敵
逃げていく人々をかきわけながら逆走すると、何回か人の肩にぶつかる。「あっちヤバいから行かんほうがええよ」という関西弁風の助言とか、「死にてぇのかオラッ!」などの殺し文句とか、『なにやってんのよ』的な目つきで睨まれたりした。
みんなが殺気立っているのは、ゲームオーバーによる代償があまりにも大きいからだ。これまで探索したマップも、必死に手に入れたレアアイテムも、苦労して上げたレベルも、理不尽な暴力ですべてなかったことにされる。
リセットとはいえ、これはゲーム内での『死』を意味することは言うまでもない。
到着した場所は、大きな噴水のある広場だった。目をウルウルと潤ませた貴族風の男が、軍服の男にナイフを突きつけられている。総勢で5人。周囲は同じような軍服の男たちで固められ、まるでリンチのような光景だった。
「た、たたたた助けてーーーーーーーっ!」
「ククク……クハハハハハッ! いいねえ、もっと叫べオラー」
「軍人職か……しかも、集団で」
岳が舌打ちしながら構える。
この世界にはファンタジーエリア、近未来エリア、現代エリア、時代劇エリアなどあらゆるフィールドが用意されている。大抵は自分好みのエリアを行動するようなパターンが多いが、たまに活動エリア以外なら暴れまわっても大丈夫であろうと考えるヴィランが出没する。
「……仲間か? 貴様らも我が第7機動特殊部隊、デトラフォースの餌食となるか」
部隊長らしき男が、ナイフをペロリと舐める。
「み、見ないでくれぇ」
「おい、冬馬」
「ああ……」
捕まってるのは、井土君だ。
同じクラスメートの、2軍の井土和豊君だ。
今にも泣きそうな声をだして、子犬のような瞳で訴えてくる彼は、入学式からのお調子者。大声をだしてギャグを叫べば周囲がウケるという幼少からの成功体験を積み上げて育てられた、言わば明るいバカ。
1学期には1軍でバリバリとお調子を発揮してきた彼だったが、2学期では2軍落ち。焦りを感じはじめた彼は、現在その2軍でもバリバリ空回り中で、3学期には3軍落ちが濃厚だと噂されている人物だ。
そんな彼の股間には、熱いものがジワジワと染みついている。
「「……」」
思わず岳と顔を見合わせた。なんとなくだが、リセットさせられた井土君を見てみたいという欲望も同時にかられる。とはいえ、放っておくわけにもいかない。
「ゼネスト部隊長! 連中の解析終わりました」
部下の軍人がニヒルな微笑みを浮かべた。プレイヤーにはそれぞれアビリティレベルが存在する。戦闘を行ったプレイヤーやモンスター、人工知能のモブキャラなどを倒すと得られる経験値ポイントを振りわけてレベルを上げる。
「ク……ククク……レベル49の騎士にレベル46の無職。よく、そんな実力でここまでこれたものだな!」
部下がかかげたタブレットをながめながら、部隊長が高笑いを浮かべる。同時に、こちら側の解析も終了していた。
【ステータス】
ハンドルネーム :ゼネスト
職業 :軍人
アビリティレベル:82
部隊長をはじめ、部下もレベル70後半から80前半までの間で推移している。これは、一般のプレーヤーよりもかなり高い数値だと言っていい。通常アビリティのレベル差というものは互いの戦闘力を図る物差しに使用される。
数レベルの差であれば、そこまで左右されるものではないが、10以上離れると相当な戦略を練らなければ相手に勝つことは難しいとされている。まして、30以上ともなると問答無用で逃げなくてはいけない相手だ。
「はっはっはっ……自警団が現れるのには、まだ時間がある。俺たちの存在に恐れおののいて子犬のように逃げていればいいもを。一般人で俺たちに勝てる集団はいなんだよ!」
部隊長が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。デトラフォースというチーム名。妙に説明の長ったらしい口調。ゼネストという洋風チックなハンドルネーム。察するに、典型的なアジア顔のサバゲー信者だと想定する。こんなことを話している間にも、すでに銃火器類をこちらに向け、すでに臨戦態勢は完了といったところだろうか
「お前らが、ゼルダンアークか?」
そんな中、岳が質問する。
「残念ながら違うな。しかし、いつか俺たちはあの方たちのように、第7機動特殊部隊、デトラフォースを巨大な悪の集団にしてみせる!」
「……」
くどい。いちいち、反応が自己陶酔的で大袈裟。
しかし、これは彼らに限ったことではなく、典型的なコスプレイヤーの心理である。服装や名前、顔を変えると、だいたいこんな口調になってしまう。ご多聞に漏れず、僕も岳も同じようなものなので多少やりすぎだとは思いつつも、スルーしてやるのがこの世界の礼儀である。
「会ったことは?」
「さあな……俺たちに勝ったら教えてやるよ。もちろん、勝てればの話だがな……ククク…ハハハハハハッ!」
「そうか……」
岳つぶやいた瞬間、こちらに視線をおくり、僕もまた合図を送った。
「会話は終わりか? じゃあ、死ね」
ゼネストの合図とともに、軍人たちはマシンガンを構えて僕らに向かって発砲をはじめる。
弾弾弾弾弾
蜂の巣のように浴びせられた銃弾は、僕らの分身をすり抜けて、建物に無数の穴を開けた。
「な、なんだとっ!」
「ここだよバカ野郎!」
見上げた軍人たちの一人に、空から降りてくる岳の聖なる槍(ホーリーランス)が見舞われる。軍人は「ぎゃあああああああああっ」と汚らしいうめき声をあげながら消滅した。
「ば、バカな……一撃……というか、何でそんなレア武器を……」
「
岳が勝ち誇ったように笑う。
「そ、そんなバカな……」
世界の上位ランカーレベルを提示されて、狼狽が止まらない軍人集団。信じられないのも無理はない。僕が出会った中でも岳のレベルはずば抜けていた。一般的に狂人プレイというものがあるが、岳はその中でもトップレベルの狂人であると友人ながらに思う。
「降参すれば、命だけは助けてやるが?」
「う、うるさい! 騙されんぞ……そもそも、
「……はぁ、だからお前らはダメなんだよ。その冬馬は今、どこにいるんだよ?」
「な、なんだとっ……う、うわああああああっ」
「……」
あまりにも、呆気ない。驚き慄くゼネスト部隊長の横顔は本当に無様だった。
「……お、おいお前らっ! 攻撃……お、おいなんで動けないんだよ」
「もう封じたよ……君たちが上を向いてる隙にね」
パクパクと口を開けている残りの軍人たちを見ながら、僕は答えた。忍者アビリティ『影抜い』。影を踏まれた彼らは、それが離れるまでは身動きがとれることはない。
「お、おかしいだろ! 何者だよ、お前ら」
「ふっ……よくぞ聞いてくれた。おい、岳」
「おう!」
「「我らっ!」」
ババッ。
ババババババッ。
ババッ。
「誓う友情」
「零れる涙」
バババッ。
ババババババッ。
「悪を断じ」
「正義を貫く」
バババッ。
ババババババッ。
「愛と」
「勇気の絶対ヒーロー」
「「竜騎戦隊ダイシンジャー!」」
……きまった。
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