アビリティ


          *


 僕たちで、この世界に正義を取り戻そう。そう誓い合ったのは、ちょうどゼルダンアークが登場した時だったか。中学のクラスでも変わらず4軍で、ここしか居場所がなかった。だから、よりよい場所にしたかった。そんな中、敵として岳と出会って、戦い、意気投合した。


 自警団のように金をもらってやるんじゃない。そんなのは、本物じゃない。本当のヒーローじゃない。僕らは僕らの正義感で悪を倒すんだ。進路をそろそろ考えなくてはいけない高校2年生の今もその想いに変わりはない。


 絶対悪であるゼルダンアークの討伐。ヒーローとして、正義のためだけにそれを行うという目標は、今もなお僕らの胸を熱く燃やし続けている。


          *


 あまりのカッコよポーズにぐうの根も出ない様子。人数が2人でもヒーロー戦隊として映えるように、研究を重ねただけの甲斐はあった。


「じゃあ、ゼルダンアークのことを教えてもらおうか?」


 捕らえた軍人たちを縛り上げ、使えるアビリティをすべて封じた上で彼らにたずねた。


「くっ……調子にのるなよ。お前なんて、そこにいる騎士の腰巾着じゃねぇか」


 ゼネスト部隊長が苦し紛れにそんな負け惜しみを言い放つ。


「バカだな。冬馬は……こいつは下手すれば俺よりもはるかに強いぞ」


 岳がため息をついて答える。


「そんな訳ないだろう! レベル300越えの化け物がどうしてレベル40そこそこのやつに負けるんだよ!」


「あのなぁ……擬態ギミックも分身も影抜いも、俺じゃなくあいつのアビリティだぞ? 騎士職である俺には遠すぎて使えない。その事実でなんか気づかないか?」


「いや、あり得ないだろ! 擬態ギミックは俺たち軍人職のアビリティ。分身、影縛りは忍者職のアビリティだろ。真逆のアビリティが習得できるはずがない!」

「……」


 軍人がそう吐き捨てるが、そう言いたくなる気持ちもわからなくはない。 


 職業には派生図というものがあり、自分の職に近い位置にある職業のアビリティは低いポイントで取得でき、遠いアビリティは高いポイントがかかる。例えば、忍者は、侍の居合斬りや農民の雨乞いなどは容易に取得できるが、そもそも軍人とは相当かけ離れているので、2つのアビリティを取得するのは、相当なポイントが必要になる。


           *


【派生図参考】

 戦士 聖騎士 パラディン 武将 ・・・

 侍 農民 武道家 騎士 魔法戦士 ・・・

 傾奇者 忍者 商人 ・・・

 重装歩兵 歩兵  魔法使い ・・・

 将軍   花魁   町人 ・・・

 空軍隊  警官  機動隊 ・・・

 式神使い 未来人 覚醒者 ・・・

 海兵隊  軍人  FBI ・・・

 異能者  エスパー 巫女 ・・・

 陸兵隊  CIA 消防隊 ・・・

 イタコ  占い師  預言者 ・・・

 ・・・


           *


 忍者のアビリティ『分身』のレベルを40まで上げるのに必要なポイントが40だとすると、派生図の隣に位置する侍のアビリティ『居合斬り』レベルを上げるのに倍のポイントが必要になる。派生図として大きく離れている軍人『擬態ギミック』のアビリティはその10倍のポイントが必要になっており、明らかに非効率なポイント割り振りになる。


 実際、IWOの攻略本は数多く出版されているが、すべてが派生図に沿ったアビリティを厳選して育成をする方法を推奨している。だいたいの平均は5つ。多くて、10個。あまりに多くのアビリティをもつと莫大な育成ポイントが必要となり器用貧乏になってしまうからだ。


 だから、真逆のアビリティを習得しようなんていう奇特なプレイヤーはいない。


「……もういいよ、岳」


 多分、話したところで信じてはくれない。ときどき、IWOを特別だと思い込む人がいるが、この軍人たちはその典型なのだろう。


 現実の世界には多様な価値観が存在する。サッカーが好きな人もいれば、ゲームに情熱を燃やす人もいる。お洒落に人生を賭けている人も。それと同じように、ここでも戦闘狂のプレーヤーもいれば、美食を貪るプレーヤーも、旅行巡りを趣味とするプレーヤーもいる。


 戦闘がこのゲームの醍醐味の一つであることは決して否定しない。

 しかし、それ以外の価値観も多く存在することこそ、IWOが爆発的なヒットを飛ばしている一因でもある。


「ククク……そうやって騎士のレベルにあやかって強がって嬉しいか? 楽しいか? お前みたいな腰巾着は俺たちのような本当の絆をもった仲間なんて一生現れないんだろうな」


 自己陶酔軍人の妄言が、自分の心に一ミリも浸透しないことを確認した後、彼らの一人が落としたサバイバルナイフをゼネスト部隊長の首元に突きつける。


「とりあえず、君たちは自分たちの立場をわきまえた方がいいんじゃないか? 僕がレベル40そこそこでも、手も足もアビリティもでなくなった君たちの頸動脈を切断して、リセットすることはできる」


「「「「……」」」」


 どうやら脅しが効いたようで、軍人たちは全員口を閉ざした。

 自分が普通の成長をしていないことを知ったのは、IWOを初めて5年。確か中学校2年の頃……岳と初めて出会った時のことだったか。当時は目の前にいる親友も同じようにハナで笑っていた者だったが、それが今、協力して戦っているという事実に少しだけ面白く感じる。


「……会ったことねぇよ」

「え?」

「ゼルダンアークなんて奴ら会ったことねぇって言ったんだよ! もういいだろう、解放してくれよ」

「なんだ……まぁ、そうだろうなって思ったけど」


 ゼルダンアークの下部組織にしては弱すぎる。単純に憂さ晴らしのために一般プレーヤをいじめるゲス中のゲス。まあ、こんな奴らが無造作に放たれていることが防げただけでもよしとしておく。


「岳、どうする?」


 それだけの相手であれば、もうここでの活動の意味もない。


「うーん……このままだったら自警団が来るだろうし、放置しとけばいっか」


「お、おい! ちゃんと話したじゃねぇか! 約束どおり見逃してくれよ!」「助けてください……お願いします! もう、こんなことしません」「これだけレベルあげたのにリセットなんて酷すぎる」「自警団に捕まったら、絶対に殺されるよ……頼むよ、レアアイテムならなんだって持っていっていいからさ」


 自分勝手な言い草には呆れ果てるばかりだが、もう彼らに対する興味は薄れ、放心状態で座り込んでいる井土君の元に駆け寄る。


「……大丈夫ですか?」


 正体がバレるわけはない。いや、そもそも僕らの存在をクラスメートとして認識しているかどうか。しかし、警戒するに越すことはない。極力初対面風に話しかける。


「あ、あの……ありがとうございました。俺も精一杯戦ったんですけど、あと一歩及ばずで」

「あっ……そう」


 中世風のズボンはもうグシャグシャ。そんな姿を露呈させているその状態では、その強がりはむしろ切なく聞こえる。


「そ、それよりあいつらゼルダンアークですよね?」

「いや、本人たちは違うって言ってるんだけど」

「犯人は『自分が犯人です』って言わないですよ! 絶対にあいつらがゼルダンアークですって! 絶対に間違いない!」

「……」


 どうやら学校の昼休憩でどうしても自分の奮闘録を語り合いたいようである。もちろん、そんな茶番に付き合うつもりはなく、さっさと引き上げようと岳と目配せをしていると、


 ……空が急に曇り始めた。

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