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Rinora

01話.[人と居残るのは]

 いつもと変わらない光景が広がっている。

 やたら距離が近い男女、巨乳だ貧乳が至高だと言い合っている野郎達、読書ばかりしている委員長、きゃーきゃーやかましい女子達の群れ、何故かこっちを睨んできている男。


「おい、聞いてるのか? 今週の土曜日は暇なのかって聞いてるんだよ」

「そうだな、特になにもないぞ」


 だったらさっさと返事をしろよと面倒くさい絡みをしてくる男、宮前悠也ゆうや

 宮前は勝手に前の席に座ってこっちをまた睨みつけてきた。


「そんなぼーっとしていていいのかよ」

「別に問題ない」


 授業中だって騒いだりしていないんだから勘弁してほしい。

 休み時間をどう過ごそうが個人の自由なんだから。

 その点、こいつはやかましいし何故かいっぱい来るしで困っていた。


「はぁ、だからあの子に嫌われるんじゃないのか?」

「あの子って誰だよ」

「隣のクラスの生島さんのことだよ、生島結花いくしまゆいかさん」


 誰だよそれ……というかなんか嫌われていたみたいだ。

 別になにかを言ったわけでもない、ただ学校に通っているだけで嫌われるとは。

 

「まあ、生きていれば嫌われることもあるだろ」

「俺は心配になるよ、社会に出てからも変わらなさそうで」

「最低限のことをやっていればいいだろ、席に戻れよ、席主が困ってるぞ」


 にしても嫌われていたのか。

 相手の顔すら全然わからないから実感が湧かない。

 でも、好かれるようなこともできていないから当然かと片付けた。


「田先、生島さんが来たぞ」


 が、昼休みになったら何故かその女子が来たらしかった。

 面倒くさいことになったら嫌だからと教室を出る。

 そもそも購買へ行かなければならないんだからしょうがない。


「ちょっと待って」


 まあそうなるよなあというオチ。

 逃げることは可能だが逃げた場合の方が面倒くさいから足を止める。

 なるほど、こういう顔をしているのか。

 んー、人によっては可愛いって言われる部類じゃないだろうか。

 いまの俺としては嫌われているわけだから邪悪に見えてきてしょうがないが。


「どこに行くの?」

「あ、購買だな、そうしないとなにもないから」

「そうなんだ、それじゃあ行ってらっしゃい」


 とりあえずは向こうも様子見ってところなのか? なんかえらい簡単に解放されたが。

 とにかく気にせずにコロッケパンを購買で買って適当な場所で食べることに。


「たまに食べると美味いな購買のパンも」

「毎日食べても別に飽きないぞ」


 色々なパンがあるからサイクルすることができる。

 しかも学生向けだからかかなり安価だ、それに量も多くて満足度も高い。

 なかなかできることじゃないよな、だからいつも感謝していた。


「宮前はさっきの女子、どう思う?」

「生島さんのことか? 普通に可愛い子だよな」

「その女子に嫌われている身としては困るんだが」

「でも、なんのために来たんだろうな、別に呼んだわけじゃないし」


 そりゃ、嫌いな人間に八つ当たりをしようとしたんだろうな。

 無視しておけばいいのに人間というやつは自ら嫌いなやつらといようとするから。

 で、わざわざ来ては悪口を言うなり暴力を振るなりして勝手に振る舞う生き物達。


「宮前と仲良くしたいんじゃないのか?」

「もしそうだったらいいんだけどな」

「なんだよ、やけに消極的だな」


 いつもなら可愛い女の子がいる! と突撃しているところだろうに。

 やかましいがそういうところは別に嫌いじゃない。

 もう自分の中で宮前のイメージがそういう人間だからというのもあった。


「それより田先、生島さんが仲良くしたいって言ってきたらどうする?」

「そりゃ、嫌われるよりはいいな」

「だよな」


 嫌われ者になると教室にも居づらくなるからな。

 自分についてひそひそ話をされても鬱陶しいし、できれば仲が良くなる方がいい。

 ただまあ、向こうにそういう気があるのかがわからないからどうしようもないが。


「仲良くできればいいな」

「いきなりどうしたんだよ」

「いや、親友として言ってやっているだけだ」


 嫌われているとか言ったり仲良くしろとか言ったり忙しい。

 自分から行くことはしないものの、来てくれるなら拒んだりはしない。

 ゴミを捨てて教室に戻ることに。


「あ、おかえりー」


 また俺の前の席が勝手に利用されていた。

 みんなにとって魅力的な場所なのだろうか、席主にとっては迷惑この上ないだろうな。


「おーい」

「あ、俺に言っているのか」

「田先くんしかいないでしょ」


 これはどんな計算なんだろうか。

 勘違いして踏み込もうとしたところを馬鹿にするとか?


「ねえ、お弁当を作ったらどう?」

「あー、ひとりだから面倒くさいんだよな」


 別に家族と仲が悪いということはない。

 ただ、高校生になったらひとり暮らしをするべき! みたいな決まりで強制的だった。

 そうしたら余計に金を使うことになるからやめろと言っても聞いてくれなかった。

 達もしたからの一点張り。


「え、ひとり暮らしなんだ?」

「そうだな、だからこそ自由というのもあるんだけど」

「いいなあ、私もひとり暮らしをしてみたい!」

「いいことばかりじゃないぞ、家事とかも全部自分がしなければならないからな」

「それでもやりたい……」


 りょ、両親と仲が悪いのかもしれない。

 俺は実家で緩い両親と仲良く過ごしたかったけどな、中学生の弟だっているし。

 あ、ちなみに弟が高校生になったらこっちの家に住むらしいからあまり不安もない。


「両親と仲が良くないのか?」

「うん……」


 想像通りだったみたいだ。

 確かにそれだと自宅も落ち着かない場所になりそう。

 多分、顔を合わせる度に言い合いみたいになるんだと思う。

 どちらかと言えば両親が常時不機嫌みたいな感じで。


「悪い、聞かれたくないよなこういうこと」

「ううん、仲が良くないのは本当のことだから」

「あー、それなら放課後に遅くまで学校に残ったりも悪くないんじゃないか?」


 俺もぼうっとしていて自然とそうなっていることが多いから悪くないことはわかっている。

 だってそこまでぼうっとできるのは落ち着ける空間だからこそだろう。

 ただひとつ問題があるとすれば相手は女子だということ。

 あまり遅くまで残ると危ないよなと言ってから気づいた。


「じゃあ、田先くんも残ってくれる?」

「俺か? まあ、早く帰る意味も特にないからな」

「田先くんがいてくれるなら寂しくならなくて済むかも」

「別に俺はいいぞ、暇だからな」

「うん、それじゃあそういうことで」


 今日の放課後から早速実行するらしい。

 待て、俺のことが嫌いなんじゃなかったのか? と困惑している内に生島は出ていった。


「お前上手いな、ああして味方をしておいて踏み込もうという考えか」

「違う……」


 誰か親しい人間を誘えばいいと言うはずだったんだ。

 が、当たり前のようにこうなっていた、別に嫌というわけではないが。


「それより宮前も残ってくれないか? 嫌いな人間といたら不安になるだろ?」

「いやいや、生島さんは田先といられればって言ったんだぜ? そんな空気の読めないことはできないし、やるつもりもないから安心してくれ」


 変な空気の読み方はやめてほしかった。

 でも、あまり不安がる必要もないだろうと片付けておいた。




「今日からよろしくお願いします」

「おう、残るぐらいならな」


 現在時刻は16時25分。

 結局、宮前は残ってくれなかった。

 教室にはもう誰もいない、意外と部活に励んでいる人間が多い。

 日中は巨乳だ貧乳だと盛り上がっている奴らも頑張っているんだなと考えると、自分もぼうっとしているばかりではなく頑張る必要があるなと思えてくる。


「そういえばお買い物とか行かなくていいの?」

「おう、ある程度はまとめ買いしてあるからな」


 それに仮に遅くなってもスーパーというのは都合良く開いてくれているもの。

 金さえあればいつでも食材を買えるというのは凄く大きい。


「なんか田先くんってお弁当とかを買って食べてそう」

「そういう日もあるけど基本は自炊だな」


 後片付けが面倒くさいだけである程度は自分好みに作れるから。

 問題があるとすれば自炊をすれば食費を安く抑えられるわけではないこと。

 結構な量を食べられるようにしたいから沢山買っていたら外食より逆に高くなるだろうし。


「ひとり暮らしはバイトでもしてないと自分だけでは始められないからな」

「残念ながらこの高校、バイト禁止だしね」

「ああ、まあ一長一短だな」


 両親から離れたい人間であればメリットばかりかもしれない。

 顔を合わすことで毎回苦痛を味わうぐらいなら家事とかも自分でした方がマシだから。


「困ったら周りの人間を頼れよ、自分ひとりでなんとかしようとしても限度があるし」

「それってさ、田先くんにでもいいの?」

「それはいいけど、残念ながら俺はなにもしてやれないからな」


 あまりそういうところまで踏み込むのは違うという考えがある。

 だったら聞くなよという話だけどな、こういうところは両親に似ているのかもしれない。

 事情を知ってしまったら放っておけないってやつだ。

 とはいえ、他人のためになにかできるわけではないからそこだけは似ていないが。


「宮前とかどうだ? 帰りだってあいつがいれば安心だぞ」

「宮前くんか、確かに喋りやすい子ではあるね」

「ああ、やっかましいときもあるけど基本的にはな」


 一緒にいてくれている理由は優しいからだろう。

 野郎にもできるんだから相手が異性であれば頑張ろうとするはずだ。

 

「生島なら問題ないだろうけど、最低でもそれなりに話せる人間を増やした方がいいな」


 仲のいい同性の友達と異性の友達がいてくれればある程度は安心できる。

 その異性の相手が魅力的であればよりいいな、仲を深めて関係を変えることもできるし。


「あと、簡単に情報を吐かない方がいいぞ、信用できる人間ならともかくな」

「わかった、これからは気をつけるね」

「おう」


 窓の外はオレンジ色に染まっている。

 グラウンドでは野球部が精を出していた。

 俺はそれを見ながら少しだけ気まずい思いに襲われているという状況。

 何故なら会話が途切れてしまったからだ。

 誰かがいる状態で残るのってこんなに疲れるんだな……。


「ふぁぁ……」

「眠たいのか? それなら起こしてやるから寝ればいい」

「え、そういうわけには……」

「あ、それなら他のところで時間をつぶしてる、18時には起こすから」


 こちらのことが嫌いということはないだろうがいてほしくないだろう。

 彼女はまだ俺がどういう人間かをわかっていないから怖いんだと思う。


「あ、いらないかもしれないけど……上着、使うか?」

「貸してくれるの?」

「寝たら冷えるだろうからな、まあいらなかったら適当に俺の席に置いておいてくれ」


 季節的にワイシャツ状態でも冷えることはない。

 しっかしどこで時間をつぶすかという話。

 まだ16時半ぐらいだしなかなかに長いぞ、18時は。


「お、田先いいところに!」

「あ、どうしたんですか?」

「これ運ぶの手伝ってくれないか?」

「わかりました」


 ナイスなのは先生の方だ。

 いまはなんでもいいからなにかをして時間を経過させたい。


「重いな……」

「そうですか?」

「田先と違ってもう年だからな、膝とか腰とか痛くてやってられないよ」


 いつもお疲れ様です。

 俺の親父も痛そうにしているから自分もそうならないといいが。


「よいしょ……っと、ふぅ、ありがとな!」

「いえ、少しでも役に立てたなら幸いです」


 まだ10分しか経過していないところはなんとも言えないところ。

 地味に動いているよりじっとしている方が好きだから留まりたくなる。

 が、こんなところで座っていたりしたらやべー奴になってしまうから難しい。

 とはいえ、教室にも戻れな――あれ、待てよ?


「結局起こすなら意味なくね?」


 なんでわざわざ教室から出てきたんだ俺。

 教室内が無理ならベランダにでも座っておけば良かったのに。

 ……次からはそうしよう、今日はとりあえず約束を守らないと。


「おーい、田先ー」

「お、奇遇だな宮前」


 宮前は野球部に所属している。

 エースというわけではないが、スタメンにはなれているらしい。


「こんなところに来てていいのか?」

「まあな、それよりこんなところでなにしているんだ?」


 事情を説明。


「なるほどな、ひとつ言っていいか?」

「おう」

「お前はたらしだな」


 なんだよ急に……どうせ宮前が聞いていた場合だって似たようなことをやる。

 敢えて冷たくするなんてできるわけがないのだ。

 ただ、確かに急に踏み込んだことを聞いてしまったのは駄目だと思う。

 上着を貸すとかも格好つけているとか思われていたら嫌だな。


「上着をさり気なく貸してしまうところとかな」

「ね、寝たら冷えるだろ? 俺は何回もそういうのを経験したからわかるんだよ」

「同性でもしていたか?」

「別にするけど、ただ相手の方が断るだろうけどな」


 それに勝手な想像だが学ランの方が単純に暖かそうだ。

 生地が厚いというのもあるかもしれない、だからこそ動きづらいときもあるが。


「なるほど、田先はそういうタイプか、無自覚にして嫌われるタイプだな」

「え……嫌われるのか」

「あ、悪い、言い方を間違えたわ、縁がない男から嫌われるタイプだな」

「それってリア充死ねとか言われる立場ってことか?」

「とはいえ、あんまりリア充って感じもしないが、あっはっは!」


 いや、楽しく生きていられれば=としてリアルが充実しているのだからリア充だ。

 つまり俺に文句を言うということは宮前みたいになにか不満があるということだよな。

 それを聞けたからってなにができるわけじゃないものの、吐けば少しはマシになるかもしれない、意外なところで引っかかっていたことに気づける可能性もあるから。


「ま、田先ならいても問題ないだろ、戻ったらどうだ?」

「18時まで他のところに行っておくと言ったのに破ったら信用がガタ落ちになるだろ」

「大丈夫だ、行ってもなにも問題はない! それじゃあ俺は戻るから」

「おう、頑張れよー」


 でも、放課後に付き合うという約束は破っている形になるか。

 どうしたものか……嫌われることだけは避けたいからな。

 で、今回も次からは気をつけようということで外で時間をつぶした。


「生島、もう18時だぞ」

「すぅ……すぅ……」


 寝られないぐらい嫌な空間なのか?

 それともそれだけではなく教室でも上手くいっていないとか?


「生島ー」

「ん……え……?」


 余計なことは気にしないでおこう。

 どうせ考えたところで内にある本当のことはわからないから。

 にしても、どうして生島はばっと起きて体を抱いているんですかね。

 襲うような人間だと思われていたとか? そうしたら悲しいね。


「あ、ああ! そういえば……」

「おう」


 よく考えたら18時って全然遅くない時間だ。

 それこそ母か父親と長時間いることになってしまう。

 仲が悪いのにふたりきりになったら気まずくてしょうがないぞ。


「そろそろ帰るか」


 それでもこれ以上残るのは自分的に酷だった。

 自分ひとりだったら20時ぐらいまで時間をつぶしていくんだがな。

 というか、18時だと全然外は明るいというオチ。

 これじゃあ俺が生島といたかったみたいじゃないか……。


「まだいたい、かな」

「それならあんまり遅くならないようにしろよ、それじゃあな」


 結論、人と居残るのは気まずい。

 仮に仲がいいはずの宮前と残っていても「あー帰るか」となるはずだった。

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