帰宅部のエース
帰宅部のエースである僕は、終業のチャイムが鳴るや否や、すぐに教室を出た。寄り道もせずに自転車をモリ漕ぎし、どうしようもなく庶民めいた我が家へとたどり着く。
「ただいま」も言わずに、自分の部屋に入ると、いつもどおりのどうしようもない四畳半。二、三歩進んで、空間の半分を占めたVRMMO用カプセルのボタンを長押ししながら、プラスチック製のカバーを全力で持ち上げる。
「ぬぐう゛ぅ……」
重い゛っ。最新式のは、認証センサーが搭載されて自動で開くらしいが、これは、三世代前の中古品だ。しかも、かつて父親が使っていたという超レトロ品だから、ところどころにガタがきている。まあ、ゲーム内での影響はないので特別苦にはならないのだが。
操縦席へと寝転んで、カバーをおろして目を瞑る。視界に映像が文字が映し出され、それを選択。『どうやって?』と問われれば、『思考して』と答えるしかない。子どもの頃からやっているので、すでに感覚がそれを覚えている。
*
やがて、暗闇の視界に光が差し込み、広大な中世の街並みが広がった。石畳の道に、黄土色の屋根が所狭しと並ぶ家々。古い教会は、美しい音色を高らかに鳴り響かせ、街の活気に彩りを添える。
一般的にVRMMOは視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感全てをゲーム内の空間に投影して遊ぶものだ。しかし、IWOはその次元を遥かに超越している。望めば、ファンタジー風の街並み、もはや人では足を踏み入れられない秘境、幕末の京都、近未来の超都市、あらゆる世界に登場することができる。
現実よりリアルに。
そんな夢のようなゲームに、現実世界は狂気した。最早、第2の世界(セカンドワールド)と呼ばれるほどの人気ぶりで、各国は次々と仮想世界の法律を課している状況だ。
「座標は……【X】1001.949 【Y】904.78か。よし、予定通り」
若干出現位置がズレる場合があるが、今回はうまくいったようだ。まずは、2、3回屈伸し、腕を大きく伸ばして肩を鳴らす。意識が肉体を離れて憑依しているような感覚。
現実世界ではないにしろ、傷つけば痛いし、身体も重くなる。逆に言えば、強くなれば身体は軽いし、そうそう痛みも感じない。
IWO内で歩き回るプレーヤーは、基本的に戦闘を許可されている。そして、HPが0になると、取得したアイテムや経験値がすべてリセットされる仕様になっている。
これには、賛否両論が巻き起こり、特にゲームオーバーになってしまったプレーヤーからのクレームがかなりあったそうだが、開発責任者である神町陽一が頑として首を縦に振らなかったと言われている。
「おお、冬馬。やっと、来たな」
声をかけてきたのは、岳だった。称号はヒーロー。職業は、騎士(ナイト)。中世風の白銀の軽鎧に、SF風のヒーロー要素を掛け合わせたハイブリット。一見アンバランスにも見えるが、IWOには様々な格好のプレイヤーがいるのであまり気にならない。
今の流行はファンタジー風とSF風の服装は岳のようなファンタジー風な格好が人気だ。他にも、時代劇風の格好、未来のSF的な格好、アニメ風の格好など多岐に渡る。
IWO内のファッションは、コンビニ雑誌棚の一列を占めるほどの人気ぶりであり、上級者の中には、毎時間服装を変更するという強者もいるほどだ。
僕はと言うと、レッドの
この世界で売られているものはすべてゲーム内の仮想通貨で行われる。IWOは定額制で課金要素はないので、どれだけ散財したとしても痛くもかゆくもない。
それでも、毎度値段表を見て手を引っ込めてしまう貧乏性は、おそらく平均年収を大きく下回る劣悪な家庭環境のせいなのいだろう。
「で、ゼルダンアークは?」
「……うーん。まだ、現れたって報告はないな」
「そっか。敵の行動パターン的にはここだったんだけどな」
ゼルダンアーク。その名が浸透し始めたのは、確か3年ほど前だったか。人型の黒い者(怪人)や異形の化け物(モンスター)を操り、容赦なくプレーヤーを狩っていく最強の悪者(ヴィラン)である。
ヴィランのプレーヤー自体はIWO内では珍しくない。刺激を求めて、喧嘩をふっかけてきたり、強盗や恐喝などがやれるというのも、このゲームの醍醐味であると言っていい。ただ、対抗組織である自警団が強すぎて、目立った大規模な活動は展開されない。
自警団は、上位ランカーによって組織される特殊部隊である。24時間体制で悪者のプレイヤーを狩っていく、いわばプロ組織だ。資金源はもちろん課金ではなく、現実世界のクラウドファンディングでまかなわれている。IWOの世界に心酔しているプレイヤーたちにとっては、自警団は憧れの就職先だ。
しかし、ゼルダンアークはその自警団すらも敗北させるほどの力をもっている。狩られた有名プレイヤーはすでに5人。彼らは、リセットさせられてレベル1からのスタート。自警団を解雇させられて、現在は就職活動をあきらめて絶賛プロニート中だと、どこぞの週刊誌に掲載されていた。
「……にしても、それらしい人はいないな。ナンパでもするか?」
「しないって!」
普段から学校で抑圧されている分、このゲーム内では大胆な行動をしがちになるのは、岳だけじゃなく、すべてのプレーヤーに当てはまる法則だろう。容姿も基本的には理想どおりになるので、このゲーム内でカップルになる例も珍しくはないが、その中で結婚まで至るケースは少ない。現実は世知辛く、実際に出会った翌日、「サヨナラ」などという悲しい話は、星屑のごとく転がっている。
「キャアアアアアアアアアアアッ!」
そんな中、ものものしい女性の悲鳴がさらに西の方から鳴り響く。無数の銃撃音。それだけではなく聞こえるのは、人々の阿鼻叫喚。
「くっ……あっちか!」
すぐさま、僕らは走りだした。
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