02話.[確実に差はある]
「あ、田先くん――ぶへぇっ!?」
「お、おい、大丈夫かっ?」
そんな犬じゃないんだからもう少し落ち着いてほしい。
しかも顔面からスライディングとか女子がやるにしてはリスクが高すぎだろう。
狙ってやったわけではないだろうが、とにかく大事なのは落ち着くことだ。
「うぅ……心配してくれてありがとう」
「気をつけろよ、傷になったら困るだろ」
「うん……」
とりあえず立たせておいた。
特に怪我をしているというわけではないようだ。
「それでどうした?」
「あ、これを返そうと思って」
「ああ、ありがとな」
「ううん、こっちこそ貸してくれてありがとう、暖かったから」
そういえば昨日、使ってくれていたか。
残念ながら起きた際に床に落ちて悲しい状態になっていたが。
帰ることだけしか頭になかったから放置してしまったんだよなあと。
「明日って土曜日だよね」
「そうだな、俺はなんか宮前に誘われているぞ」
「へー、宮前くんとどこかに行くんだ」
同性同士だったら気まずいということもないから不安もない。
でも、あんまり金を使う場所じゃなければいいと思う。
それと何件も店を見て回ったりするのは勘弁していただきたい。
できれば休日ぐらい静かにゆっくりしていたいからな。
「そうだ、生島が代わりに行かないか?」
「宮前くんとふたりきりでも緊張はしないけど……ほら、誘われているわけじゃないし」
「任せておけってっ、俺が言ってやるから!」
そうすれば寝ることができる。
適当に布団の上で携帯をいじったりしてその場に留まり続けて、ふふふ、最高だ。
「え、生島さんとふたりきりで?」
「おう、別にいいだろ?」
そもそも出かけることができるのは午後から。
生島も長時間でなければいいと思うし、遊びに行けば仲だって深められるはず。
両親と仲が悪いのなら心の拠り所を別に作っておかなければならないからな。
「俺はいいけど……」
「私も宮前くんとふたりだけでもいいよ」
「よし、それなら決まりだな!」
残念なことは部活動に所属してしまっているということだ。
あ、だけど部活終了時間まで待っていれば両親ともあまりいなくて済むか?
俺はそれを説明して物凄く満足した気分で席に戻った。
「なにか用事でもあるの?」
「いや、俺は動いているよりぼうっとしている方が好きなんだ」
一緒に遊んでいたりすると万が一があるかもしれないから嫌なんだ。
もしそういう目で見るようになってしまったら自然ではいられなくなるから。
あまりすぐに惚れるタイプではないから可能性は低いが、0ではないからな。
「宮前はコミュニケーション能力も高いし色々なところを知っているから楽しめるぞ」
「うん、そういうところは疑ってないけど」
つまり俺は単純だった。
単純だからこそ距離感には気をつけなければならない。
「今回は田先くんが言ってくれたことを守るから今度は私の言うことも守ってね」
「なんか頼みたいことでもあるのか?」
「うん、田先くんとお出かけしたい、それじゃあねっ」
生島よ、そういう言い方はやめていただきたい。
宮前にそんな言い方をするとまず間違いなく勘違いされてしまうぞ。
「馬鹿だなお前、なんで俺と行かせようとするんだよ」
「いや、俺だと楽しませてやれないからな」
「あんまり続けていると本当に嫌われるぞ」
「って、嘘だったのかよ……」
「当たり前だ、嫌われるほど異性と関われてないしな」
確かに宮前の言う通り。
が、言い方に悪意があったのでこめかみを攻撃しておいた。
俺が勘違いして好きにならないように宮前とか他の男子をそういうつもりで見てもらいたい。
あからさまなところを見せてくれれば好きになってしまうこともないし。
「なんでそんな誰も得しない嘘をついたんだよ……」
「それはあれだ、そうすれば嫌われないように行動しようとするだろ?」
「変なことをするな」
やれやれ、本当に困った男だ。
それよりも運動もできて異性からモテて羨ましいかもしれない人間だった。
複雑さを抱えている俺を他所に、休み時間が終了して授業が始まって。
いい点は俺らと生島が別のクラスだということだ。
色々知りすぎてしまうのは不味い。
その点、別クラスなら会おうとしなければわからないまま。
「宮前、前に来て解いてみろ」
「はい」
授業が始まるとあいつはすぐ真面目になるから嫌なんだよな。
普段はやっかましいだけなのに優等生というか。
話は急に変わるが、好きな人はいると宮前は言っていた。
あいつは俺と違って好きだと自覚してもしっかり責任を取れそうだから少し羨ましい。
「正解だ、流石だな」
「先生の教え方がわかりやすいからですよ」
こういう何気ないいつも通りのところでも劣っていることをわからせられるから嫌だ。
このクラスに女子が少なくて助かった、女子が多かったらより格好つけようとして差というやつを突きつけられることになるから。努力していないお前が悪いと言われればそれまでなんだけどな、なんでも努力をすれば追いつけるなんて考えはしていなかった。
「来たよー」
「おう」
これで放課後に彼女と過ごすのは2回目となる。
「そういえば土曜日、すっごく楽しかった」
「それは良かったな」
休日に連れ出してくれる相手というのは貴重ではないだろうか。
もっとも、両親が共働きであればある程度の時間までは天国かもしれないが。
「また行きたいなー」
「それなら日曜日に頼んでみればいい、なにもないからな」
他の人間と遊びに行って楽しかったという感想を聞く。
悪いがそういう趣味はないんでね、強制的にここまでにさせてもらった。
「なあ、部活終了時間まで待って宮前と一緒に帰ったらどうだ?」
「野球部って何時に終わるっけ?」
「活動が終わるのは20時だな、片付けとかもあるから20時半ぐらいだと考えればいい」
「なるほど……それなら家にもあんまりいなくて済むもんね」
問題があるとすれば宮前には好きな人間がいることだ。
それがこの目の前にいる彼女であればそれほど楽なことというものはない。
あいつだって意識して彼女といるだろうし、一緒にいると楽しいことを知った彼女だって進んで近づこうとするだろうし。
「でも、迷惑じゃないかな?」
「連絡先を交換しているのか?」
「うん、土曜日に」
「それならメッセージでも送ってみたらいい」
あいつが無視をするということは絶対にない。
例え喧嘩中であってもなにかしらの返事をくれるような人間だ。
わざわざ特定の女子が俺のことを嫌っているなんて言ってきたのはおかしい。
もしかしたら宮前が好きなのはこの彼女なのではないだろうか、という考えがある。
「仲良くなれるといいな」
「それはそうだね、嫌われているよりはよっぽどいいもん」
って、俺はどこ目線で喋っているんだよ。
なんか嫌な気持ちになったから外を見て整えることにした。
誰かの恋を応援するとか余計なお世話だろう。
大体、両親と不仲だからなんだ。
俺には一切関係のないことなのに余計なことばかり喋っている。
俺の中にもあるのか? 相手が異性だから気に入られようとする心が。
もしそうだとしたらかなり情けないとしか言いようがない。
俺は宮前じゃないんだぞ、相手に与える影響力というのが全然違いすぎる。
「田先くんはなにをしていたの?」
「俺はほとんど転んでいたな、あとは飯を作って食べたりとか」
「あ、そういえば宮前くんがすっごく美味しい料理が食べられるお店に連れて行ってくれたんだけどさ、今度そこに田先くんと一緒に行きたいなって」
「俺、外食って全くしないんだよな」
語弊があるか、ひとり暮らしをしてからはしていないだけ。
なにかがあったときのために金は残しておきたい。
それと、両親がくれている金は生活をしていくためのものだからな。
あとはそう、そういうところには仲がいいやつと行けばいいんだという考えがある。
「誘ってくれてありがとな」
「えー、それじゃあ行かないってこと?」
「あんまり無駄遣いしたくないんだよ」
というか、彼女はなんのために俺に頼んできたんだ?
宮前と仲良くしたいということなら経由する必要なんかない。
時間つぶしのためということなら間違ってはいないかもしれないが……。
「宮前くんと一緒に田先くんを引っ張り出そうかな!」
「俺が居留守を決め込んだら終わりだぞそれ」
「いーや、隣の家の人に迷惑をかけないために出ると思う!」
質が悪い、そんなことをしたら嫌がらせされるぞ。
いや、それそのものが嫌がらせだから確定事項ではあるのか。
もっとも、両隣は誰も住んでいないが。
「わかった、それなら宮前とか他の人間もいてくれれば行く」
「え」
ふたりきりでなければ金魚のフン状態になれる自信がある。
最低限の協調性があれば一緒に行っているメンバーを不快な気分にもさせない。
これを拒み続けるのは露骨すぎるから柔軟に対応しなければならなさそうだ。
「なんで? 私とは嫌なの?」
「嫌じゃない」
「じゃあなんで?」
「そこまでは契約の内ではないだろ、放課後は居残るってだけだ」
安易に暇だからと口にして受け入れた俺をぶっ飛ばしたい。
ひとりで残るのとは全く違かった。
会話はすぐになくなるし、窓の外を見て時間をつぶすにしても普通に気まずい。
忘れかけた頃に横を見た際に生島がいて飛び上がりそうだった。
「あくまで友達としてだからね?」
「それはわかってる」
「うん、でもそうだね、田先くんの言う通りかも」
彼女は「ちょっと調子に乗りすぎた」と呟いて黙った。
相手の顔を無言で見つめるような趣味はないからやっぱり窓の外を見るしかできない。
「結花ー」
「あ、
なんだ、ちゃんと友達がいたのか。
助かった、このまま彼女を連れて行ってくれればもっといい。
「他クラスでなにやってるの?」
「郁美ちゃんは知っているでしょ?」
「なるほどね、時間をつぶしたいということね」
「うん、ここにいる田先くんがお手伝いしてくれているんだ」
おい、こっちに意識をやらなくていいから。
友達の友達と遭遇したら必ずこうなる。
もっとも、友達とは生島が勝手に言っているだけにすぎないんだが。
「ああ、宮前とよく一緒にいるわよね」
「え、知ってるの?」
「まあ、宮前が目立つから」
待て、ここでライバルの出現は面倒くさいぞ。
あいつもいいところを見せつけるのはいいが範囲を調節してほしい。
「でも、どういう繋がり?」
「私がお願いしたんだ、放課後に付き合ってほしいって」
「へえ」
やばい、これならまだ生島と話している方が良かった。
先程から無理やり窓の外を見てなんとかしているが限度というものがある。
「あ、なあ、ふたりはどういう関係なんだ?」
「ん? そうね、普通の友達かしら」
「そうか、もう長いのか?」
「大体10年ぐらいね」
それだと親友と言ってもいいぐらいだと思うが。
安易にそういう発言をしないからこそいいのか?
「田先が問題ないことは知っているけど不安だから私も残るようにするわ」
「それなら俺はいらなくないか?」
「なに言っているのよ、結花が頼んであんたは受け入れたんでしょう? 責任を持ちなさい」
「わかった、まあ個人的にふたりきりより気が楽だからいいけどな」
ちょっと待て、なんで俺が問題ないことを知られているんだよ。
特に騒ぎを起こしたりしないからという考えからくる発言なのか?
まあ勝手に悪い奴みたいに対応される方が嫌だからいいけどな。
「暇ならあんたも部活をやればいいじゃない」
「無茶言うな、ついていけなくてすぐに辞めるのがオチだ」
「でも、結花の相手をしているよりは有意義な時間を過ごせるんじゃない?」
「あんまり動きたくないんだよな、だからここに張り付いていたいんだ」
こういう相手の方が話しやすいかもしれない。
そういうつもりじゃないということがすぐにわかるから。
「そういえば名字は?」
「成瀬」
彼女がいてくれれば意識を分散できるからいいな。
あとは面倒くさいことにならなければいいなとと願っておく。
「今度一緒に遊びに行くとき、成瀬も来てくれないか?」
「私達だけ?」
「いや、宮前もいる、そうじゃなければ意味がないからな」
「いいわよ」
勝手に生島のことを心配して勝手に付いてきてくれる存在というのは貴重だ。
生島以上に仲良くしておく必要がありそうだ。
とはいえ、あくまで生島がこちらに来ているようだったら、という話。
「なんで郁美ちゃんだけは自分から誘うの?」
「生島のためだ、成瀬がいてくれた方が気が楽だろ?」
「それでも甘えてばかりでは駄目だから……」
「私のことは気にしなくていいわよ、自分の意思でいることを選んでいるんだし」
「郁美ちゃん……」
もちろん宮前や他の男子とふたりだけがいいということなら邪魔はしない。
成瀬だってそこら辺は理解してくれているだろうから難しく考えてほしくはなかった。
「ねえ、なんで私達は焼肉屋にいるの?」
もう注文を終えて食べ放題コースの時間が始まったというのに今更な質問だった。
「それはあれだよ成瀬さん、やっぱり仲良くなるには一緒に食事からでしょ?」
「そう? 普通はゲームセンターとか気軽に遊べるところで遊んでからじゃないの?」
「まあまあ! いいじゃん、どうせ来ているのなら食べようよ!」
「まあ、食べるけど……」
いや、俺も割と似たような意見だった。
仮に飲食店に行くのだとしても高い焼肉屋じゃなくてもいい。
こんなの全然食べられないから割に合わないのだ。
しかも焼いてくれる宮前がいてくれたから良かったものの、誰もいなかったら気まずかった。
「女の子ふたりはともかく、田先は沢山食べろよな」
「あんまり食べられないからお手柔らかにな」
野球部の人間と一緒にしてくれるな。
ひとり暮らしを始めてから確実に食べる量が減った。
驚きなのはそれでも満腹になってしまうこと。
実家にいたときは大きい丼で必ずおかわりしていたぐらいなのになんだろうな。
「ふたりはなにを食べたい?」
「私はカルビかな」
「私はおまかせするわ、嫌いなものはないから」
「了解」
こういうのを空気が読めないと言うんじゃないのか? 明らかに自分は邪魔者だった。
高い金を払って邪魔者になるって俺は物好きか性格の悪い成金野郎か?
幸いな点は3人が食べたり喋ったり焼いたりでこちらに意識を向けなかったこと。
あ、いや、宮前は皿に肉をどんどんと入れていっていたけども。
「宮前も食べろよ」
「取ってあるから大丈夫、田先も気にせずどんどん食べろ」
開始早々、もうあまり余裕がなかった。
こういうタイプの外食というのは結構気を使うものだ。
焼く係を押し付けているのも問題だし、なにより俺らは仲良くないんだから。
父が会社のあれでたまに焼肉屋に行くらしいが、そっちは本当に地獄だそうだ……。
「結花、口の横についているわよ」
「あ、本当だ……あはは、恥ずかしいな」
「可愛いくていいんじゃない? 変にキャラを作って少食アピールとかをするよりはよっぽどいいよ、この前もそうだったけど生島さんは美味しそうに食べてくれるからいいね」
誰だこいつ……。
口説くモードになるとキャラまで変わってしまうのだろうか。
生島もなんか満更でもない感じだし、なんだろうなこれ。
しかし席がおかしい、なんで俺の横に生島を選択したんだ?
「あ、もー、田先くんももっと食べなよー! 私ばっかり食べてて食いしん坊みたいじゃん!」
「食いしん坊でなにが悪いんだよ、食べられるなら沢山食べておけばいいんだよ」
「で、でもさ、なんか不公平じゃない? 私だけがっついているみたいで」
「いいから食べろ、払っているんだからその権利が生島にもある」
どうやら成瀬もあまり食べられる方ではないらしく断っていた。
だからどうしても俺と生島のところに肉が集まる。
「俺はもうこれぐらいでいい、ゆっくりにしていいから宮前が沢山食べてくれ」
「おいおい、少食すぎないか? 中学生のときはもっと食べていただろ?」
「俺は動いてないからな、こうなるのが普通だ」
わがままを言わせてもらうと肉ばかりでは疲れてしまうのだ。
そのため、コースの中に入っている冷麺を注文して食べていた。
ちなみに今日白米を注文することはしなかった、文句を言われるかもしれないからな。
「田先、私にもちょっとちょうだい」
「あ、それならほい、食べてくれ」
すごい久しぶりに食べたけど凄く美味しい。
なんか癖になる味というか、まあそんな感じで。
「ありがとう、美味しいわね」
「だろ?」
メインの肉を食べ過ぎる前に食べるからいいのかもしれない。
どうしたって油の関係で微妙な気分になってくるからな、その点これならあっさりでいいと。
「はぁ……お肉以外を攻めようとするなんてふたりとも失格だよ!」
「無茶言うな、無限に食べられるわけじゃないんだぞ」
「あのね! ここに来たら一切遠慮せずに白米を頼んでお肉と一緒に食べるべきなんだよ!」
ご飯類にも種類があってなかなかにいいかもしれない。
元々味がついているご飯とかな、肉でそれを包んで食べたら美味いだろうな。
ただ、腹の具合を確かめずに無謀な注文をすると地獄を見る。
だからみんなはある程度のところでやめておこうな、選手でもなければ4杯以上は駄目だ。
「俺は感動した!」
「宮前くん!」
「「なにこれ……」」
なんだこの茶番は。
とにかくふたりの中でなにかが繋がったらしい。
仲がいいに越したことはないから雰囲気を壊したりはしないが。
「その点、田先は駄目だよなー」
「駄目というわけじゃないけどどうせならもっと食べてほしいかな」
やべえ、俺の両親みたいになっている。
もう無理だと口にしていてももっと食べなさいと言ってきていた母親。
もっと食べたいと言っても独り占めしていた父親――父は駄目だな。
なんだか懐かしい気分にはなるが嬉しいわけではない。
外食というのはな、過酷であってはならないのだ。
せっかくの思い出も気持ちが悪くなるぐらいまで食べてしまえば駄目になるもの。
「肉達もな、せめて本当に食べたいと思っている人間に食べてほしいはずだ」
可哀相だなんだを言うのは偽善になるからもっともらしいことを口にしておく。
嫌々詰め込まれるのは違うだろう、どうせなら「美味しい!」と言ってほしいはず。
自分がもし動物で食肉になったとしたら、せめて嫌そうには食べないでほしいから。
「物は言いようだな」「物は言いようだね」
「まあいいじゃない、あんた達が多く食べられるんだから」
「「そうだけどさあ……」」
金を払って言い争いをしている方が不毛だ。
それならふたりがどんどん食べてくれるのが1番だった、元は取れないが。
「
「うわ寒……人の名前で遊ばないでくれよ」
「はははっ、だったらもっと食べろってことだっ」
残念ながら無理だ、遠慮させてもらう。
食べやすいよう生島を中央に座らせて俺は金を置いて出ることに。
空気が読めていないのはわかっているが食わない人間にいられても嫌だろうからな。
「あんたはもっと食べなさいよ」
「成瀬こそ全然食べてないだろ」
「あれぐらいで十分よ」
生島があそこまで食べられるとは思っていなかった。
やはりふたりきりじゃなくて本当に良かったと思う。
多分、ふたりきりのときにあそこまで食べられたら困惑していたから。
それに自然と割り勘だの奢るとなった際に金が死ぬ。
「今日は来てくれてありがとな」
「なによ急に」
「こういうのは言えるときに言っておかないと駄目だろ」
「もっとも、あれだったらふたりで十分だっただろうけどね」
「まあそうだけどさ、休日に来てくれたんだからありがとうぐらい言わせてくれよ」
ひとつ言えるのは余計なことをしなくても仲良くしたければ他人同士で勝手にやること。
それをここで知れたのは大きい、余計なことをしないように気をつけよう。
「繋がりがよくわからないのよね」
「俺もだ、なんかやけに俺に頼み込んでくるからさ」
あざとい少女なのかと聞いたら素で怒られた。
計算じゃなくそういうことをしてしまうのなら恐ろしい存在としか言えない。
「別に宮前と仲良くしたくてあんたを利用しているわけじゃないわ、そこは不安にならなくて大丈夫よ。あまりこういうことってないから寧ろいい方向に捉えておくべきね」
「そうなのか、いやまあ頼られて悪い気はしないけどさ」
「ただ勘違いしないこと、頼んできたからって好意があるというわけでもないから」
「わかってる、側に宮前がいるから自分が如何に駄目か毎日わかるからな」
そんなことをわかりたくもないがしょうがない。
確実に差はあって、でも、あいつは優しいからひけらかしたりはしない奴だった。
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