06話.[すぐ来るからさ]
「あ、田先く、わっ!?」
「危ないぞ、そんなに慌てなくてもいい」
「あ、ありがとう」
なんか顔が見れただけで落ち着いた。
至って普通のいつも通りの生島って感じだったから。
前回と違う点はしっかり支えられたこと、転ばなくて良かった。
「やっとごたごたが片付いたよ!」
「そうなのか? それは良かったな」
「だから今日からまたよろしくね!」
「おう、いくらでも相手をするぞ」
いや、やっぱり頼りにされるって嬉しいな。
相手が生島だからだろうか、案の定なにがあったのかは言ってくれなかったが。
「あ、今日は郁美ちゃんが来られないんだって」
「そうなのか」
交互に来なくなる人間達だ。
生島が来る途端に来なくなるって少し邪推してしまう。
本当に仲がいいのか? と考えてしまうのも無理はないだろう。
「聞いたよっ、やっぱり郁美ちゃんにもいっぱい優しくしていたってっ」
「そりゃ冷たくはできないだろ」
「上着貸してっ」
「お、おう……」
成瀬だって言ってきたから別におかしなことじゃない。
しかもあれだ、相手の方から言ってきているんだから気にしなくていい。
そういう風に保険をかけておかないとどうしようもなくなるのが正直なところ。
「もう4月も終わりなのに寒いよね」
「そうだな、成瀬も寒いって言っていたし」
4月も終わるということは彼女の誕生日がもうくるということ。
……実はあの後、ひとりで店に行って買ってきた物がある。
極端な考え方をするなと成瀬は言った、別に食べ物とかでなければ問題もないはず。
「生島、ちょっと手を貸してくれ」
「うん? はいっ」
鞄から取り出した物をなにも説明せずに置いて窓の外に視線を注ぎ始めた。
「こ、これって?」
「……成瀬から聞いた、30日は誕生日なんだろ?」
「もしかしてプレゼントっ?」
「そんな大袈裟な物じゃない、けどまあ、来てくれてありがとう的な感じで」
ださい、異性になにかをあげたぐらいでなんだよ。
あ、けどこれが初めてか、渡してから緊張するのも無理はないな。
なんかわーとかえーとか言ってないで早く開けてこの話題を終わらせてほしかった。
ちなみに、まだ30日まで余裕はあるんだけどな、当日に渡す方が緊張するし。
「なんか店に行ったらそれがあってな」
「あ、これ、私のイニシャルが刺繍してある」
購入してからハンカチは別れを意味するだとか書いてあって微妙な気分になったけどな。
それでもまだそうしてもらっておいて助かった形になる。
「異性になにかあげるのは初めてでな、まあ……いらなかったら自由にしてくれていいから」
だせえ……こうして保険をかけておかないと怖くてしょうがない。
なんで勝手にマイナスなイメージがついてんだ、意味なんか知るかぼけ。
なんかいいと思ったから買ってきただけだ――と、内では暴れておく。
誰かが勝手に決めたイメージに振り回されたくない。
「俺は生島と離れたくてこれを選んだわけではないからな」
でも、次は必ず調べてから買うことにする。
だって隠された意味を理解しておかないと勘違いされてしまうかもしれないから。
物によっては引かれかねない、そうなったら居づらくなるから気をつけなければ。
「ありがとう!」
「おう」
願望もあったのかもしれない。
ある程度常識的な物に限るが、彼女ならなんでも喜んでくれるだろうと考えたのかも。
「あ、成瀬に誕生日を聞いたんだ」
「知ってるよ、一緒に選びに行ってくれたんでしょ?」
「ああ、俺はそのときには買わなかったけどな」
変なことを考えないであのとき購入しておけば良かった。
後からじゃないと悔めないからこそ後悔なんだけども。
「あと、生島がまた来てくれて嬉しいぞ」
「え」
「ほら、最近はあの約束も果たせてなかっただろ?」
できる限りの時間まで教室で過ごすという約束。
何故だか最近は成瀬とばかりになっていて少し寂しかった。
なんだかんだ言っても明るい彼女がいてくれると安心するのかもしれない。
「まだ早いけど誕生日おめでとう、まあでも、この話はもう終わりな」
本当だったら知り合ってから1ヶ月も経っていないのであればプレゼントをあげたりはしないのかもしれない、相手が生島だったからこそ表だけは引かれずに受け取ってもらえたのかもしれないからやはり気をつけなければならなさそうだ。
というか、なにも教えられずに連れて行かれたからって大して関わりもない生島になにかを買おうとした時点で自分らしくないというか……、俺は元々そういう人間ではないからな。
「……実はね、両親とまた喧嘩したんだ」
「そうなのか?」
またって不仲とだけしか聞いていなかったから初耳なんだが。
「それでさ、郁美ちゃんのお家に1週間ぐらい泊めさせてもらっていたんだ」
「成瀬の家にか」
「うん。でも、帰ってこいと言われて……避けててもあれだからちゃんと話し合ったらさ、ひとり暮らしをさせてもらえることになったんだ。お小遣いとかはなくなるけど生活費とかはちゃんと出してくれるという話だからありがたいなあって」
「なるほど、それで最近はばたばたしていたのか」
顔を合わして毎回言い争いになるよりはストレスも溜まらないか。
親なら不安になりそうだけどな、それにいきなり家事全般をやるのって大変だし。
それでも自宅に嫌々住んでいるよりかはマシなのかもしれないな。
「うん、でね――」
「結花」
「郁美ちゃん? 帰ったんじゃ……」
もしかしたら引き返してきたのかもしれない。
至って普通の成瀬という感じだが、これからどうなるのか。
「田先に言ったの?」
「いまから言おうと思ったんだ」
「はは、早く言いなさいよ」
「う、うん……」
なんだ? そういうやり取りをされるとなかなかに不安な気持ちになる。
プレゼントをあげたときのような気持ちをまた味わいたくはない。
けれど、ここで逃げても結局意味はないと思うから留まっていた。
「あ、それより用事があるんじゃ……」
「よく考えたら私が慌てる必要はないから」
「そ、そっか」
こういうときにすぐに言わないのが駄目なところだ。
そういう焦らしプレイはいらない、そういう趣味ではないのだから。
「いや、やっぱり帰るわよ、もちろん田先も」
「わかったっ」
「どうせ帰らなければならないからな」
家でじっとしていた方が楽なのは変わらないからいいか。
それに生島はひとり暮らしをできるようになって遅くまで残っておく必要はなくなったということなんだからな、それなら遅くまで留めておく方が良くないというもの。
で、いつも行く方向を選ばずに俺の家の方に歩いていくふたり。
俺の家に用があるわけではないだろうしなんだろうと考えていたら、
「ここよ」
俺の家の横を指差して成瀬が笑った。
「こ、ここに成瀬が住むのか?」
「いや、住むのは結花よ、私はGWからそっちに住むわ」
これは偶然ではない、意図して住むことにしたんだ。
ひとり暮らしをしたかった生島はともかくとして、何故成瀬まで来るのかはわからないが。
「あんたもいれば安心できるでしょ」
「頼ってもらえるのは嬉しいけどな、まあ、それじゃあな」
なんか落ち着かない毎日になりそうだ。
家を出たらすぐ会えるってすごい話だと思う。
だから部屋に入ってからは適当に寝転んでぼうっとしていた。
「前のときにわかったけど意外と綺麗にしているわよね」
「確かにっ、男の子の家ってちょっとごちゃごちゃしているイメージがあるからねー」
待て、なんでこのふたりは当たり前のようにここにいるんだ?
これじゃあまるでハーレムみたいだ、自宅にいるのに逃げたいぐらいだぞ。
つかこのふたりの両親もほいほい契約しすぎだろ……、金持ちなら余裕だろうが。
「これから毎日よろしく、田先元くん」
「成瀬に君付けされるのは調子が狂うからやめてくれ……」
用もなく家に来そうだからチェーンをしっかりかけておこうと決めたのだった。
「生島さんっ、誕生日おめでとう!」
「ありがとー!」
4月30日。
現在時刻は18時30分、場所は俺の家のメインの場所。
小さいテーブルにはスーパーで買ってきた物が並べられている。
それでも宮前がいてくれて本当に助かった、流石にふたりの相手は大変だから。
「はい、俺からはこれを」
「ん? これは……」
「ひとり暮らしでも休日に寂しくならないアイテム、ニンテ――」
「こ、こんな高い物貰えないよ!?」
「いや、これはもう生島さんのために買ったんだ、受け取ってほしい」
すごいな宮前は、ただ流石に高すぎだろそれは。
社会人になってもそれぐらいの物を贈り合ったりするのはあまりいないだろうよ。
「まあ、自分だけで使いづらいなら成瀬さんと使ってくれればいい」
「そ、そっか、あ、でも、こんな高額なの返せないからね!?」
「気にしなくていい、俺が自分の意思であげたいと思っただけだから」
ある程度の期間は使いづらそうだ。
で、とりあえず買ってきた物を食べていたのだが、
「んー、田先が作ってくれたご飯の方が美味いな」
「ある程度のお金を使っているのになんででしょうね」
と、ふたりは微妙な顔で咀嚼していた。
すぐに食べられるし捨てられるから楽という見方はできる。
が、俺もこれだったら食材を買ってきてなにかを作った方が安価だし、満足感も得られるからいいなと考えてしまっていた。
「多分、誰かが作ってくれたご飯だからじゃないかな」
「そうだろうな、田先は丁寧に作ってくれるからそういうのも影響しているんだろうな」
丁寧に作っているらしい。
それは他人に食べさせるときぐらいのもので、自分だけしか食べないのであれば気を使ったりはしない。ザンザンザンと切って、炒めて、皿に盛って完成! ぐらいだからな。
「田先くんが作ってくれたオムライス美味しかったなー」
「俺らは焼きそばを作ってもらった、大きめな肉を入れてくれてたな」
あまり持ち上げられるのも居づらくなるから勘弁してほしい。
そんなに言われると勘違いして作って食べてもらいたくなるから駄目だ。
俺は単純だからな、そのまま鵜呑みにして事実を突きつけられて傷つくんだろうな。
「なんか地味に女子力が高いんだよな」
「最初と違ってお弁当とかも自分で作ってるもんね」
焼きそばパンやコロッケパンにはなにも不安はない。
でも自作弁当であれば前日の余った物を突っ込んでおけばある程度は満足できるのでそうしていた、最悪それがなくても白米にふりかけをふりかけておくだけで十分だし。
「あんた作ってもらってないわよね?」
「うぇっ!? つ、作ってもらってない作ってもらってない」
嘘だ、もう3回ぐらいは作らされた。
家事でもなんでもするからひとり暮らしをしたいと言っていた彼女はいなかったのだ。
「田先、あんまり結花を甘やかさないでよ?」
「ああ」
「ま、明日から住めるんだからいいんだけどね」
「「怖いな……」」
それでも俺が作って食べさせるよりは問題もないか。
聞いてみたら家事全般は基本的にできるという話だし。
勢いだけでひとり暮らしを初めようとした誰かさんとは違う。
「なんか俺だけ仲間外れみたいで嫌だな……」
「それなら俺の家に泊まりに来ればいい」
床で寝ることになってしまうが我慢してほしい、飯とかだったら作ってやれるから。
「よし、それならGW全部泊まるぞ!」
「夜まで毎日部活だけどな」
「だな……」
そういう拘束の多さも部活に入らなかった理由のひとつ。
しかも真面目にやっていても怒られることも多いからな、軟弱と言われればそれまでだが。
「それなら荷物を持ってくるかな」
「手伝おうか?」
「いや、気にしなくていい、ふたりといてくれ」
いや、俺としては異性とだけいるのが不味いから口にしたんだ。
昔から一緒にいるんだから俺がどういう考え方をするのかはわかるはずだろ。
そうしたら出ていく間際にウインクをされてしまったという……。
まあそもそも、先程成瀬が言っていたようにあまり意味のない抵抗になるんだけどな。
だって横なら絶対に来る、それは生島といるだけでわかったことだ。
「成瀬、これから頑張ってこの生島を支えていこうな」
「この子は結構適当なところがあるから凄く大変よ、それでもいいの?」
「隣の家同士だからな、倒れられたら困る」
飯を作ることで元気良くいてくれるのならあまり気にならない。
しかも食材費もそうかからずにできるから俺の両親に負担をかけるということもないし。
「ある程度は任せなさい、結花のことはよく知っているから」
「最初は驚いたけど成瀬がいてくれると安心するよ」
とりあえずはごみを片付けたりをしておいた。
普段から綺麗にしておかないと駄目になる、そのときだけ頑張っても意味はない。
ある程度終わらせて座ったら何故か生島に睨まれてしまったが。
「……私には安心するって言ってくれてない」
「来てくれて嬉しいと言ったろ?」
「安心するとは言ってくれてない」
なんでもかんでも言える人間ばかりではないんだ。
それにあのときはハンカチを渡した後で微妙な気持ちだった。
来てくれて嬉しいと口にできた時点で偉いねと褒めてほしい。
「俺にとっては同じ意味だ」
「……満足しておく」
「それより起動してみたらどうだ?」
「い、郁美ちゃんが代わりにやってっ」
「わかったわ」
初めての起動なんて1番わくわくするところなのにいいのか?
それどころではないのか、というかこのふたりはいつまでいるつもりなんだ。
「これにしたって高いのによく買ったわね」
「その割には宮前の奴、自分にはそんな高いの買わせないからな」
カップ麺でいいとか言われても困るんだよな。
こっちはほぼ3000円ぐらいの物を貰っているのにとなる。
だからやはり高価な物を選ばれるのは負担も大きいな。
「はい、後は自分でやりなさい」
「う、うんっ」
「田崎はちょっと付き合って」
「おう」
家の外に連れて行かれた。
明日からは彼女が横の家に住み始めるのか。
物とかを運ぶの、手伝った方がいいのか?
「どうせご飯とか作っているんでしょ?」
「ああ……すぐ来るからさ」
「明日からは困ったらすぐに頼りなさい、ある程度は対応してあげられるから」
「ありがとう、成瀬も困ったらなんでも言ってくれよ」
できることなんかたかが知れているが抱え込んでほしくない。
それに仲良くしていれば不効率なところを効率良くできるように教えてもらえるかもしれないから悪いことばかりでもないだろう、そういう見返りなしでも困っているところを見たくないからどんどん来てくれれば良かった。
「もしかしたら行くかもしれないわ」
「夜中とかじゃなければ来てくれればいい、どうせ生島のやつが来るからな」
もう家に入れないとかの決め事は無意味なものになっている。
しかも家に招いたところで怪しい雰囲気になるわけでもないのであまり関係ない。
これからはわざわざ別のところに送らなくてもいいというのが楽だった。
家に帰ってすぐにのんびりできるというのもいいところだな。
「そういえば壁はどうなの? 横の声が聞こえたりする?」
「いや、意外と高性能みたいで全く聞こえないな」
「へえ、そこそこ高いだけはあるのね」
生島が来る度に「さっき叫んじゃったんだけどうるさくなかった?」と聞いてきていたからわかったことだった、それまでは無人だったから騒音とは全く縁がなかったから。
で、隣に誰かが住んでいても特に気にならないことに気づけて満足している。
俺らは声が大きいから自然と下の階の人間に迷惑をかけている可能性があるかもしれないし。
「ふぅ、やっと着いた」
「持ってきすぎだろ、運ぶから貸してくれ」
「ありがとな、ちょっと任せるわ」
宮前が帰ってきたことで会話は中断。
部屋に入ったら小さな画面とにらめっこしている生島さんがいましたとさ。
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