、業火は一瞬にしてかき消された。
「嘘だろ……」
戦力差があり過ぎる。岳の魔法レベルは約200。決して低いレベルではない。それを、小さな吐息で消すなんて芸当は、化け物以外の何者でもない。
しかし、岳は間髪入れずに敵の元へと飛び込む。相手が防ぐことは想定済。騎士である彼の本命は次の手である。
自身の最強武具グンニグルで一点を狙って繰り出す最強の攻撃。その威力はレベル400越えのモンスターの装甲すら貫く
――はずだった。
「嘘だろ」
今度は岳がつぶやいた。
指一本。まさしく、指一本で岳自身の最強必殺を防いだのだ。
「それで終わりなら……終わりね」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた彼女は、もう片方の指で岳の心臓を突く。
「はぁ……はぁ……すまん」
僕の横に戻ってきた岳は、そのまま片膝をつく。文字通り全身全霊をかけた攻撃で、もはや行動不能に陥っている。
「ほぅ……軍人職の
「……岳、聞こえるか。おい、岳」
「……」
ゼルダンアークの話に耳を傾けるフリをして、岳に耳打ちするが返事はない。どうやら、ブラックアウト(気絶)しているようだ。APを使い果たした状態で、1割が回復するまで、この世界に戻ってこれない設定になっている。とすれば、なんとか岳を連れてこの場を逃げ延びなければいけない。
「なあ、なんでこんなことをする?」
とりあえず、会話をできる限りつなぐ。まもなく自警団がくれば共闘できるし、岳の意識が戻れば、逃げのびる確率がより上昇する。
「本物の悪は愛から始まる……そう思わない?」
「……」
ん?
「ヒーローを自称するあなたに問おう……正義とはなんだ?」
……んん?
「そ、それは正しいことだろ」
「正しいこととはなんだ?」
いや……いやいやいや。
「ひ、人に恥じない行為」
「人の評価を気にするなんて、やはり正義って低脳ね。つまり、世間という得体のしれないものの声を気にしながら行動することが正しいという価値観ということでしょう? そうだとすれば、ヒーローってひどく見栄っ張りで、カッコつけで、自己満足野郎ね。要するに——」
「……っ」
・・・
「――というわけよ。わかった?」
「君……神町木乃香だろ?」
「それがどうしたっていうのよ」
「……」
「……」
・・・
「はにゃ!?」
時が止まった瞬間だった。
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