08話.[頑張らないとな]

「ねえ、なんで呼んでいるの?」

「それは私がそうしろと言ったからよ」


 郁美が代わりに答えてくれた。

 ただこれを言えばいいのになにを引っかかっているのか。

 言ったら責められると思って自分を守ったのか? ありそうだから困る。


「それなら私も名前で呼んでほしいな」

「結花って呼べばいいのか?」

「うんっ」


 修羅場みたいにならなくて良かった。

 というか、何故か結花の方は名前で呼んできていたんだよなあと。

 それがあれだったのだろうか、サインというか、名前で呼んでほしいというアピールだったのだろうか。俺は悠也じゃないからちゃんと言ってくれないと困る、なにかがあったら言ってくれと彼女達に伝えておいた。


「食器、洗ってくる」

「あ、私もやるよっ」

「そうか? じゃあ手伝ってもらうかな」


 意外とリビングみたいなところとキッチンスペースが別になっているから悪くない。

 あまり広すぎても掃除が大変になるだけだが、狭すぎるよりはいいかもしれない。


「お、おい、くっつきすぎじゃないか?」

「そうかな? シンクが狭いから近寄らないと濡れちゃうし」


 もっともなことを言っているが、だからと言って腕同士がくっつぐぐらい近づくのは違う。

 やはり結花は他人との距離感が近すぎる、気をつけてくれないと勘違いしてしまうぞ。


「それよりどうやって素を使わないで作ったの?」

「偉大なるネット様と数多くない調味料を使った結果だ」


 俺が頑張ったわけじゃない、レシピを作ってくれた人が頑張ってくれたのだ。

 俺達はそれをありがたく使用させてもらい、あとは食材を用意するだけでいい。

 アレンジすれば必ず美味しくなるわけじゃないのだ、そこに余計なものはいらない。


「結花、なにか作ったら必ずすぐ洗えよ? 長時間が経過してからだと大変だぞ」


 カレーとかは特に、臭いだって染み付くから余計に早くした方がいいかもしれない。


「大丈夫っ、だってこれからは元くんとやるから!」

「そういえばそう言っていたな」

「いい?」

「ま、別にいいけどな」


 それと引き換えに毎日必ず少しずつ練習してもらう。

 だってこれからは弁当とかも全て自分で用意しなければならないのだから。

 流石にそこまではしてやれる余裕はあってもやる気はないからできるようになってもらわないとな。

 とりあえずまずは卵焼きを上手く作れるようになってもらう。

 そうすれば白米でも突っ込んでおけば無事弁当の完成だ。


「よし、終わったな」

「そうだねっ、お疲れさまでした!」

「おう、お疲れさん」


 明るい彼女がいてくれるのは嬉しいかもしれない。

 郁美のようなフラットな感じでいてくれる存在も貴重だ。

 で、いまからしなければならないのはふたりが仲いいのか確認すること。


「郁美ちゃんっ、難しすぎてクリアできないよこれぇっ」

「はぁ、ちゃんとレベリングしてきなさいよ」

「え、ぎりぎりで勝負するのが良くない?」

「それで負けていたらなにも意味ないじゃない」


 露骨な間があったりもしない。

 学ばない結花に対してもしっかり相手をしてあげていて不仲には見えない。


「どうせなら郁美ちゃんや元くんにも買ってほしいなー」

「「高いから無理」」

「ほ、ほら、貰っている生活費を貯めてぱーっとっ」

「「高すぎる」」


 2万円は簡単に出せない額だ。

 ましてやこの家の分の金まで出してもらっているのにそんなわがままは言うべきじゃないだろう。

 これまでなんでもかんでもしてもらってきたのかもしれないな、だからこそ出る発言ではないだろうか。


「いいから頑張りなさい」

「うんっ、頑張るっ」


 特になにもないから寝転んでいた。

 そうしたら郁美がこっちに来て横に座る。


「ぐぇ……食べたばかりの腹の上に拳を置くなよ」

「ふっ、それなら転ぶのをやめなさい」


 もしかしたら彼女はSなのかもしれない。

 このタイミングで笑えてしまえることがその証拠だ。


「寂しかった?」

「ふたりとも来なかったからな」

「毎日来てほしい?」

「どうせ明日からは毎日会えるからな」


 自分が変わってしまったのは確かかもしれない。

 ぼうっとしていられることが好きなんじゃなかったのか。


「そろそろ戻るわ、美味しかった」

「食べてくれてありがとよ」

「うん、また後でね」


 また後でって夜も作ってもらう計算なのだろうか。

 仮にそうでも結花のも作らなければならないから構わない。

 俺の方ではもやしも買ってきているから早く消費しないとな。

 本当にシンプルな豚肉ともやしのもやし炒め、安くて美味しくて腹も膨らむ。


「負けたあ! 何回もやり直すのはやだあ……」

「レベリングしろよ」

「はっ! あれ? 郁美ちゃんは?」

「もう戻ったよ」


 本当にマイペースな人間だった。

 いくら不仲だったとは言え、よくひとりで暮らすことを許可したと思う。


「なんでふたりで仲良くしてるの」

「結花に対するときと変わらないだろ?」

「変わるよ、そもそも郁美ちゃんの様子もおかしいもん」


 郁美の様子がおかしい? スーパーから帰ってくるときは口数が少なかったかもしれないような……。

 でも、口を開けば至って普通の彼女だった、Sっ気だって披露してくれたわけだし。

 出会ってすぐのときにちくちくと言葉で刺してきていたのはそれに関係しているんだろう。

 どうしても俺を悪者にしたかったわけではなく、事実を指摘することで言葉に詰まっていく相手を見てぞくぞくとしていたのかもしれない、残念ながら責められて喜ぶ人間ではないんだが。


「だって私がいないときもふたりでいたんでしょ?」

「ああ、郁美は律儀に守ってくれていたからな」

「それがおかしいっ、郁美ちゃんは興味もなければそんなことはしないもん!」


 なるほど、じゃあ郁美から興味を持たれているということにして。

 だからっていますぐなにかが変わるわけではないんだよなと。

 あくまで友達らしいやり取りしかしていない、それに甘えられたというわけでもない。

 そういうことならもっと露骨な感じがあっても良さそうだ、けれどそれがないままいまに至る。


「仮にそうだとして、結花にとってなにか不都合でもあるのか?」

「あるよ!」


 あ、あるのかよ、しかも即答できるとか最強かよ。

 あれか、約10年ぐらいの付き合いになる郁美が取られて嫌だと。


「相手が親友であったとしても元くんを取られたくないもん!」

「俺を取られたくない?」

「だって私っ、元くんのこと好きだから!」


 なんでこんなメンタルが強いのだろうか。

 しかも相手の家で言うなんてなかなかできることじゃない。

 振られれば毎回顔を合わせる度に気まずくなるというのに。


「いつから?」

「去年の7月15日の午後16時以降から!」


 好きになった瞬間のことは忘れられないか。

 去年の7月15日? 期末も終わって結果も返ってきたぐらいだよな?

 初めての期末考査ということで気合を入れて頑張って無事に終えられたときのことを思い出していた。

 が、結花と出会ったようなことはないからそこだけはわからないまま。


「元くんがタオルを貸してくれて助かったからさ」

「去年の俺はそんなことをしたのか?」

「渡してすぐに宮前くんと歩いて行っちゃったからね」


 待て、タオルを貸してもらったぐらいで好きになるのはちょろすぎだろ……。

 じゃあ俺は何回惚れなければならないのかという話だ、よく貸してくれていたのは悠也だから意味もないが。


「ちなみにまだ返してないんだよね」

「まあ、タオル1枚ぐらい自由に使ってくれ」


 それよりどうすればいいんだ。

 好きだと言われたのだから返事をしなければならないのは確か。


「あのときは名前も知らなかったんだよね、その後は頑張って調べたけど。そうしたら宮前くんとよくいる男の子だって、宮前くん以外とはあまりいられてない子だともわかった!」

「いちいち調べなくてもすぐにわかると思うけどな」

「知りたかったから毎日観察していたの、恥ずかしくて2年生になるまでは行けなかったんだけどね」


 俺も悠也から嫌われていると言われるまで全くわからなかった。

 そのタイミングで結花が来て、思ったよりも嫌われている感じがしなくて。

 両親と不仲だということで放課後一緒に残ることになって、でもほとんど守れなかった形になる。


「ちょっと考えたいから保留でもいいか?」

「うんっ、どっちにしても返事はちょうだい!」

「え……断られたらどうするんだ?」


 気まずくなるのはごめんだった。

 あくまで普通に友達としていられるなんて非現実的だ。

 必ずなにかしらぎこちなくなる、普通そうに見えるようにお互いに我慢するしかないのではないだろうか。


「ん? どうもしないよ? これまで通り友達としていてもらうだけー!」

「強いな」

「うーん、だけど受け入れてもらえたらすっごく嬉しいよ」

「そりゃあな、時間はかかるかもしれないけど必ず答えるから待っていてくれ」

「うん! じゃあそろそろ戻るねっ、夜ご飯もよろしく!」


 残念ながら彼女みたいに強くはいられなさそうだ。

 考えるために無駄なことはしないで転ぶことに専念した。




「ごちそうさまでした! 今日はもう戻るね!」

「おう、おやすみ」

「おやすみー!」


 元気のいい少女はすぐに帰っていった。

 俺は昼と同じくすぐに洗い物をしてしまおうと動いて、けどやろうとしてできなかった。


「ど……うした?」


 後ろから不意打ち抱きしめ攻撃をされるぐらいなら正面からされた方がマシだ。


「結花から告白されたって聞いたけど」

「ああ、そうだな」

「嫌よ、あんたを取られたくない」


 結花でもあれなのに郁美がこうなるのは本当に意味がわからない。

 だって結花ともタオル貸し事件から会っていないことになる。

 やはり仲が悪くて奪って悲しませたいということだろうか。


「とりあえず、離れてくれ」

「わかったわ……」


 兎にも角にも、洗い物だけはしっかりやっておかなければならない。

 こういう物理的なアピールを仕掛けてくるとは思わなかった。

 結花の邪魔をしたくてしているのなら自分のことをもっと考えた方がいい。


「風呂に入ってきていいか?」

「駄目よ、受け入れないって言ってからにしなさい」

「悪いけどまだ考え中――本当に俺のことが好きなのか?」

「……好きよ」


 自覚したのは最近らしかった。

 それまでは結花と一緒に観察していたということらしい。

 最近になってからしたことと言えば、よく一緒に遅くまでいたことだよな。

 

「ちなみに受け入れられないと言ったら?」

「その場合は友達としているだけ、でも、相手が結花なら話が別!」


 どっちを選んでも亀裂が入ってしまう。

 決めるのは俺ではあるが、3人で話し合った方がいいかもしれない。


「風呂に入ってくる、郁美も1回帰って風呂にでも入ってこい」

「……ここにいるわ、勝手に会われたら嫌だから」

「まあいいけどさ」


 待たせているのも悪いからささっと洗ってすぐに出た。

 風邪を引いても嫌だからしっかり拭いて向こうに戻る。


「今日はここで寝るわ」

「俺は向こうで寝るけど」

「駄目よ、一緒に……決まっているじゃない」


 拒んだところで今日はこのままの態度を貫かれるだろうな。

 だからってそのまま寝かせるわけにはいかない。

 1対1でこうするのは違う、結花も呼ばなければ駄目だろう。

 俺が郁美と決めているのなら一切問題もないんだが。


「郁美がここで寝るなら結花も呼ぶ」

「そんなの駄目よっ」

「駄目だ、返事を待たせておいて裏でこんなことはできない」


 単純な申し訳無さかどうかなのがわからない。

 そういう風に意識しているから罪悪感をいま感じているのか?


「……それなら結花を選ぶってここで言いなさいよ」

「待ってくれ、郁美は急ぎすぎだ」


 そんなに上手く対応できる人間ばかりではない。

 これまで特にそういうのとは無縁だった人間にとってはそう。

 

「とにかく、結花がいないのであれば寝かせないし、それが嫌なら家に帰ってくれ」


 そもそも結花がいたって問題行為だというのに。

 どうしてこうなったのか。

 俺がしたのは上着を貸したのと飯を作ったくらいか、それまで観察をしていて興味があったということならちょろいとは言えないのかもしれない。

 俺がその立場だったらそういうつもりだと受けとって頑張ろうとするかもだからな。

 なかなか飯を作って振る舞うってしないよな、ちょっと考えなしだったのかもしれなかった。


「わかったわ、結花を連れてくるから」

「そんなにここで寝たいのか? 自分の家の方がいいだろ」


 かったい床に寝転ぶ必要もなくなる。

 俺は自宅のときから床に布団敷いて寝るタイプだったから慣れているが、最近の若者である結花や郁美は慣れていないだろう。


「いいから待ってて、結花が無理だって言っても約束を守ったんだから寝させてもらうから」

「後者は受け入れられないけどな」


 こういうときにこそ悠也がいてほしい。

 それか一層のこと冗談でしたー、お前を好きになるわけないだろばーかで終わらせてほしい。

 でも、そうなることはないとわかる、わざわざ結花を連れてきてまで寝ようとするなら変だ。


「元くんのばか」

「来たと思ったら急に罵倒かよ……」


 確かに郁美や悠也に比べたら馬鹿だ、勝ててないからな。

 

「やっぱり郁美ちゃんとこそこそ仲良くして……」

「そういうつもりはなかったんだ」

「嘘つき」


 前までのそれと言葉の重みが違う。

 俺はすぐに答えられなくて保留にして、そうしたら郁美も同じように言ってきて。


「相手が郁美ちゃんならいいよ、受け入れられなくても」

「は……じゃあ言うなよ」

「嫌に決まってるじゃん、それでも郁美ちゃんと友達でいられなくなることの方が嫌だもん」

「結花……」


 あくまで約10年間関わり続けてきた人間との関係継続を優先するということか。

 けどまあ、俺が悠也と特定の女子を狙っていたとしたら同じようにするかも。

 こちらはただ単純に劣っているのが大きいんだけどな。


「いいわよ、流石にそこまではしてもらえないわ」

「え、でも、友達で……」

「寧ろ私の方が友達でいたいわよ、……好きだとは言えたし諦めるわ」


 郁美は笑って「どうせ家は隣だからいつでも会えるしね」と重ねてきた。

 女子の方がメンタルが強いのだろうか、俺だったら逃げてリセットしたいところだからな。


「……私はやっぱり元くんを取られたくない!」

「もう満足しているから大丈夫よ、受け入れなかったということで元には毎日ご飯を作ってもらう予定だし」

「え、私は付き合えなくても毎日作ってもらう予定だったけど!」

「ふっ、いいわね、ふたりで元の女子力に頼るわよ」

「うん!」


 なんか争いになることなく終わっ……たのか?

 ふたりで握手して、ふたりでこちらを見てくる。


「というわけでここで寝るわ」

「あ、それは続行なのね……」

「約束は守ったわ」

「はいはい、俺は向こう――わかりましたよ……」


 万が一があっても嫌だから布団ふたつ分ぐらい空けておく。

 悠也を羨ましがった時期もある。

 常に異性と仲良さそうにできるのが眩しく見えた。

 でも、複数人から好かれることの大変さを知って意見が変わった。

 ……寝れねえ。

 寝られないから地味に出ることのできるベランダに出て空を見ていた。

 今日は雲もないのか星が綺麗に見える。


「元」

「寝られないのか?」

「当たり前じゃない、振られた後なのに」


 振ったというか、勝手に決まってしまったというか。

 結花がいることに拘ったのは返事を保留中だったからだ。

 それかあの申し訳無さがそういうものだったのか?


「今日はごめんなさい、振り回してしまったわよね」

「謝らなくてもいい」

「でも、後悔はしていないわ、好きだと言えて良かった」

「そうか」


 相手に想いを伝えるのはなかなかできることじゃない。

 言えた時点ですごいことには変わらない、だからってなにも言えないが。

 郁美はこっちの腕を拳で優しく突いた後、中に戻っていった。


「またふたりで仲良くして……」

「今回はそういうのじゃない」


 結花はそのまま隣までやって来て衝突してきた。

 なんてことはない威力がから気にせずに空を見ておく。


「ちょろいのかもしれないけど、元くんのことを好きなのは変わらないから」

「ありがとな」

「……返事、くれないの?」


 そのタイミングでわざわざ袖を引っ張るとか最強かよ。

 どうしたって無視というのはできない、顔だって自然とそちらを向く。

 身長差があるから意識しなくても上目遣いになるし、なんか目も潤んで見える。


「いいのかよ、上着を貸したり飯を作ったりしかできない人間だぞ」

「そうじゃなければ言わないよ、郁美ちゃんだってそうだよ」


 結花が来てくれることで落ち着けるのは確かだった。彼女の能力を見ていると不安になるというのも大きいが、明るい子がいてくれるのは貴重だから。

 だからあの空白の1週間ぐらいは微妙だった、理由を言ってくれなかったのも嫌だったし。

 ……結局はあれだ、田先元という男は単純だったで片付けられてしまうことだ。


「わかった」

「ありがとう」

「静かだな」

「外で夜だから」


 とりあえずは明日からちゃんと教えていこう。

 テスト週間にも突入するからそれも頑張らないとな。

 あくまで俺は俺らしく生きていこうと決めたのだった。

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