第3話

「なんだったんだあ!あのヤブ医者ああああ!!!」


 布団の上で残りわずかになった点滴を受けつつ、鼻からチューブを刺さったままの男はそう怒鳴った。


『何をわめいておるのだ。お主はほれ。きちんと蘇っておるであろう』


 目の前にいる豊穣神オコメヒメはケラケラとでっかい笑う。彼女は平安貴族が着るような長大な十二単を着用した、和風の女神であった。年齢は、よくわからないが十代後半から二十代前半といった感じである。しかし女神である以上実年齢はまったくわからないだろう。

 和服の重ね着という服装から、体型に関する情報はほぼ入手できない。


「ていうかあんた女神だよな。なんで平安貴族風和風神なんだ?」


『たわけ。お主は日本人であろう。仮に日本人が死んだのであれば日本の神。エジプト人が死んだらエジプトの神が迎えに来るはずであろう。それなのに中国人が死んだときに南蛮の神が迎えに来たらおかしいではないか。そういうのを内政干渉というのだ。いや違うな神祭干渉というべきかのう』


 至極ごもっともなご意見である。


『それにしても昨晩は久方ぶりに面白い見世物を見せてもらうたわ。褒美をやらねばなるまい』


 オコメヒメは座布団みたいな煎餅をバリバリ齧りながら笑う。布団の周囲に煎餅の食べかすが飛び散らかった。


「ざけんな!なんで俺がゾンビみたいな体になっているんだよ!!?」


『まぁまぁ粥でも飲んでも落ち着け。綱編水楽(つなあみみらく)よ』


 と、オコメヒメはドラム缶風呂に入った御粥を置いた。


「なんだこれは?」


『何とは失敬な。食事に決まっておろう。これでも足りぬくらいじゃぞ』


「今そういう気分じゃないんだが?」


『食った方がいいぞ。夜鳴が造ったカルテがこれじゃ』


 綱編は夜鳴が造ったというカルテをオコメヒメから受け取った。


「その偉い医療神様はどこだ?」


「お主達の世界。アメリカと言う国で。病院でワクチンを打っておる。何分国王が無能なのでな」


 反論できないのが悔しい。ビクンビクン。ワクチンはらめえぇえ。病気がなおっちゃうのおお。


「なになに。綱編水楽達の住む地球と言う世界は私達の世界よりいろんなところで劣る、特に無能な国王が大変多い地球と言う点において・・・・いや。多いけどさ」


『お主は特に無能な国王がいる日本という国で疫病により死んだ。誠っこともってお主に責任がないのに哀れな事じゃのう』


「いや。日本の政治家無能だけどさ」


『それ故儂が貴様を蘇らせてやった。感謝するがよいぞ。敬え。へつらえ。崇め称えよ。遠慮するでないぞうんうん?』


「で。せっかくなんで二度と病気にならない丈夫な体をくれっておまけに言ったよな?」


『それくらいはできるからな。そしてお主は』


「田舎で農業しながらフローライフしたい。空港に近い東京だと感染リスクが高いんで」


『まぁできるだろう。とも言った』


「一応念のため、死に戻りができるようにしてくれって頼んだよな?」


『お主の命が尽きた時、やり直しが効く時間まで時を戻せる力であったな。神を殺せる力であるとか、不死身になるだとか。そういう摂理を明らかに壊せそうなものは拒否させてもらおうが、これは大丈夫そうだったので与えてやったのだが。勿論儂に歯向かおうとした時点でこの力は消滅するぞ。儂は自分の自殺行為に尽力する程間抜けな神ではないのでな。まあ儂はともかくお主にとってはその死に戻りが問題だったようじゃな』


「どういうことだ?」


『夜鳴の解剖所見によれば綱編。お主の死因は未加工の彼岸花を食した事による中毒死。しかしそれ以前に肉体がかなり衰弱していたようじゃ。つまり餓死じゃな』


「俺は病気にならない健康的な体になったはずだろう?」


『餓死は病死ではない。故に儂が与えた力では防げんのじゃ。残念じゃったのう』


 オコメヒメは口元を抑えることなく豪快に笑った。虫歯のない白い健康的な歯がきらりと光る。


『さらに死亡推定時刻もほぼ特定できたぞ。彼岸花の咲く時期。つまり秋ごろじゃ』


「秋なら実りの秋じゃないか。なんで餓死するんだ?」


『そんなもの決まっておるであろう』


 オコメヒメは次の煎餅に齧りついた。


『お主が農業に失敗したからじゃ。まぁ農業初心者にはよくある事じゃ』


 にぃ。と笑いながらオコメヒメは言った。

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