03話.[それじゃあまた]
「今日のご飯はシチューなんだ」
「へえ、いいじゃない」
結局、成瀬が来てくれるようになったからか部活終了時間まで待つことはしないらしい。
余計なことをしないと決めてあるから気にせずに約束を守ろうとしていた。
「私もこっちの教室が良かったなあ」
「いちいち移動するのは面倒くさいしわかるわ」
宮前に会うために来ているのなら頼めば来てくれることだろう。
残念ながら俺が目的であれば行ったりすることはないが。
「田先、あんたって結構律儀よね、今日もこうして付き合って」
「責任を取りなさいと言ったのは成瀬だぞ」
「ふっ、そうね、それなら偉いと褒めるべき?」
「いやいい、成瀬は生島の相手をしてやっていてくれ」
やはり同性同士でいるときが1番自然に見える。
それかもしくは単純に付き合いの長さからくるものなのかもしれない。
にしても10年ぐらいってすごいな、その間にだって喧嘩とかだってあったんだろうしな。
生島みたいに柔らかい態度の人間が相手なら折れるしかなくなるのだろうか。
「うーん、郁美ちゃんにだけ親しい感じだよね」
「そうか? 相手によって態度を変えたりはしないけどな」
もし相手が特別な存在だったりしたら多少の差は出るかもしれない。
けれど現時点で差を出す必要は無意味だ、仲良くなりたいのなら尚更のこと。
「そもそも結花はなんで田先に頼んだの?」
「それはあれだよ」
「あれってどれよ」
「内緒っ」
えぇ、そこは普通に言ってくれよ、そりゃ成瀬だってなんでってなる。
「あっ、宮前くんと仲良くなりたくて頼んだわけじゃないからね! いやまあ、あくまでそういうつもりではないだけで友達としては仲良くしたいんだけどさ」
「早口なところが怪しいわよね」
「ああ、俺もそう思う」
生島は「信じてよー!」と口にしていたがより怪しくなるだけだった。
ただまあ、宮前と仲良くするために利用されても構いやしない。
いちいち報告とかをしてこなければ十分、何気に話し相手も欲しいからな。
「どう行動しようが結花の自由よね」
「そうだな」
そもそも余計なことを気にしないと決めているから対応は変わらない。
そういうつもりでも友達として応援するだけだ、もちろん口にしたりはせずに。
「今日は何時まで残るつもりなの?」
「んー、19時ぐらいまでかな」
「そ、じゃあ時間になったら田先に送ってもらえばいいわよね」
「俺は構わないぞ」
最初はともかくとして、俺はそういうつもりで付き合っていたわけだし。
だからこそ早く、もっと親しい人間が現れてほしいとも思う。
「成瀬が男だったら全面的にどこか危うい生島を任せるんだけどな」
なんというか無防備すぎる。
ほいほいと話してしまうところや、距離の近いところとかが。
「男じゃなくて悪かったわね」
「いや、生島にとっては成瀬がいてくれることは安心できるだろうからな」
「ああ、なるほどね」
「察しが良くて助かるよ」
良くも悪くも淡々としているから彼女といるのは気楽だった。
が、ついじっと見すぎていたらしく「いちゃいちゃするの禁止ー!」と無理やり生島に両目を両手で覆われてしまう、これぐらいでいちゃいちゃ判定は厳しすぎるだろ……。
「なに変な勘違いをしているのよ」
「郁美ちゃんもいい雰囲気を出してるもん!」
「そりゃ毛嫌う必要がない相手だからよ」
「田先くんは脚が大好きなの! だから郁美ちゃんのその脚を舐めるような目で見ているんだから! ほらっ、色白で眩しすぎて絶対に興奮してるって!」
いきなりなにを言ってくれているんだこの少女は、情報源はまず間違いなく宮前の奴だろうが。
確かに好きか嫌いかで言えば好きだ、俺も男だからしょうがない
でもだからって脚が特別好きというわけでもなかった、異性の部位なら胸が1番だ。
ちなみに最低な話になるが生島より成瀬の方が大きい。
「なにを必死になっているのよ、最近話し始めたばかりなのよ?」
「だからこそその親密さが怪しいんだってっ」
「なにもないから安心しなさい、ねえ?」
「おう、まあ成瀬の方が正直に言って対応しやすいけどな」
友達の友達だからこそ勘違いしなくて済む。
あと、無闇矢鱈に距離が近かったりもしない。
不意打ちの笑顔攻撃を仕掛けてきたりもしない。
俺とだけ出かけたいとかも言ってこないからいい。
「直すから教えてっ、どうすればいい!?」
「落ち着け。そうだな、生島はもう少し距離を作ってくれるとありがたいな」
「距離を作る?」
「ああ、話すときとかも机1.5個分ぐらいは離れてほしい、あとはその気もないのに俺と出かけたいとか言わないこと、それ以外は別に問題はないな」
人によっては嫌がる人間もいるだろうからいまから気をつけることは悪くない。
そうすれば成瀬だって親友として安心できることだろう。
問題なのは異性同性問わずその癖が出てしまうことなんだからな。
「生島といられることは別に嫌じゃないどころか嬉しいからな」
「う、嬉しい……?」
「そりゃ、毎日一緒にいられるような関係の異性が生島ぐらいしかいないからな」
「な、なるほどっ」
何故か後頭部を成瀬に叩かれて慌てて向く。
しかもそれだけではなく何故だか廊下に連れ出されてしまった。
「その気がないならあんなことを言うのはやめなさい」
「いや、いられるのは嬉しいからな……」
「そんなに異性といたいの?」
「そりゃ……男だからな」
「ふっ、可愛らしいところもあるじゃない」
これは可愛らしいところなのか?
生島もあれだが成瀬もまたどこか不安になってくる感じだ。
「だからふたりだけで仲良くするの禁止!」
「していないわよ」
ああ、生島のこういうところが嫌なんだ。
男だったらこういう露骨な反応をされたら期待する。
しかも相手は多分人によっては可愛いと言うぐらいの容姿。
そして、相手によって恐らく態度を変えたりしないいい人間。
ただ知らないだけかもしれないが、恐らく表裏の差はほとんどない。
演技をするメリットもない、ただの願望かもしれないけども。
「あ、帰ってこいって……」
「それなら送るぞ、学校にはまた戻ってくればいいし」
「いいわよ、あんたは結花といてあげて」
「まあ、成瀬が言うなら」
あまり暗くないのに対応がおかしかったか。
宮前だったら絶対にそうしてきたから移ったのかもしれない。
「おい、なんだその顔は」
「知らない、田先くんは郁美ちゃんばっかり贔屓するんだから」
「成瀬ばっかり贔屓しているならここに残っていない、そうだろ?」
「ふんっ」
「まあそれでいいから19時までゆっくりしようぜ」
ある程度時間をつぶせるのはこっちにとっても好都合なんだ。
だから結構気に入っている、きちんと約束を守るのはこれが初めてだけどな。
「ふぁぁ……ちょっと冷えるね」
「だな」
流石に暗くなってくると秋や冬でなくても冷える。
この前言われたことを思い出して一瞬迷ったものの、上着を貸しておいた。
「こういうことを誰にでもするの?」
「相手が寒そうにしていたらな」
「自分が寒い思いをしても?」
「まあな、宮前的には格好つけていることらしいけど」
相手に寒そうにされているよりはマシだと思う。
でもやっぱりそういうことなのか? その気もないのにするべきではないことか?
つかなんで俺はこういうことを自然にしているんだろうかと不思議になる。
相手が異性だから? 実は汚い男脳が働いていて仲良くなれると信じているから?
自らごちゃごちゃにしすぎて馬鹿らしくなった、まあいいだろう。
「前も言ったけど使いたくないなら返してくれればいい」
「ううん、暖かいから」
「そうか」
実はもう19時は越えていた。
それなのに俺らは帰らずにまだ教室にいる。
なんだか帰ろうという気分にならなかった。
「あのさ、表面上だけじゃないからね? 私は本当に田先くんとお出かけしたいなって」
「どこに行きたいんだ?」
「前も言ったけど飲食店だったりペットショップとかそういうところに一緒に行けたらって」
余程のことがない限りここで嘘をつく必要はないよな。
来てくれるのなら拒まない人間だろ、別に勘違いしなければいいんだ。
「まあ……、生島が行きたいなら別にいいけどさ」
「いいのっ!? それなら明日行こうっ」
「明日は平日だからあんまり遅くにならないようにしないとな」
ここで過ごすのと外で過ごすのとでは状況が変わってくる。
それに本人が逃げたいからって少女を夜遅くまで連れ歩いていたら彼女の両親に怒られる。
不仲だろうと酷くなければ両親は娘や息子の心配をするものだから。
「そろそろ帰るか、送って行く」
「そういえばこの前、残ってくれなかった」
「それは悪い」
「ううんっ、帰ろっかっ」
……もし勘違いして好きになってもきっと宮前が笑ってくれることだろう。
だからそこまで重く捉える必要もないんじゃないかと考えておいた。
「いえーいっ、カラオケー!」
「お、おう……」
そこそこ利用料金が高いよなあと。
ここは飲み物を注文しなければならない場所だからそれが高い。
1時間で800円はな、それだったら牛丼特盛を頼んだ方がマシだろう。
「え、私がいっぱい歌っていいの?」
「ああ、歌声を聴きたいから」
「え……ええ!?」
「聞く専門なんだ、だから自由に楽しく歌ってくれ」
もっとも、もう57分ぐらいしかないが。
で、生島は実際に歌い始めた。
最初は緊張しているのか多少ぎこちなかったものの、曲を重ねる毎に良くなっていく。
宮前と同じく綺麗な歌声で、ただそれを聞いていられるだけで十分だった。
「ふぅ……」
「お疲れさん、上手だな」
単純にひとりだと選曲に困るよなあと。
歌える曲がそこそこしかないとすぐになくなってしまう。
逆にCMでちょっとだけ聴いたような曲に挑戦してみるのもいいかもしれないけどな。
「そ、そうかな? ありがとう」
「こっちこそありがとな」
得点を競うモードとかでもないし自由にやってくれれば良かった。
納得のいかないところがあったのなら何度同じ曲を歌ってくれても構わない。
寧ろ無理やり歌わせようとしてこないので、俺の中で彼女のイメージはより良くなっていく。
俺の中で良くなったところでなんにも得なことはないんだけども。
「もう終わりかあ……」
「楽しめただろ、会計を済ませて帰ろうぜ」
面倒くさいから俺が先に払って後から貰うという形に。
外に出たら自動販売機をじっと見ていた生島に声をかけて歩きだす。
「あ、お金払うよ」
「あー、なんか割引クーポンがあってほとんどひとり分だったからいい」
350円をちまちま取ろうとするのはなんか違う。
やはり俺の中にあるんだなあと、格好つけたいというそういう気持ちが。
「ありがと」
「別に礼なんか言わなくていい」
もうそこそこいい時間だった。
カラオケ店に来る前はペットショップに行っていたから既に19時を越えている。
本来であれば学校から出てきている時間で。
「この後はどうする?」
「ちょっとお腹空いちゃったかなー」
「と言っても、この前の焼き肉で飲食店には行ける余裕ないんだよな」
先程の700円も地味にダメージを与えた。
やはり1度財布の紐が緩むと良くないから気をつけなければならない。
「そうだ! 田先くんのお家はっ!?」
「それで飯を作れって? なかなかに厚かましいな」
「ち、違くて、私はただどんな感じなのか知りたくてですね……」
「まあいい、それなら付いてこい」
で、家の外まで行ったらそこで帰すとはならず。
「べ、別に入りたかったわけではないですからね?」
「敬語なのが逆に怪しいんだよ、もういいから待ってろ」
手軽に作れて腹も膨らむオムライスを作ることにした。
本当にこれは便利でいい、敢えてケチャップじゃないのが田先家流だ。
炒めたご飯に塩胡椒を振りかけて、あとは別で卵を焼いて頑張って巻くだけ。
「ほい」
「ありがとう、見てたけどケチャップじゃないんだね」
「文句を言われるかもしれないから生島の分はケチャップライスにしておいた」
「え、別に良かったのに、でも、ありがとう」
田先流を否定されても嫌だから一般的っぽく作った。
相手の家の作り方が自分の家と違うからって指摘するのは違うんだ。
肉じゃがとかにだって平気で豚を入れるしな、豚肉の方が牛肉より美味しい。
貧乏舌とか言われても美味しいからそれでいい、豚肉馬鹿にすんなと思う。
「美味しいっ」
「そうかい」
で、俺はなんで当たり前のように彼女に振る舞っているのか。
で、なんで彼女は当たり前のようにここにいるのか。
ひとり暮らしをしているということは知っているのに普通行くか?
こういうところが心配になるところなんだよな。
他にも丁寧に対応してくれる人間は沢山いるだろうが全員がそうとは限らないんだぞ。
「はい、食べ終えたなら帰る」
「あの、食後はゆっくりとしたいんですけど……」
「駄目だ、あんまり気軽に上がったりするな」
「家に入れようとしたのは田先くんじゃ……」
「うるさい、来ようとした時点で駄目なんだよ」
確かに連れて行った俺が悪い。
結局こうしている時点で俺が悪い。
明日なにか騒ぎになっていたら生島が関係しているだろうな。
「別にいいじゃん、異性の家だから行っちゃ駄目なの?」
「俺らが仲良ければ問題ないけどそうじゃないからな」
「一緒に飲食店に行ったりした仲だよ? 十分だと思うけど」
「ひとりで暮らしている家に連れて行くにはまだ早すぎたんだ」
あそこで強く断って彼女の家に送って行くべきだった。
負けたのは汚い下心があったからではないだろうか。
怖いねえ、相手が異性というだけで頑張ろうとしてしまうから。
別にそういうことがしたいというわけではなく、純粋に仲良くしたいんだ。
なんだかんだ言って異性と仲良くするものという考えがあるんだろうな。
「生島は宮前に誘われたら家に行くか?」
「いや行かない」
なんでだよ……この違いはなんなんだ。
「あっ、異性であれば誰の家にでも行くとか考えてるの!?」
「違う。ただ、もう少し考えて行動するべきだと言いたいだけだ」
「んー、確かにがっついているようであれだもんね、気をつけるよ」
気をつけなければならないとか考えたすぐ後にこれ。
本当に自分のアレな脳や心にはほとほと呆れてしまう。
下手をすれば連れ込まれたとか言われて社会的に死ぬ可能性もあるというのに。
だけど恐らく、この先も似たような失敗を繰り返すんだろうということは容易に想像できた。
「そうだな、もっと仲良くなってからであればいいんだけどな」
「どうすれば田先くんと仲良くなれる?」
「それなら簡単だ、この先も一緒にいてくれるだけでいい」
というか、大抵の男はそんなものではないだろうか。
もし自分のところにだけ来てくれているとわかれば余計に安定する。
単純なんだよ、一緒にいるときに楽しそうにしてくれたら意識してしまうものだ。
「そうかなあ? そうすると郁美ちゃんとばかり仲良くしちゃうじゃん」
「成瀬と仲良くしておくことはメリットだらけだからな」
「ふーん、例えばどういう感じに?」
「生島と喧嘩してもサポートしてもらって仲直りできるかもしれない」
こんなことを言っておきながら結局宮前や他の男子が好きだった――例えばそういうことになっても成瀬といることで落ち着けるかもしれない。
「それになにかあった際に情報の把握が楽になる」
「わかったわかった! 仲が悪いよりは大切な友達と仲良くしてもらえた方がいいからね」
「だろ? でも、勘違いしてくれるなよ、いちゃいちゃしたいとかではないからな」
「それなら私といるときは?」
こいつ、ちょっと調子に乗っていないか?
今後もこの調子だと困るからわかってもらわなければならない。
「俺は友達と話そうとしているだけだ」
「そっか、まあこれから仲良くなればいいんだからね! あっ、送ってくれてありがと!」
「おう、それじゃあまた明日な」
「うんっ、ばいばい!」
元気いっぱい少女の相手をするのは大変そうだ。
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