偶然の再開

甘々日和(かんかんびより)



主人公 春夏冬 律(あきなし りつ) 18歳

お姉さん 秋月 由良里(あきづき ゆらり)23歳 



このお話は二人が出会う前のお話なので、読んでも読まなくても

本編とは少し違うお話です。

読んでくださる方いれば、ありがとうございます。






「律、卒業おめでとう!春からは社会人だな!」


「お互いにな、すぐ弱音吐いて辞めんように。相談ならいつでも乗るから」


「さんきゅ!俺もいつでも乗ってやるよ」


新宮 漣(しんぐうれん)、ボクといつも一緒にいる友人だ。

中学時代からテニス部でペアを組んでおり、6年の付き合いになる。


「ストレス解消にたまにはテニスしような!あと飲みとかもな!」


「ん、ちゃんと誘ってよ、あと酒は20になってからだ」


「入社まで1か月ぐらいあるからよ、免許も取れたことだしどっか遊びに行こうぜ」


「そうだな、またご飯でも行きながら計画でもたてるか」


1週間後、漣がボクの家まで迎えに来てくれ、二人で京都に向かう


「まだバイト代が貯まりきってないから今日だけ親に借りたんだ!」


「迎え助かるよ、ありがと。気を付けて運転してくれよ」


「任してくれよ、そんじゃ、いきますか!」


ボクたちは意気揚々と京都へ向かい、京都駅まで車を走らせた。

そこからバスに乗り、目的地である清水寺まで向かう。


さすが、世界遺産に登録されている観光地だ。

ボクたちの他にも観光客が多く、かなり賑わっている。


「おい律!この寺釘が1本も使われてないらしいぜ!やばいな!」


「写真では見たことあるが、実際に来ると違うもんだな、すごい景色」


そこから、音羽山中腹の三重塔、本堂、院など二人で一通り見て回った後

最後に本堂北側にある地主神社に向かう。

縁結びの神様として有名で、『恋占いの石』がある。

一方の石から目を閉じて歩き、反対側の石に無事にたどり着ければ恋が叶うと言われている。


「律、今好きな子とかいるのか?」


「今はいないかなぁ、漣は?」


「俺は部活の後輩だった子だな。頑張り屋で気遣いもできて笑顔がすっげぇ可愛いんだ。卒業式の日にネクタイほしいって言われて、最近連絡取ることも増えてきたから少しでも叶えばいいなぁって」


「それは告白したら付き合えるかもな、もし振られたら慰めてあげるよ」


「振られるのは怖いなぁ、けど、男として俺から言いたいからよ、恋占いの石に後押ししてもらおうと思って」


漣は先輩、後輩ともに仲良く、後輩には丁寧に指導していたので、懐かれるのも納得だ。多分成功するだろうがこの願掛けで前向きになってほしい


「律から行ってもらってもいいか?」


「ん、いいよ。周りの人に当たんないようにだけ見といてほしい」


「了解。声出したら場所わかっちまうから危なくなった時だけ声かけるわ」


「ありがと。じゃ行ってくる」


ボクは最初の石に触れ向かいの石までのイメージを整え、目を瞑る。

一歩一歩慎重に、確実に前へ進んでいく。

暗闇で歩くのはすごい違和感だ。まっすぐ進んでいるのかさえわからなくなる。

しばらく慎重に歩いていくと、靴のつま先にコンッと硬いものが当たる。

手をかざしてみると石のようなものに触れる。

そっと目を開けてみると目の前に目指していた石がある。無事に辿り着いたみたいだ。


「…よかった。」


「すげぇな!途中変な方向行きかけてたけど、戻ってきてたぞ!途中目開けてなかったか?」


「開けたら意味ないだろ。ちゃんと瞑ってたわ。とにかく、ボクは成功したから次は漣の番だね。」


「よしっ、見ててくれよ」


最初はまっすぐ進んでいた漣だが、途中方向がずれていき、迷った末に目を開けてしまったみたいだ。


「どこにあったんだよ!目、開けちまったし願掛け失敗じゃねぇか!」


「願掛けだから大丈夫だって、後輩ちゃん漣に気があるからもう少し仲良くなって告白すれば成功するから!」


「少し落ち込むが、気持ちの問題だな。頑張るわ」


願掛けは上手くいかなかったが、漣なら大丈夫だろう。長い付き合いでわかることも増えてきたが悪いところがあんまり見当たらない。

裏表がなく、楽しそうにしてくれているから一緒にいてこっちまで楽しくなる。


「さて、そろそろ帰るか。律、ちょっと電話がきた。悪い、ちょっと待っててくれるか?また連絡するから適当に散歩でもしといてくれ」


「ん、また終わったら連絡して。急がなくていいから」


漣は少し速足で人気の少ないところに向かった。少し喜んでいたように見えた。後輩だったのかな?ボクは少し散策しようと思い辺りを見回した後歩き始めた。


歩いていると、少し見えづらいところに財布らしきものが落ちている。

誰かの落とし物だとわかるので、誰かに拾われる前にとりあえず拾っておこう。

少し悪いが、持ち主に届けるために中身を確認する。

免許証があったので、確認してみると女性のようだ。近くに落とし物を探していそうな女性を探してみる。

自動販売機の前に免許証の写真と同じ女性が見えた。


白のロングスカートにネイビーのパーカー、可愛らしいワンポイントのついたリュックを背負っている。周りを見回しながら財布を探しているようだ。


急いで女性の元まで走っていき話しかけてみると、女性は泣きそうな顔をしていたが財布を見て少し安心した表情を見せてくれた。


「あなたの財布ですよね?落ちてて、申し訳なかったけど免許証だけ見せてもらったんです。ごめんなさい。」


「あ、あのっ、すいません。本当にありがとうございます…気分が落ち込んでて、気晴らしになればなぁと一人で来たんですが、財布落としてもっと落ち込んじゃって…どうしていいかわかんなくなって、あの、本当にありがとうございます。」


「よかった…一応、中身だけ確認しといてください。大丈夫そうですか?」


「はい、ちゃんとありました。本当に助かりました。なにかお礼をさせてほしいのですが…」


「いえいえ、大丈夫ですよ。少しでも元気になってくれてよかったです。」


「そうですか、なら、せめて飲み物だけでも買わせてください。こんなことしかできなくで申し訳ないのですが…」


「ならお言葉に甘えて飲み物だけ頂いてもいいですか?」


「はい!何がいいですか?」


「ブラックコーヒーお願いしてもいいですか?」


普段は微糖コーヒーやココアなどを飲むが、少し見栄を張ってブラックコーヒーをお願いした。


「はい、どうぞ。ブラック飲むなんて大人ですね。私はあんまり好きになれなくて。」

そう言って由良里は少し苦笑いした。


「ありがとうございます。いただきますね。」


ボクはそう言ってコーヒーを開けて一口飲む。やはりまだブラックは苦い。

けど、苦い顔を見せないように話ながら少しずつコーヒーを飲み干す。

そうしていると漣から連絡があり、近くにいるようなので合流することにした。


「友達から連絡があったのでこれで失礼しますね。コーヒー、ご馳走様でした。」


「こちらこそ、ほんとにありがとうございました。おかげで気分も晴れました。」


そう言って由良里は少し照れながらと口に手を当てニコッと笑った。その笑顔を見てボクはドキッとしてしまった。


(すごく綺麗で可愛い人だったなぁ…。少し欲張って連絡先とか聞いといたらよかったかなぁ。)


お互いに軽い会釈をして別れ、漣と合流した。


「なんか嬉しそうな顔してるけど何かあったか?」


どうやら無意識に表情に出ていたようだ。


「ちょっとだけ、財布拾って無事に持ち主に届けられたんだけど、その女の子がすごい綺麗な人で…」


「連絡先は聞いたのか?」


「財布拾ったぐらいで連絡先なんて聞けるわけないよ。コーヒーご馳走になった」


「勿体ないことしたなぁ。出会いの季節なんだしもしかしたら運命だったかもしれないぞ?また出会えたら今度は聞けるといいな!」


(今度出会えたら、か。またあの笑顔見たいなぁ。)

ボクの中で一目惚れだったのだと思う。後から考えれば考えるほどもう少し積極的に話をしたり最後には連絡先を聞けなかったことに後悔が募る。


「律、探しに行くか?」


「いや、大丈夫。ありがと。初対面でぐいぐい来られたらあの子も断りづらくなって気晴らしになんないかもしれないし。」


「そか、んじゃ今日は帰るか!恋占い成功したんだしまた良い出会いあるから安心しろって!」


「そうだね、そういや電話は区切りついたの?」


「あぁ、後輩からだった。今度一緒に出掛けたいって!恋占いは上手くいかなかったけど大丈夫かもな!」

漣は嬉しそうに答える。

(本当に後輩のことが好きなんだろな。二人が付き合ったら遊べる時間も少しは減るんだろな、ボクもそんな大事な人に出会えたらな。)

そう思いながら今頭に思い浮かべるのは由良里の顔だった。


――――――


(はぁ…焦っちゃって名前も聞きそびれちゃった…)

由良里も律と同様に積極的になれなかった自分に後悔していた。

(見た感じ私より年下だったから、もう少し積極的になれてたら名前とか連絡先とか聞けてたのかなぁ。でも一人できてて連絡先とかいきなり聞いたら出会いだけ求めてるみたいに思われるのも嫌だし…)


由良里は悩みながら車に乗り自宅へと向かう。また明日から仕事なので湯船に浸かり、今日のことを思い出していた。


(最後にお礼言ったときにちょっと照れてた顔、すっごく可愛かった。

男の子に可愛いっていうのは嫌がる子もいるみたいだけど、どうなのかなぁ。でもほんとに可愛かったから仕方ない。)


―――――――――


お互い似たような悩みを抱えながら律は入社までの休みを、由良里は仕事を、再びいつもの日常へ戻る。




4月


「本日より入社致しました。春夏冬律と申します!これからよろしくお願いいたします!」


(あの子、もしかして…)

髪は少しさっぱりしており、スーツを着ているが由良里はすぐに思い出した。

律は人の顔を見る余裕がなく緊張しているようだ。


「よろしくね、仕事は年齢の近い子が丁寧に教えてくれるから、一つずつゆっくり覚えていってね。研修期間の2ヶ月は付きっきりで指導してもらうから、わからないことがあったら遠慮なく聞いて大丈夫だからね。それじゃ秋月さん、お願いしてもいいかな?」


「はい、かしこまりました。これからよろしくね、春夏冬君」


「はい!よろしくお願い致します。先輩。」


律はまだ気付いていないようだ。服も髪型もあの時とは違うので無理もない。

由良里はとりあえず会社の案内をすることにした。


「ここが食堂ね、あっちに給湯室があって、ここを曲がったら会議室があるよ。しばらくは一緒に仕事することになるからわからないことがあったら何でも聞いてきて大丈夫だからね。」


「はい、ありがとうございます。わかんないことばっかですけど、しばらくお世話になります。」


「自販機あるから、少しだけ休憩しよっか。ブラックコーヒーでよかったよね?」


普段はあまり飲まないコーヒーを飲んでいることを知っているのはどうしてだろう?少しだけ考え、律の中で点が線になった。


「すいません。微糖のコーヒーでもいいですか?あと、違ってたら申し訳ないんですが、京都で会った女性ですか?」


そう聞くと由良里はニコリと笑い、ボクはまたドキッとしてしまった。


「覚えててくれたんだ、あの時は本当にありがとうね。ブラックじゃなくてもいいの?」


「実は、大人になろうとブラックを飲み始めたんですが、やっぱり苦くて…、よく幼くみられるから少しでもカッコ付けようと思って。あの時は見栄張ってました。」


由良里はくすくすと笑いブラックコーヒーではなく、微糖のコーヒーのボタンを押してくれた。


「そうだったんだ、可愛い顔してるのにブラックコーヒー飲むんだって、すごいなぁって思ってたの。けど大丈夫だよ!私もあんまり飲めないから」


緊張していた律も由良里との他愛無い会話のおかげで少しずつ和らぎ、自然と笑顔が零れるようになっていた。


「そろそろ戻ろっか。また少しお話聞いて、お昼休み終わったら少し仕事の話を私が教えることになってるからよろしくね。」


「はい!よろしくお願いいたします。迷惑かけると思いますが、しばらくお世話してください。」


「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。よろしくね。それでね、あの、もしよかったら連絡先交換してもらってもいいですか?」


由良里は少し照れくさそうに頬を掻き下を向きながらそう言ってきた。

ボクも知りたかったのですぐに了承の返事をした。


「もちろんです!ありがとうございます!あと、なんで先輩が敬語になってるんですか。むしろボクからお願いしたいです。」


由良里と連絡先を交換してボクはお昼ご飯を食べ、昼からの仕事を一通り終えて、朝に由良里と話をしていた自販機でコーヒーを買い、今日の振り返りをしていた。


「なんかすごい日になったなぁ…まさかあの時の子が入った会社の先輩だったとは…」


そう思っていると律の携帯にメールが入った。先輩からだ。


【今日はお疲れ様でした。何か気になることとか悩み事あったらいつでも相談に乗りますからしんどくなる前に言うんですよ。帰り道、気を付けてくださいね】


気を遣ってくれるのがとても嬉しい。文(ふみ)では口調が丁寧になるのかな?今度聞いてみよう、また一つ気になるところが増えていく。


【先輩も仕事お疲れ様でした。早く覚えられるように頑張ります、またわからないことあったら頼むかもしれません。早く覚えて先輩の相談にも乗れるようになります。先輩も帰り道気を付けてください。】


由良里は面倒見が良い方なので、年下の男の子にこんなことを言われる経験がなかったので少しドキッとしてしまった。


(もっと春夏冬君と仲良くなりたいな…)

由良里の中で少しずつ先輩、後輩とは別の感情が大きくなっていってくのがわかった。



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